第9話
遺体を布でくるんで、荷車に詰み込むと浜辺は何事もなかったように綺麗になった。
嫌な仕事だったが、祝賀期間は難民の遺体を今まで以上に徹底的に片付けろという通達がどこの港にも出されていて、ギルド(組合)に加盟する店主全員にその義務があった。
だが、実際に作業するのは奴隷たちだ。それぞれのギルドが持ち回りで役を担っていて、数週間に一回、ミオたちの旅行社にも回ってくる。
店先で、店主が待っていた。
四十才すぎの大男で、いつも苦虫をすりつぶしたような顔をしている。
「英国商船から小舟がおろされた。三十分以内に港にやってくるよ」
と抜け目なくウィマが報告する。
「ああ」と低い声で唸った店主は戻ってきた奴隷全員に「さっさと水を浴びて客引きに行ってこい」とどやす。
今日は、相当機嫌が悪いらしい。
怒鳴られる方は慣れたもので、適当に返事をし店の奥に消えていく。
井戸は店の中庭にあるが、階級が下の奴隷ほど水浴びは後と決まっている。水浴びの順番が回ってくるまで時間がかかるので、ミオが店の中を掃除をしていると、店主が「おい」と言ってゴミを投げつけてきた。
ずいと近づいてきて、ミオを店の奥に追いやる。
「お前、暫く客を引いてきてないな?」
窓際に追い詰められたミオは、震えながら頷く。
外を、別の旅行社のラクダの背に乗った欧羅巴人が嬌声を上げて通り過ぎて行った。
店主がふっとそちらを見た。
「あいつら、英国人だってよ。この国を守ってくれる上に、金まで落として行ってくれるってのはありがてえこった」
辛辣な言葉しか吐かない店主も、英国には感謝しているようだ。だが、あっという間にミオに皮肉が向けられる。
「『白の人』と同じ肌の色をしているのに、お前は本当に役立たずだな。とっとと水を浴びてこい」
足で蹴り上げる仕草を店主はしたが、本当に蹴りはしない。汚らわしい存在である『白』に触るのが嫌だからだ。本気で怒ったときは、物を投げつけてくる。
ミオは、逃げるように店から出て行く。
「今日の午前中もまた駄目だったら、何をさせられるかわかってんな?」
という店主の怒鳴り声が背中にぶつかる。
中庭に足早に向かった。もう他の奴隷は水を浴び終えて誰もおらず、井戸端に敷き詰められた石が濡れて光っていた。
「俺だってっ、好きでこんな風にっ、生まれたわけじゃないっっ」
水を被って、大声で叫ぶ。これなら、誰にも聞こえない。
一番嫌な相手と比較されて、心にどろっとしたものが溢れてくる。店主も、ミオが傷つくとわかっているから、わざと言う。
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