第18話

「あ……りがとう……ございます」


 ようやく礼を言うことができた。しかし、好意に慣れなくて、声がかすれる。


 宿につくと、男は北斗星号を店主に頼み、ミオを二階の部屋に連れて行く。


 寝台だけと小さな小机だけのシンプルな部屋で、隅にトランクが大量に詰まれていた。


 男は小机に本を置くと、入り口に佇むミオに寝台に座るように言い、ごそごそとトランクを探り出した。


「手を出すんだ」


 声が少し尖っていた。


 ミオは、床にひざまづき手のひらを上にして胸の位置に掲げる。俯く視界に、男のつま先が入ってきた。痛みがやってくるの待つ。


「違うよ、僕は君に対して怒っていない」


 顔をあげると、男が首を振っている。


「さあ、こっちへ」


 ミオは、再び寝台に、そして、男も傍らに座った。


 丹念に手のひらの傷口を見られ、消毒液を吹きかられた。


「ううっ」と呻くと「悪いけど我慢して」と男は囁く。


「旦那様は、お医者様なんですか?」


 手のひらを見ていたハシバミ色の目が、ミオの顔を捉える。


「僕は、技師だ。医者じゃない」


「技師様?」


「例えば、この宿が立っている地面がどれぐらい丈夫か調べたり、地中に何が埋まっているのかを調べたりする」


 よくわからないが、難しい仕事なのだろう。


 やがて手当てが終わる。綺麗に両手のひらに巻かれた包帯を見て、ミオは少しだけ笑うことが出来た。


 寝台に座ったまま、包帯や薬をトランクにしまっている男に、丁寧に礼を言う。


「親切にしていただきありがとうございました。御恩は忘れません。俺なんかが、部屋にいつまでも長居しては御迷惑かと思うので、もう失礼します」


「そんな格好で、雇い主のところに戻るつもりかい?また、叩かれるんだろう?さっき、手を見せるように僕が言ったとき、君はすぐに両手を差し出し跪いた。もう完全に習い性になっているね」


「はい。申し訳ありません」


「だから、君に対して怒っているのではないってば。今朝、出会ったときに砂漠の旅を申し込んであげていれば、君は鞭打たれることはなかったのにと、自分の決断力の無さに怒っているんだ」


 男はますます声を尖らせ、ミオは身体を固くした。


 その様子を見て、男は「参ったな」と口にする。


 ハシバミ色の瞳がわずかに揺らめいていた。


 迷っているような困っているような。

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