第20話
「元気が無いね。具合でも悪い?」
「いえ」
覚悟して顔を上げると、男は、片手に真新しいサイティと革のサンダルを、別の手にパンや果物が入った籠を抱えていた。
寝台に腰掛けミオに新しいサイティを差し出してくる。見た目からして上等なものだと分かる。下穿きもターバンもあった。
「これを、君に」
「はい?」
ミオは、ポカンとしてしまった。
「だから、このサイティを君に」
膝の上にそれを無造作にポンと置かれ、
「こんな高価なもの、いただけません」
とミオは慌てた。
「砂漠の旅は、上半身裸じゃできないだろう」
貰う理由がなくて遠慮していたミオだったが、男の意図がようやくわかった。
ありがとうございますっ!ありがとうございますっ」
と何度も礼を言いながらサイティを身につけた。下穿きも新しいものに代える。どちらも滑らかな肌触りだった。
「さあ、食事にしよう」
寝台の隅に置いてあった籠を引き寄せて、男が言う。どれも食べたことのない高級な食材だった。
だから、ミオはじっと見つめるばかり。
「どうぞ、食べて。僕一人では無理だから」
そんなこと、急に言われても困ってしまう。
奴隷は、我慢することしか知らないのに。
「どうして旦那様は、出会ったばかりの俺なんかに、こんなに優しいのですか?」
すると、男が諦めたような顔で言った。
「与えたがるのは、僕の悪い癖だから。ほら、こんな風に」
白いチーズを挟んだパンを、唇に軽く押し付けられた。一口齧ると、柔らかいチーズが塩味のパンにぴったりで、舌の上でとける。
「味はどう?気に入ってくれた?」
「……美味しい……です」
「なら、どうして泣くの?」
頬を涙がつたっていた。久しぶりにたっぷり腹を満たす食事をしたのと、優しく手当てされたこと、服まで気遣ってもらったこと、そして寝床のお世話なんてこの男は考えていなくてほっとしたのと、とにかくいろいろだ。
何でもありません、とミオは激しく首を振る。
食べ終わるとコーヒーまで男は注いでくれた。
ミオは、「俺にやらせてください」と申し出たのだが、手を怪我した人間にはさせられないな、とやんわり断られた。
男は、片手を寝台について足を組みながら優雅にコ―ヒーを味わう。
「砂漠の旅は、一泊二日から?」
「早朝の出発でしたら、日帰りも可能です。一番近くのオアシスで昼食と夕食を楽しめます」
「砂漠キツネはそこにいるの?」
「サライエから二番目に近いオアシスに、巣穴があります」
肝心のことを話していないことに、胸が痛んだ。
砂漠キツネは乾季の今はもっと内陸部のオアシスにいる。だから二個目のオアシスでは今回は見られない可能性が高い。‟シーズンによっては見れます”が本当は正しいが主人には、いつでも見れるようなことを言っておけときつく言われていた。
「あの、どうされますか?」
片肘を組んだ足の上に乗せ、頬杖をついている男は、今にも「やっぱりいいよ」と言いそうな雰囲気だった。
形のよい唇が開かれ、ミオは覚悟した。
「じゃあ、お願いしよう」
「ほ、本当ですかっ!?」
予想とは違う答えに、ミオの声は上ずる。
男は頷く。そして、包帯を巻かれたミオの手を見て言った。
「朝、断ったのに、海でまた君に出会ってしまった。運命のせいにする」
不可解な言い訳に首を傾げると、「そうだ。君、名前は?」と男が聞いてきた。
「ミオです。年齢は十五才ぐらいです。よろしくお願いします。旦那様」
「十五才ぐらい、か」
きちんとした年もわからないミオに、ジョジュアは哀れみの笑みを浮かべる。
「僕は君より九つ年上だ。旦那様という呼び方は、仰々しいのでよしてくれるかな?ジョシュアでいい。よろしく」
握手を求められ、おっかなびっくり軽く握る。包帯越しでも男の手は暖かかった。この温もりを忘れたくないとミオは思った。
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