第16話
ミオは、浜辺に向かって駆けだした。北斗星号もついて来る。
サイティのいたるところについた血の染み。これではお客が寄ってくるはずもない。
北斗星号に、膝を折り砂浜に座るよう命令し海に入った。血で汚れたサイティと体液がついた下穿きを海中で脱いで洗おうとした。しかし、鞭で避けた皮膚が海水に反応し痛みが走る。
ぷつんとミオの中で、何かが切れた瞬間だった。
「もう……いや……だ、ああ……っ」
叫び声を、波がかき消した。
泣きながら血の付いたサイティを脱ぎ、しばらく波間を漂った。
涙で霞む目で水平線を眺めた。朝、連なっていた西班牙艦隊は別の湾に移動してしまったらしい。
視界に英国商船が見える。英国商船は、海賊を威嚇するための砲門をいくつも積んでいるという。でも、見た目は軍船と違ってエレガントだ。豪華な船には、たくさんの幸福が詰まっていそうな気がした。
ぼんやり眺めていると、強い引き潮がサイティを攫っていった。ミオは寝間着とこの外出着のサイティ以外、服を持っていない。一張羅を流されたら、上半身裸で過ごさなければならない。主人が新しいサイティを買ってくれるわけがなかった。
サイティを追いかけ、砂地を蹴って海の中を歩いた。この辺は、少し歩けばすぐ深くなる。ミオは泳げないが、こんな身体を晒して歩くなんて死んだ方がましだった。予想通り深みに身体が沈む。
「君っ」
溺れる寸前、手首をぐいっと掴まれた。相手は宿屋の軒先で「寝床のお世話」と大人のからかいをしてきたハシバミ色の目の男だった。
「何やってるんだい?」
ゲホゲホむせながら、ミオは答えた。
「洗濯を」
そして、波間を見渡したが、ちょっと目を離した隙にミオのサイティは消えていた。
「俺のサイティがっ!!」
「諦めた方がいい。湾でも、場所によっては流れが急だ」
男は、ミオを水中で抱き寄せ歩き出そうとした。
「でも、俺、服があれしか。痛っ……」
浜に戻されまいと抵抗すると、避けた手のひらの皮膚が、男のサイティにこすれた。
穏やかだった男の表情が変わる。
「ひどいケガだ。誰にやられたの?」
「転んだだけです。俺、そそっかしいので」
見えすいた嘘だとわかったのだろう。男は、無言で丸太を運ぶようにミオの胴体に手を回し、深みから離れた。
そして、砂浜を見ながら、独り言のように語る。
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