第12話

 こうなれば、異国の旅人たちはもう屋外に出ようとしない。なんせ外は四十度軽く超える暑さだ。


 ミオはどうしても星空旅行社に戻りたくなくて、木陰から出て反対方向に向かって歩き出した。湾を囲むようにして宿屋が連なっている。こちらは、宿屋街。長期滞在客がほとんどで、何度も砂漠の旅に出ている。だから、望みは薄い。


 軒先には、すっかり覚えた顔がいくつもあった。


「『白』!『白』!」


 宿屋の一階の軒先で、お喋りに明け暮れる長期滞在の旅人たちが、北斗星号の手綱を引いてやってきたミオを見て笑った。『白』というのは、蔑みの言葉だということを彼らは知っていた。


 ミオはうすら笑いを浮かべ、頭を下げて通り過ぎる。目にじわりと涙が溜まりかけた。


「ここら辺で折り返そうか」


 ミオが、北斗星号の手綱を引きかけると、真っ白なサイティが視界の端に映った。


明るい茶色の髪の男が宿の軒先の椅子に座って、物憂げに海を眺めている。


 吸い込まれそうな緑がったハシバミ色の目に思わず足が止まる。向こうもミオに気づいた。あちらは、ミオの赤い目が珍しかったのかもしれない。


 視線が絡み合って、ミオはここまでやってきた目的を忘れそうになった。


「あっ……と。ラ、ラクダの背中に乗って砂漠旅行……」


 片言の異国語で話しかけると、男は「困ったな。どうして、僕に声を掛けてくるの」と呟いた。阿刺伯国の言葉だ。


 流暢さに驚いた。


「あ、あ、あ、あの」


 北斗星号をぐいぐい引いて、ミオは近づいていった。


「さ、砂漠の夜空を天幕から見ながら、いいい、一泊なんていかがでしょう?食事も寝床のお世話も万全にさせていただきます」


「寝床のお世話?」


 ふっと目を細められ、笑われた。一瞬、深意を計りかねたミオだったが、やがて大人のからかいをされたのだと気づいた。


「いや、違っ、違うんです。天幕をきちんと張るという意味でっ」


「それは残念」


 男は長い脚を組み替え、水たばこの吸い口を咥えた。異国の人間なのにサイティが似合っていて、優雅な仕草だった。


 ため息まじりの残念という声が、妙に耳に残る。

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