第71話 出立

 デュミナスの立て続けの報告に、周囲が喜ぶ暇もない。

 フィッシャーが眉をひそめた。


「問題とは……?」


「一つ目は、キュリオスがこちらの動きを感知しました。

 どうやら網を張っていた模様ですね。

 自分の手足となって動く専用サブシステムの生産を開始したようですから、すぐに攻撃が始まります。

 狙いは真人と……ゲートシップでしょう」


 その瞬間、モニターの一つから轟音が響いた。

 何かが爆発するような音と振動が連続する。


「司令、センサーに反応、敵襲です!」


 床に直接座り込んで何台もの装置を操作していたインナー姿の鈴音が叫ぶ。

 鈴音の頭上にあった特大のスクリーンが切り替わり、スカイフックのポートデッキに次々と現れる機体が写された。

 鳥型、人型、蜘蛛型、四つ足……と、形状は様々だ。どれもこれも頭部に当たる部分が省略されていたり、内臓がないような歪な形状をしていた。それが画面全体を覆い尽くすほど向かってくる。


『ゲートシップのある区画でも襲撃を感知した。

 区画を封鎖するが、長くは持たないぞ』


「情報感謝する、アピオン。

 総員、迎え撃て!

 ゲートシップは……別働隊を編成する。

 必要な戦力を見積もる」


 フィッシャーが叫ぶと画面の向こうで戦端が開く。

 待機していたカードソルダートが次々と出撃し、武装と装甲を追加されたサーフクラフトも一気に上昇する。あちこちに築かれた幾つものトーチカや装甲車からも砲撃が開始された。

 キュリオスのサブシステムたちからも反撃が開始される。灰色の空に幾条もの光が交差し、幾つもの光球がまたたき始めた。

 戦闘が開始されたことを確認したフィッシャーが、デュミナスを振り返える。


「それで、二つ目の問題とは……?」


「はい……

 申し訳ありません、私はあなた方を支援できなくなりました」


 周囲の人間が凍り付いた。

 デュミナスは何か思い詰めたように、顔を伏せている。

 フィッシャーが一度、深呼吸をした。


「デュミナス、状況を説明して貰えるか?」


「これを……映像を、見てください。

 ゲートシップに残っていたデータです。

 先ほど船より入手しました」


 デュミナスがスクリーンに映像を流して行く。最初はただカナンリンクの俯瞰が写されているだけだった。構造物の感じから重要な場所を写していると思われ、本来はセカイのある場所には代わりに何か別の施設があるようだ。

 だが……見ていたメンバーが徐々に異変に気づき初める。映像の意味に気付いたメンバーの表情が、みるみる険しくなって行く。その視線の先にあるものは――爆発の跡だった。

 巨大なクレーターとなった周囲は、高熱で溶かされ、淡く赤く輝いている。

 クレーターは中枢殻をも貫いているようだ。


「爆発の跡……か。

 これはカナンリンクのどこの映像になる? 何が消えたのだ?」


「カナンリンクの統合制御区画の一つです、フィッシャー。

 バーセラスのさらに上位ノードの一つ。

 消失したものは数多いですが――最大のものは、我々守護システムを束ねるコンプレックス・システムでしょう。

 今は非常システムが動いているようですが、殻だけで中身が空です。

 何の役にも立っていません」


「カナンリンク自体は大丈夫なのか!?」


「総体としての機能に欠損は生じていません、誤差の範囲内です。

 ですが守護システム同士の統合が損なわれ始めています。

 早急に現地へ移動し、稼働状態にある全ての守護システムによる大知性統合を実施すべきと考えます」


「統合が取れなくなれば守護システム同士で戦争が起こる可能性でもあるの?」


 真人を膝枕していたシェリオが訝しげに呟く。その膝の上では可愛らしく寝息が小さく響いている。

 シェリオの言葉にデュミナスが考え込んだ。


「善悪などを想像しているなら違います、シェリオ。

 個々の判断が偏ったまま拡大してしまう状況に陥っていると思ってください。

 偏りは軋轢を生みます。

 私とキュリオスの間に発生してるこの齟齬が良い例でしょう」


 デュミナスが憮然とした顔でキュリオスが差し向けた無人機の映像を見る。

 そのどれもが拗くれたヒトガタをしていた。

 キュリオスがマーキスたちの予備ボディを急遽改造して作ったシロモノだろうと予想された。


「シェリオ?」


 真人がシェリオの膝の上から声をかけた。

 どうやら目覚めていたらしい。

 気付いたシェリオが真人の前髪を軽く梳いてやる。


「キュリオスはカナンリンク自体には攻撃してない。

 デュミナスのボディを破壊してはいるけど、デュミナスの知性自体に欠損はないし。

 だから戦争じゃない。

 これは社会、文明規模での人体実験――シヴィライズド実験の、とても偏ったやつだよ」


 真人が起き上がろうと片膝をあげる。

 その瞬間、ちょうどこちらに近寄ろうと振り返った鈴音とエフジェイが物凄い勢いで百八十度ターンをかけた。エフジェイに至っては足がもつれて床に頭からダイブする。

 気付いた真人が真っ赤になって手術衣の裾を抑えた。


「真人さん、見えてません! 誓って、本当です!!」


「ぼぼぼ、ボクも!」


 鈴音は背中で、エフジェイは後頭部で叫ぶ。

 シェリオがやれやれと頭を振った。


「何をやってるの二人とも。

 ――あ、そういえば今の真人ってパンツ履いてないんだっけ」


 気付いたシェリオがサーフクラフトの一機を指さし、そこに荷物があると教えた瞬間、真人の姿が一瞬ブレた。空中に手術衣だけがふわっと揺れたか富もうと、いつもの服に着替えた真人が現れる。

 元の服を置いていたサーフクラフトの扉が小さく開いている。おそらく加速して着替えたのだろう。


「えーと……真人、もしかして脱いでから移動した?」


「着替えてから手術着を持ってきただけ!

