第10話

『白の人』は、阿刺伯国の王と英国女王の間に生まれた公然の隠し子だ。


 二十数年前、まだ英国女王が王女だった頃、遊学中に阿刺伯国を訪れた。そして、彼女と妻帯者の阿刺伯国の王の間に、一夜のロマンスがあった。ハチミツ色の肌を持って生まれてきた赤ん坊は、阿刺伯国の王家で育てられ『白の人』と呼ばれるようになった。


 母親違いの新王アシュラフより一日早く生まれているが、公然の隠し子なので阿刺伯国でも英国でも王位や爵位を持っていない。


 『白の人』は少年になる年まで阿刺伯国で過ごし、隣国に欧羅巴各国が手を出すようになると英国に渡った。ある者は人質と差し出されたのだと言い、ある者は阿刺伯国の民のために自ら英国に渡ってくださったのだと話した。


 何が真実なのか、定かではない。だが、『白の人』が英国に渡り、阿刺伯国との結びつきが強くなったのは事実だ。


 四年前には、固く閉ざしていた阿刺伯国の門が急に開かれ、欧羅巴の旅人がやってきて金を落としていくようになった。それまでは、厳しい法律で阿刺伯国民はがんじがらめにされていたので、昔をよく知る大人たちは自由度が格段に増したと喜んでいる。


 ミオのいる旅行社なども、王は欧羅巴人に阿刺伯国を解放するとき、旅する際は必ず現地の案内人をつけるように決めたので急遽できた業種だ。


 阿刺伯国の全てが解放されたわけではなく、欧羅巴人が行ってはいけない都市や場所が三分の一以上あり、監視の意味もあった。


 『白の人』は、今回の結婚式にやってくる。この国にやってくる十年ぶりだ。ミオ以外の誰もが心を弾ませていた。きっと、西班牙の第一王女以上の喝さいが、港や行く先々の都市で上がることは間違いない。


 もちろん、ミオだって『白の人』のことを尊敬している。でも、たまに思ってしまうのだ。どうして同じような肌の色なのに、自分は最下層で、あちらは雲の上の人なんだろうと。


 遺体の匂いをとるため、下穿きとサイティをごしごし洗う。何度も洗われたサイティはもうボロ布に近い。ぎゅっと絞ってそのまま被った。


 奴隷部屋から荷物を取ってきて、厩舎に向かった。荷物の中にはすぐに旅に出られるよう、鍋や皿、水などが入っている。


 厩舎には、もう老いたラクダの北斗星号しか残っていなかった。


「余り者同士、今日もよろしくな」


 北斗星号の背中を撫で、鞍を付けて手綱を引く。奴隷はラクダの背に乗ることは許されていないので、ミオは港に向かって歩いていく。


 湾を歩いていると、ラクダを引いた同業者とたくさんすれ違う。


 どのラクダも、客の目を引くために、旅のお守りでもある色とりどりの飾りをたくさんつけている。くたびれたサイティを着ているミオより、よっぽど華やかだ。


 笑顔を作る練習をしながら、フィティに習った異国の言葉を頭の中で復習する。


 フィティは、ウィマの次に客を引くのが上手だ。欧羅巴人客に、いつも新しい言葉を教えてもらうので、旅行社の誰よりも異国の言葉を話せる。


 奴隷のくせに堂々としていて、大勢の欧羅巴人客を連れて砂漠の旅に出てもトラブル一つない。いつもチップやお土産をいっぱい貰ってきて、機嫌がいいとミオにも少しくれる。

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