第78話 悪を騙るモノ

 真人の鋭い叫び声と共に打ち込まれたストリーカーが、巨人型ボットネフィリムを縦横に切り裂いた。

 白熱した線が縦横に入り、ワンテンポ遅れて巨体がバラバラに崩れ落ちる。

 真人が思った通り、ネフィリムの耐久力は高くない。

 所詮は急造品に過ぎないのだろう。

 ゼプトライトと言っても万能ではなく、低質の素材で急造しても高い性能は望めない。


「真人、ここは引き受けるから早く!

 それに格納庫側の入り口は真人かデュミナスしか開けられない」


 装甲車の盾になるように空中から割って入ったキティが、チャージを進めるネフィリムへガンポッドを乱射する。

 ネフィリムのチャージが中断した。

 ガランサスとアクセンターの二機もそれぞれ片っ端から周囲の敵に攻撃を加える。

 だが、数が多すぎる!

 ネフィリムは後から際限なく沸いてくる。

 それでもシェリオたちい下がる気はない。


「ほんの少しだけ、お願いします!

 扉を開けたらすぐ戻りますから」


 踵を返した真人が装甲車と共に通路へ飛び込んだ。

 短い通路には人用の通路も併設され、奥にはコンテナ集積場などもある。

 その先には巨大な扉と――


「――!」


 真人の背中の芯を冷たい衝動が走り抜ける。

 考えるより早く、真人はストリーカーを盾のようにグリッドさせた。

 そうしたのは、ただの直感だった。

 グリッドされたストリーカーは真人目がけて振り下ろされた巨大なフィールド衝角を寸前で防ぐ。

 二つのビームフィールドが爆ぜた。


「真人くん、後ろも見ないなんてやっるー」


 明るい声がかかる。

 が、空中から真人に笑いかけた。

 手には例の大砲が変形したらしい、槍と斧の合いの子のようなポールウェポンを持っていた。ボディ交代というわけらしい。


「今度はそういう手を使うんだ……キュリオス!」


 真人が押し潰されたような声で叫ぶ。

 改造された綾香が二度と元に戻らなかったらどうしようという不安は消えてくれたが、これでは意味がない。自分たちを駒や合成用の素材扱いすることが許せなかった。


「だって綾香のコアが死ぬっっほど、使い難いんだもん。

 なので九輪とコア交換ってわけね?

 でもさー、コア交換って苦労するんだよ!」


「……アピオン、エネルギーは大丈夫?」


 お喋りを続ける綾香の後ろで、控えていたネフィリムたちが一斉にこちらを向いた。

 全機はチャージ状態のままだ。

 中には発射寸前の機もある。猶予は無い。


『問題ない』


「うん!

 みんな、全速で船へ!」


 真人がアクセラレーターを全開でブン回す。主観時が一気に引き伸ばされ、視覚や聴覚が切り替わる。真人はストリーカーをありったけ展開すると、それを一斉に打ち出した。


「いけ、ストリーカー!」


 超音速のビームフィールド体が横殴りの雨のように降り注ぐ。

 巨人たちは瞬時にバラバラにされた。


「おー、凄い凄い。

 攻守走と全部一級なんて……凄いの、生み出せるねー!

 ねえねえ、やっぱり私のしゅ、ご、か、にっ! こない!?

 願いがカナンリンクの規定から外れてもいーからさー、例えばハーレムとか……っと、どう?」


 キュリオスは自身の武器とパワーキャスターでストリーカーをはじき返す。

 軽口を叩いているが、決して楽なことではないようだ。


「いいね。

 なら、まずは綾香さんと九輪さんを解放しろ。

 お前はデュミナスの守護下へ入れ」


「やーだよ!

 ――OK、OK、なら続行だね?」


 ストリーカーをさばき終わったキュリオスがテンション高いまま、お喋りを続けようとする。

 だが、真人にその気はない。

 静かにキュリオスを睨みつけてやる。普通の人ならそれだけで逃げ出しそうな瞳だったが、キュリオスには通じなかったようだ。


「さっきの話だけどさ?

 コア取り出すのだけも結構大変なんだよ。

 ――ううん、本来は簡単なんだ。

 けどデュミナスはそういうのを簡単に許さないようにしちゃってさ?

 勝手にやるとサロゲートたちは凄い苦痛を感じるんだ。

 お陰でコア交換時にも可哀想な目に遭っちゃうんだよねー。

 しかも変えたら変えたで、九輪は喋らないから面白くないし。

 九輪は、自分が死んだと思い込んでるみたい」


「こっ……!」


「――誰かさんが、から。

 お陰でもう一回サロゲートを作る羽目になったよ。

 本体は昏睡くらいにはなったかもね」


「!?」


 真人の心臓に、キュリオスから吐き出された氷の刃が突き刺さった。

 その事実を忘れる気はない。

 だからこそ……何度でも、何回でも、心に突き刺さる。

 その様を見たキュリオスが満足そうに笑った。

 キュリオスにとって、真人に強い衝動を励起させる行為すべてが面白いようだ。


「ああ、今のも悪くないね。

 悪くないんだけど……もう一息かなぁ?

 もう一手、ちょーだいな!」


 キュリオスが綾香の顔で嬉しそうに大斧を振るう。

 対する真人は動かない。

 よほどショックを受けたのか、ぎゅっと握った両拳を小さく震わせたままだ。

 だが、アクセラレーターまで駆使した超高速の一撃が真人を切り裂く寸前、ストリーカーが大斧を無感情に叩き落とした。


「いま動いたのはアピオン?

