第11話

「ラクダの背中に乗って、砂漠旅行はいかがですか?」


「天幕から砂漠の夜空を見ながら眠るのは最高ですよ」


「食事や寝床のお世話は、お任せください」


「砂漠キツネ、可愛いですよ」


「木に登る不思議な山羊を見に行きませんか?」


 ミオも幾つかの言葉を覚えたが、おどおどしているのが悪いのか、せっかく欧羅巴人客が足を止めてくれても質問されるともう駄目だ。


 ウィマやフィティはたとえ分からなくても、「ヤーヤー(ええ、ええ)」と適当に答えているのに、それが上手くできない。おたおたしていると、すぐ傍で張っていた別の旅行社の連中がお客をかっさらっていく。


 港には、たくさんの小舟が浮いていて英国の旗が舳先で揺れていた。ウィマが双眼鏡で見た小舟に違いない。男性も女性も着飾った格好をしていて、波止場を楽し気に散歩している。荷物を持っているのは、召使いかもしれない。これから泊まる宿に運んでいくのだろう。


 港の入り口には、もうウィマとフィティがいた。英国人客数人が、興味深げに二人が連れたラクダを見ている。特に男性は楽しそうだ。


 ウィマが指を鳴らしてリズムを取りながらラクダの首を上下させ、フィティは口笛を吹いて鳴き声を上げさせる。


 あっという間に二組の客が砂漠の旅を決めたようだ。


「あなたは旅の旦那様!何なりとお申し付けください!」というウィマもフィティの歓声が何よりの証拠だ。


 その後の展開は決まっている。


「旅の旦那様。砂漠の砂は、二日洗濯しても取れません。お土産も兼ねて、阿刺伯国の民族衣装はいかがですか?ターバンとサイティがセットです。色んな色がありますよ」と言って、星空旅行社と組んでいる服屋に連れて行くのだ。


 まずそこで、英国には売っていない民族衣装を通常の十倍の値段で買わせ、その後はガラクタに近い置物しかない土産物店に案内し、また金を使わせる。すぐ使うターバンとサイティ以外は宿に送られる。その後、ようやく星空旅行社に辿りつき、旅の受付をするという手順だ。


 ミオも、港の入り口に立った。場所を変えながら拙い異国の言葉で叫んでいる間も、別の旅行社の人間がやってきて次々と客を捕まえていく。


「……ラ、ラクダの背中に乗って……砂漠旅行はいかがですか?」


「木に登る不思議な山羊を……見に行きません……か?」


 精いっぱい声を張るが、波止場ではしゃぐ英国人客の声に簡単にかき消される。


 水平線から太陽が完全に顔を出し、日差しがきつくなり始めた。甲板にいた英国人客は、今度はやってきた食事処の客引きにみんな連れて行かれてしまう。


 朝早く起きて小舟に乗り、阿刺伯国に上陸した興奮も覚めると、みんな腹がすいているのを思い出すのだ。阿刺伯国独特のパンやコーヒー、紅茶もあると言われると弱いらしい。


 きれいさっぱり波止場から英国人客がいなくなり、ミオは食事処が連なる木陰で、彼らが食事を終えて出てくるのを待った。


 店から出てくる客に次々と声をかけてみたが、空振りばかりだった。そのうち太陽の角度がきつくなってきた。


 

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