第13話

 だから、ミオにしては珍しく、客に食い下がった。


「でしたら、砂トカゲはいかがですか?尻尾だけで立ち上がります。脅かすとそのまま駆けていくんですよ」


「砂トカゲは興味ないかな」


 男は、チラッと横目でミオを見て言った。


「じゃ、じゃあ、砂穴で踊る蛇はどうですか?」


「蛇はちょっとね」


 ミオは肩を落とす。確かに、普通はこんな生き物を見たがる客はいない。数週間前の客が英国の学者で、そういう変わった生物を見たがったので連れて行ったのだ。


「なら、砂漠キツネは……」


 すると、男は水たばこの吸い口を離すと、空いている席に、トンと音を立てておいた。


「君は、砂漠キツネを見つけるのが得意なの?」


「巣穴の場所まで知っています!」


 自信を持って答えると、男が言った。


「遠慮しておくよ」


繋がった糸を、パチンと断ち切るような断り方だった。


 ミオは、反射的に北斗星号のたずなを引いて踵を返しかけた。


 だが、このまま旅行社に帰れば、ミオの大嫌いな行為が待っている。今日は、朝から店主の機嫌が悪いからねちねちやられるだろう。


 だったら、異国の男にひどいことをされる方がまだいい。


 決死の覚悟で振り向いて言う。


「本当に俺でかまわないのなら、寝床のお世話だって……」


 勢いよく喋り出した割には、言葉は最後にしりつぼみになり、ミオは地面にしゃがみ込んだ。男が、とても困った表情を浮かべたからだ。


 先ほどの言葉は、ただのからかいだったのだ。


 こんな自分に触れたいと思う人間がいるわけないじゃないか。


 心の中で自分を盛んに責める。


 しゃがんだまま膝に顔を付けていると、声が降ってきた。


「客を連れて行かないと、雇い主にひどく怒られるんだろう?旅の最低料金は幾ら?君にあげるから、今日のところは勘弁してもらいなさい」


 顔を上げると、男が袂に手を入れていた。


 仕事もさせてもらえず、かといって寝床のお世話とやらがあるわけでもなく、お金で解決されそうになったのが、悲しい。


 それを貰って旅行社に帰ればいいだけなのに、ミオは受け取る気にはなれなかった。


 後頭部を北斗星号が口先で小突いてくる。


「行こう」


 ラクダの手綱を強く引いた。普段は素直に言うことを聞かない北斗星号も、ミオの気持ちを察して黙ってついてくる。駆けだすと、「あ、君」と声が追いかけてきたが、ミオは振り返らなかった。

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