 無粋だよ!」


「違う、僕だよ」


 真人がゆっくりと顔を上げた。

 その背後でドッグへ続く扉が音もなく開き始める。


「シェリオ、ここは僕が最後まで引き受ける。

 皆は船へ!」


 急ブレーキで停車した装甲車からデュミナスたちが飛び出し、格納庫の中へ飛び込んで行った。

 だが、シェリオたち三機はその場で留まろうとする。


「真人、私たちも……!」


「――地球へ。

 それが皆の望みだよ」


 真人が制御鍵を解放し、ゲートシップへ干渉をかける。

 抵抗は意外なほど小さかった。船が非常脱出用であるせいかもしれない。

 真人により、ゲートシップが目覚めようとしていた。シェリオたちはほんの少し迷ったが、すぐにデュナミスたちの後を追う。


「……」


 キュリオス=綾香は、そちらの方を見もしなかった。

 少しは気にかけているようだったが、それよりも目の前の真人の存在感が圧倒的であったのだ。

 視線が正面からぶつかり合あう。

 真人の瞳を見たキュリオスが身体を少しだけ振るわせた。

 忘れもしない。

 それは真人が九輪と誓った時の瞳だった。


「ははっ……」


 小さく息を漏らすような笑い。

 綾香の顔をしたキュリオスが徐々に表情を歪ませてゆく。

 笑いの形に――歓喜に。


「――これっ!

 これだよ、これ! 真人のフラグげとー!」


 キュリオス=綾香が本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔を敢えて例えるならば、ゲームや映画を見ている人間の顔だろうか。

 決して死なず、本体はこの場にいないキュリオスは、ある意味でにいるに等しい。

 こっち側のことは、ゲーム内の出来事みたいなものなのだろう。勿論これは現実で、画面の外で叫ぶ声は真人たちにも聞こえるが。


「ははっ、他のことはもういいや!

 貴方と私、二人だけでカナンリンクの全セカイを舞台にしちゃおうじゃない!

 まずは、ベタだけど名乗ろうか?

 私はキュリオス、カナンリンクの守護存在。

 これでいいや。

 ――あなたは?」


「地球人。アイビストライフの一人。

 そして正義……の、味方だ」


 真人の言葉とともに、ドロープニールが次々とストリーカーを生み出す。

 キュリオスも持っていた斧を変形させた。

 まるで対戦車ライフルに巨大な銃剣を付けたような形態となり、先端に光の粒子が集まる。


「ああ、そうか……さっきのなし!

 もう一回!

 ごめんね、自分で言っておきながら忘れるなんて。

 私は……キュリオス。

 ――悪だ!

 フェニックス=トリガー、起動!!」


 宣言と同時に、砲がアクセラレーターを起動した上で発射シークェンスに移る。

 通常ならば致命的な遅さとなるタイミング。

 だが、フェニックス=トリガーは予備動作から爆発に至るすべてが加速されている。


「即撃いけぇ!」


 世界が閃光とともに、白一色に塗りつぶされる。

 叫びや名前に意味はない。強いて言うなら――キュリオスに一方的に収奪された、綾香や九輪たちの趣味だろう。叫んだからといって威力が変わるわけでもない。ノリだけだ。

 ソートナインが生み出したすべてを高次から”破壊”に揃え、超加速までして放つフェニックス=トリガーは、何をどうしようと致命的なことに変わりはない。

 キュリオスは引き出した破壊を全て刃に揃えていた。

 ゼロに等しい厚みに収束形成させた圧倒的な破壊の刃が、アクセラレーター全開で振り下ろされた。

 狙いは真人より、むしろドッグの内部――その後ろのゲートシップ。

 狙いは正確だった。

 真人が避けたら扉と、その奥にあるゲートシップを破壊の刃が切り裂くだろう。

 無論、真人は避けなかった。

 必殺の一撃を、真人は右手のスキンタイトギアから逆手に伸ばしたブレードと、その刃に瞬間的に収束させたストリーカーで真っ正面から受ける!

 衝撃波が周囲を薙いだ。

 プラズマ化した高熱の燃焼ガスが震え、周囲の景色を蜃気楼のように歪ませながら超音速で広がっていく。

 鍔ぜり合いで時間が止まる。

 だが、威力は二人分のソートナインドライバーを駆使できるキュリオスが圧倒的に上だ。

 白熱の刃が多層で防御するストリーカーを一枚一枚吹き飛ばされ、最後にスキンタイトギアから伸ばした刃がへし折れた。

 均衡が破られた真人の身体が衝撃で吹き飛ばされ、それを追うキュリオスが一気に刃を振り下ろす。

 ――途中まで。

 ビームの刃は、真人の両手の中で停止していた。ストリーカーとスキンタイトギアで保護された両手による、真剣白刃取りだ。

 真人が加速と反加速を駆使して刃を跳ね上げる。キュリオスの身体が大きくはね飛ばされた。


「わーおー!」


 キュリオスの手の中でエネルギーを放出しきったフェニックス=トリガーがリグを畳み、待機モードに移る。

 色が戻った世界で綾香=キュリオスが空中で姿勢を直した。

 そのまま上から真人を見下ろす。


「いくらファストチャージだからって、理論的には二人分あるこちらが上の筈なのに、それを受けきれるんだ!

 いいわ、もっとよ! もっとちょうだい!」

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