第79話 決着
キュリオスが片手でフェニックス=トリガーをタクトのように回転させると、手の中で大砲が槍状の長柄武器へ姿を変えた。先端からはフィールド衝角をまとう半月状のブレードが何枚も延びる。
刃を振り下ろすのと同時に、キュリオスは真人へ突進した。
「あはははは!」
哄笑と火球と放電が何十と瞬いては消える。
二人は激しく打ち合った。
返しは真人のほうが圧倒的に早い――わけではなかった。キュリオスは九輪と綾香二つのアクセラレーターを利用することにより、加速で加速にカウンターをかけて無理やり軌道ねじ曲げ、真人の動きについていく。
右、カウンターで左、上、回転――
キュリオスは目まぐるしくベクトルを変えながら激く真人と打ち合う。
四肢を引き裂こうとする無茶苦茶な慣性は、その全身にフルパワーで展開されたパワーキャスターがギリギリで無効化する。
しきれず抜けてきたダメージは修復をかける。頭の中で激痛に悲鳴を上げる綾香も無視する。
パワーで劣る真人は、トリッキーな戦術と技巧で補う。
変幻自在のストリーカーは、キュリオスにとっても厄介な代物だった。真人と同じ早さ、動きで自在に密集し、強固なグリッドを形成する。さらに延ばしたブレードにまといつかせたストリーカーが、真人の動きに合わせて空中に稲妻のような光の線を描く。
その軌跡すら真人を守る盾となり、ストリーカーを放つ砲台ともなった。
「こういうのもいいねえ! あははは!」
キュリオスが綾香の顔と声で笑う。
決め手がないことに苛つくこともなく、ただ真人との打ち合いが楽しいと全身で表している。
真人から得られる膨大なデータがキュリオスを満足させ続けていた。
まるで酩酊のようだ。
「これが楽しい、面白いって感覚なのかなー?」
「良い笑顔だね」
半ば独り言に近かったキュリオスの言葉に、真人の小さな言葉が返る。
返答の意図と意味が読めずに、キュリオスの動きが一瞬だけ鈍った。
そのわずかな隙を真人が突く。
キュリオスの一撃を跳ね上げ、がら空きになった腹に加速を反転させて蹴りを叩き込んだ。
受けた衝撃でキュリオスの身体がくの時に折れ、綾香の顔で呻く。
「――いまの、どういう意味?」
距離を取ってフェニックス=トリガーを構え直したキュリオスは、少しだけ苦痛を感じているようだ。
だが、笑みはそのままだ。
「そのままだよ。
今の笑顔には不気味な感じがしなかったから。
お前は谷を越えてこっちへ来たんだ」
谷の意味を理解したキュリオスが表情を消した。
真人は構わず続ける。
「前にデュミナスを壊れたって言ったよね?
故障だって。
なら――そのポンコツの住んでる世界へようこそ、キュリオス。
偏りが限界を超えたんだよ」
真人が奥の、瓦礫が埋まってるプールを指さした。
キュリオスが微妙に表情を変える。
「でも、こっちにお前の居場所はない。
さっきのゴミ捨て場がお似合いだよ」
「――」
キュリオスが何か言おうと口を開く――開こうとする。
その瞬間、ドッグ内から轟音が響いた。
同時に光が灯り、黒と灰色のグラデーションだけが広がっていた空間に色と輪郭が次々に戻っていく。
開ききっていたゲートの奥で、シャープなフォルムの巨船が露わになった。
『発進準備完了しました。
真人さん、早く船に乗って下さい!』
ハーミットの通信が響く。
船腹の搬入口からは、瀬良たちが手を振っていた。
その目の前で、乗船用のランプブリッジがゆっくりと引き込まれていく。
係留用のクレーンが次々にパージされる。
最後に宇宙航行用のアクセラレーターとディスアクセラレーターが起動し、船が慣性制御を開始した。
それが山ほどもある船体をゆっくりと浮かせていく。まるで船体が丸ごと不可視のレールに乗ったようだ。
「時間だよ、キュリオス。
これで全ては元に戻る」
真人が軽く飛び上がり、クレーンのひとつに飛び乗った。
綾香もその後に続く。
「えー、いいのかなぁー?
