第15話

「お前っ!!」


 店主の顔色が変わった。片手が降り上げられたが、頬の手前で止まる。


「その汚えのをさっさと飲み込んで、両手を出しておけ」


 店主は、踵を返し別の壁にかかっていた鞭を取り出す。ミオは店主が背中を向けているうちに、液で汚れた手を下穿きにこすりつけた。両膝を床につけ、手のひらを上に向けて胸の前に持ってくる。


 罰を受ける奴隷の服従のポーズだ。


 大股で戻ってきた店主は、すぐさまミオの手のひらに鞭を振った。幼い頃から、こうやって何度も鞭を振るわれてきたので、手のひらの皮は分厚くなっている。だが渾身の力で何度も振われ、今回は皮膚が裂けた。


「う……っ……」


 悲鳴を上げたり、涙を零したりすれば、さらに店主の怒りは増す。だから、奥歯を噛んでじっと耐える。ピシッ、ピシッと音を立てて振われ続けた鞭は、裂けた手のひらから流れ出た血を吸って音を変える。


 痛みが痺れに変わった頃、ようやく主人が鞭を振うのを止めた。ハアハアと肩で息をしている。


 服を着ることが許され、ミオは血だらけの手のままサイティを被った。


「さっさと客を見つけて来い。できないなら、もう、ここには戻ってくるなっ!!」


 外に逃げだそうとすると、背中にとどめの一発の鞭が当てられ、店の玄関先に倒れた。地面についた両手から激痛が走る。


 涙がにじむが、うずくまっていれば二発目、三発目が振るわれる。すぐに立ち上がって、厩舎に駆け込み、北斗星号に再び鞍と自分の荷物を付けて旅行社の敷地から出る。


 鞭を当て続けられた手は、たずなを握れないほど痛んだ。仕方なく手首に絡めて北斗星号を引く。

 

 今度こそ客を見つけられなければ、本当に店主から捨てられてしまうかもしれない。雇い主を失った奴隷は、街の奥にある奴隷の吹き溜まりと呼ばれる場所に行くしかない。野ざらしのそこで、強烈な太陽に焼かれ死ぬのだ。


 ミオは、その場所をよく知っていた。


 立ち止ったミオの背中を、老いたラクダが鼻で押す。


「そうだね、北斗星号。なんとかしてお客さんを捕まえなきゃね」


 星空旅行社の店主は、ミオには、四人目の雇い主になる。前の店主には、十一歳のときに捨てられた。体力がなく仕事の量も質もどの奴隷より劣っていたからだ。


 死ぬしかなかったミオを拾ったのが、ラクダに乘って砂漠の旅を欧羅巴人に提供する仕事を始めたばかりの店主だった。


 奴隷の吹き溜まりから、わざわざ『白』のミオを選んでくれた。


 だから、客を引けなくてどんな体罰を受けても、自慰を見せろと強制され、『白』のくせに性欲があるなんて浅ましいとあざ笑らわれても、仕方がない。


「……感謝しなくちゃね」


 唇を噛みしめて泣くのをこらえ、海沿いの道を歩き出す。


 日差しが、突き刺さるように痛い。ターバンで隠れない首筋をじりじりと焼いていく。しくしくと頭が痛みだし、鉛のような疲労が溜まっていく。


 遠くに、欧羅巴の旅人が鈴なりになっている店が見えてくる。石を彫った装飾品を売っているお店だ。値段のわりにとても精巧にできている。


 星空旅行社の奴隷たちも、旅の旦那様に買って貰ったと、首から大切に下げている者が多い。欧羅巴人には安いただの装飾品かもしれないが、身体を酷使されるせいで普通の人間より命が短い奴隷には違った意味を持つ。


 ミオが横目で眺めながら店を通り過ぎると、一人の欧羅巴人の少年と擦れ違った。少年の目はミオのサイティを見て驚きの色を宿す。

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