第3話

 それでも、ジョシュアは湖面に足を付ける。


砂漠に湧き出た水はとても冷たい。


 事実、彼の腕には鳥肌が走ったのをミオは見逃さなかった。


 申し訳なさそうに、ジョシュアが話し始めた。


「倒れたミオさんは、すぐ治りますからとうわごとで何度も言ったけど、あまりにも辛そうで、最初はタオルで冷やしてあげていたんだ。


そしたら、這ってオアシスに入ろうとして、慌てて後を追ったんだよ。溺れると大変だから、着ているものを脱がせて一緒に入った。その後、天幕に戻ってもまだ熱かったみたいで、僕の身体を抱きしめたまま離してくれなくて。


でも、別の策を取るべきだったね。控えめな君に、大声を上げさせてしまった」


「違うんです。そうじゃないんです」 


 ここは素直に、礼を言うべきだったんだとミオは心の中で嘆く。


 俯くとジョシュアの腹に、ミオの雄が触れているのが見えた。


 その視線にジョシュアも気づき、気にするなという風に肩をポンポンと軽く叩かれたが、ミオの動揺は収まらない。


 性欲の象徴ともいうべき部分が、他人の肌に触れてい

る。


 汚らしい。


 ゾッとする。


 それは、『白』を蔑む人間の常套句だ。


 ジョシュアも、本当は心の中でそう思っているんじゃないか。


 ミオは泳げないのに、彼の腕の中から抜け出て、水中で夢中で手足を動かす。


 やがて、足の先に砂の感触を得た。水が身体にまとわりついて、最初は上手く走れなかったが次第に楽になっていく。最後には、前のめりに倒れ、四つん這いの姿勢で進んで砂浜に上がり駆け出した。


 一目散に走る。ヤシの木が群れる場所まで行ったところで、もう足を前に進められなくなった。


「く……るしい。……滋養剤、昨晩、飲んだのに」


 いつまでも、心臓の動悸がおさまらない。


 灼熱の太陽の下で働く奴隷には、厳しい肉体労働に耐えられるよう、滋養剤が与えられるのが阿刺伯(アラビア)国の風習だった。それを飲めば、一時的に元気になれるのだ。


 ミオも、子供の頃からそれを飲んでいるが、すっかり身体に耐性ができあがっていた。そのため、強い効き目のものを、二日に一度ぐらいの間隔で飲んでいる。


 最近は、効き目が切れてくると立ち上がれないほどだるくなったり、意識を失うように眠ってしまう。


「仕事の最中に倒れたのは初めてだ。……もしかして、もうすぐなのかな」


 今の滋養剤は、内緒で出回っているものの中で一番強いものだ。効かなくなれば終わりだ。


 働けない奴隷は、主人から簡単に捨てられる。額に奴隷印のある人間は、家も持てず商売もできない。


 それ以前に、弱り切った身体で、灼熱の阿刺伯国を生きていけるわけがない。

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