元に戻るってことは、また実験のセカイに逆戻りだよ」
「逃げればいいさ。
何度でも、何回でも、可能なら――地球までも」
真人が全てのストリーカーをスキンタイトギアのブレードに収束させた。
その光刃ならば通常のパワーキャスター程度やすやすと切り裂くだろう。
反面、自分の身体を守る物はほとんど無くなる。
「へぇ、防御を捨てて一撃に賭けるの?
でもさー、それだと……」
言いかけてキュリオスが口をつぐんだ。
真人の瞳を覗き込んだ時、その真意に気づいた。
「なるほど、真人は綾香ごと切る覚悟を決めたんだ?
ならルールは一撃!
私が勝ったら……真人、あなたは私がもらう。
あなたが勝てばステージ終了ね?」
「ゲームクリアじゃないんだ……」
「それは人生の終わりに一度来るだけじゃないかな?
――真人にはさ、その瞬間まで、とびっきりの人生を歩ませてあげるよ。
日常、非日常、織り混ぜてさ!
期待しててよ」
「僕が欲しい物は、もうどこにもないよ。
後はただ守りたい人たちがいるだけだ……!」
真人が静かに答える。
だがキュリオスは楽しそうに片目をつぶった。悪戯っぽそうなウィンク。
「大丈夫、私が真人に新しい未来を作り出させてあげるよ。
私じゃない、真人が作るんだ。
あなたにも、それが絶対に必要だよ?」
キュリオスがフェニックス=トリガーを槍斧モードのまま両手で構えた。フルチャージ・シークェンスが始まって、終わる。
刃が莫大なエネルギーをチャージし、胎動する気配が周囲の空気を震わせた。
構えは隙だらけに見える。
だが真人は動けない。動かない。
――突然、天井で振動が起こった。
極めて短時間に凄まじい振動が集中し、天井を覆う保護パネルの一部が砕ける。そこから瓦礫混じりの水が大量に放出された。水は巨大な滝のように降り注ぎ、一部はゲートシップにも当たって飛沫を上げる。
飛び散った水しぶきが照明を受けてアーチ状に輝いた。
「……!」、「……!!」
真人とキュリオスが同時に動いた。
幾つもの閃光が一つに重なる。莫大な運動エネルギーが真っ正面からぶつかり合い、衝撃が周囲を震わせた。
その余波を受けてクレーンがネジ曲がり、吹き飛ばされ、水流が周辺に飛び散る。衝撃波がゲートシップにまで届き、ディフレクタースクリーンが衝撃を受けて淡く輝いた。
その中を――肩口ごと切り裂かれた小さな腕が舞う。
袈裟懸けに切り裂かれた身体は二つに分かれ、空中でくるくると回転する。それぞれが弧を描き、消え入るように落下し、床に叩きつけられた。
落下の衝撃が最後の止めになる。
外装が弾け飛び、身体が爆ぜ、下半身も引きちぎれてバラバラに転がった。
各パーツにパワーキャスターが二、三度不安定に瞬いた後、ジジ……という音と共に消失する。
「こういう……決着なんだ?」
バラバラの残骸を空中から見下ろしていたキュリオスが苦笑いする。
その横を、ゲートシップがゆっくりと通り過ぎてゆく。
サブエンジンに点火した。
「相打ちを狙っても駄目かぁ。
つくづく――もう、神頼みっていうの? それやって見ようかなー」
キュリオスがそう言い終わると口から大量の液体を吐いた。
赤いが、血ではない。
「ねえ……ごほっ、ま、真人くんは……賭けに勝てない時、どうしてる?」
「ギャンブルやらない。
願掛けなら……駄目なら駄目で、先へ進む」
――キュリオスの胸の中にいた真人が手を引いた。
キュリオスの胸に突き刺さっていた逆手のブレードを引き抜こうとして、刃が根元から完全にへし折れた。
真人が持てる全てを注ぎ込んだ結果だ。
「冷たいなぁ……
まあ、いいや。じゃあステージクリア……!
キャラは引き上げるね……げほっ。
でも、あれは……誰……だ」
呟きながらキュリオスの身体がマネキンに戻り、砕けながら落ちていった。フェニックス=トリガーも同じようにボロボロと砕けていく。綾香と九輪の二人も次の身体に移らされたのだろう。
『真人、ディスチャージだ。一度接合をとく』
「うん」
アピオンが真人から離れると、真人の背中からドロープニールが消えた。ストリーカーもなくなり、飛行能力を失った真人がゆっくりと床へ落ちていく。
床には……バラバラになって地面に横たわるトゥイーがいた。真人の身代わりとなって身体の大半を失ったまま、ぴくりとも動かない。
「トゥイーちゃん……?」
『真人、船に乗るつもりなら急げ。
君のスピードでも限界はある』
アピオンが見上げる遙か頭上で、ゲートシップが通り過ぎていった。
真人は服を脱ぐと、それでトゥイーを抱きくるむ。
彼女は、相打ちに持ち込もうとしたキュリオスの一撃を身を挺して防いでくれたのだ。
本来のトゥイーなら決して間に合うことの無い筈のタイミングだったが、彼女の身体には不格好な改造の後がある。
それが多分、彼女にアクセラレーション機能を追加してくれたのだろう。
「トゥイーちゃん、少し我慢しててね? アピオン、おいで!」
アピオンが真人の肩にとまった。
それを確認すると、真人は自分のアクセラレーターを全開にして走り出す。
加速・反加速を駆使して一気にクレーンの残骸や壁を駆け上がってレールの上に出た。
すでにゲートシップはメインエンジンも始動させている。
本格的な加速に入るまで、もう間はない。
真人は壁から張り出したキャットウォークへ飛び移り、ゲートシップを追う。
向こうでゲートシップがかなりの早さで離れていく。
「まひとーっ!」
船の後部ギリギリにあるエアロックが開いた。
シェリオや瀬良たちが手を振る。
ムリヤリ開けているらしく、扉を閉めて下さいと叫ぶ機械の警告音が真人のいる場所まで聞こえてきた。
「いま行きます!」
真人はキャットウォークの端からジャンプすると、さっきまで船を固定していたドッキング用フレームの一本に着地する。
そこでさらに加速した。
同時にゲートシップのメインエンジンが明るく輝く。
真人は静かに離れていく船にめがけ、全力でジャンプした。
だが……エアロックに僅かに足りない。
めいっぱいまで伸ばされたハーミットの指と、真人の指がギリギリで行き違う。
「――!」
通り過ぎてゆく船の外装に、めいっぱい伸ばしていた真人の指先がわずか触れる。
真人にはそれだけで充分だった。
そのまま加速・反加速を駆使してゲートシップの外装を全力で疾走する。
トゥイーを抱いたまま、エアロックから身を乗り出していたハーミットとシェリオの腕の中に飛び込んだ。
シェリオが真人たちを引き込むと同時に、扉が自動で閉じる。勢い余ってシェリオたちごとひっくり返えった。
船内放送でデュミナスの声が響く。
『船は既に発進しています、慣性制御がかかるまで掴まって下さい』
「デュミナス、トゥイーちゃんが……!」
『――こちらでもモニターしています。
船内データを送りますので、彼女を連れて処置室へ。
私もすぐ行きます』
「シェリオ、一緒に来てくれる?」
「わかっ……わっ!」
真人がシェリオを肩で持ち上げるように抱き上げ、その太ももを腕で固定する。
片方にトゥイー、片方にシェリオを抱える形になる。
真人が上半身裸であるせいで、シェリオが顔を紅くする。
「シェリオご免、しっかり掴まってて!」
「ど、どこを掴めば……」
シェリオの返事を待たずに真人が駆け出した。
一瞬で見えなくなる。
置いていかれたクリシーたちが目を丸くした。
「はえーな、あの嬢ちゃん!
つーか、上半身裸ってのは頂けないな。
あの年頃だともうちょっと気にしそうだもんだが」
「まあ、男だからな。
それより我々も行こう!」
瀬良が走り出し、残りの者も後に続いた。
ゲートシップはスカイフックから完全に離れたところで、リパルサーエンジンのフルブラストを開始した。
弾かれたように名も無き惑星の衛星軌道目がけて上昇を続けていく。船は光る軌跡を描きながら遠ざかり、やがて見えなくなっていった。
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