 ――こほん。

 デュミナス、さっきの話だけど……

 知性統合すると考え自体が全部変わっちゃうの?」


「その心配はありません。

 知性統合は個々を潰すために行うものではないのです。

 すべては高次で統合されます」


「デュミナスは大知性統合を優先したい?

 そして仮に知性統合を行えば、デュミナスは僕たちの敵に回る可能性がある。

 ――それで合ってるかな」


「一つ目はイエス、二つ目は判断できません。

 私の立場を言わせて頂ければカナンリンクが最優先ですが、貴方たちのことも議題には乗せるつもりです。

 統合しても私の判断が大きく修正されることはないとは思いますが……」


「わっ、私たちはどうなるの?」


「シェリオ、大丈夫」


 真人が起き上がった。

 その身体にパワーキャスターが浮かび上がる。


「フィッシャーさん、僕はデュミナスに協力したいと思います。

 デュミナスを中枢へ送り届けたい」


「基地の防衛とゲートシップの奪取はどうする?」


「手はあります。

 ゲートシップを奪取し、それでデュミナスを中枢へ送り届けるんです。

 そうすれば船を押さえられます。

 基地の防衛については、僕がデュミナスと一緒に移動してセカイを越えてしまえば大丈夫です。

 僕とキュリオスの間にそういうルールが成立してます。

 それに……」


 真人がニコッと笑った。


「たまにはデュミナスを助けるのもいいかな、って。

 散々お世話になってますしね。

 船には僕が行きますから、少しだけ人数を割けませんか」


「真人……

 ではフィッシャー、私からも正式に依頼いたします。

 私の移送をお願いします」


 デュミナスが皆に頭を下げた。

 フィッシャーの持つタブレットや、後ろにあるスクリーンに、次々と映像が映る。

 そこには、やりとりをモニターしていたアイビストライフの面々が写っていた。


『フィッシャー司令、我々は貴方の判断に従います』


 選定会議のメンバーたちも宣言した。

 脇にはさっきサーフクラフトで移動したばかりのハーミットも控えている。


「――よし、アイビストライフは真人の判断に従う。

 ゲートシップを入手し、デュミナスをカナンリンクの中枢まで送り届けよう。

 シェリオ、メンバーを選定してくれ。真人を支援してデュミナスを護衛するチームだ。

 キュリオスより先にゲートシップを確保する!」


『私も出ます!』


 スクリーンにハーミットの顔が大写しになる。

 どうやらカメラに直接顔を近づけているらしい。


『司令、我々も外の連中に合流します。

 ゲートシップが発進するまで粘ってみせますよ!』


 会議に参加していたメンバーが全員、武器を手に取る。

 先に飛び出したハーミットはガランサスに乗り込んだらしい。別のカメラ映像にガレージみたいな場所にあったガランサスをはじめとするカードソルダートたちが一斉に飛び立つところが写った。

 キュリオスの放ったボットたちから激しい攻撃が降り注ぐ中、ハッチを閉める間も惜しんだカードソルダートたちもまた手にした武器を放つ。

 状況は一進一退となっているようだ。


『真人さん、ハーミットです。

 コアから戻られた際は声をかけて下さい、合流します!

 シェリオ、私もメンバーに入っていい?』


「順序逆だけど、いいよ!

 あと私のキティと、それともう一体くらいカードソルダート出せるかな。

 残りは移動車両とドライバーと……」


「フィシャー、真人、ゲートシップまでの最短コースを提示します。

 それと船の再稼働に必要と予想される物資、機材のリストです。

 非常用であるゲートシップは行き先が固定されています。例えカナンリンク内での運用とは言え、想定外の使い方をするには最小の機材、追加のサブシステムが必要です。

 ――詳細を伝えます、知性統合を要請します」


「デュミナス、手伝ってもらって大丈夫なの……?」


「私が行くのですから、ゲートシップを稼働状態まで持っていくことは正統な行為です。

 それとカナンリンク中枢制御区までの航法データを提供する用意があります。

 船の操縦方法も渡しますね。

 操作方法はカナンリンク共通の物を使用していますので、アイビストライフなら一人でも動かせると思います。

 アピオン、協力を要請します」


『私は真人のサブシステムでもある。

 真人がやるならば、宣言は不要だ』


「――有り難う、デュナミス。

 アピオンもね。

 フィシャー司令、倉庫まで車の手配をお願いします。荷物を運ばないと。

 それとは運搬に人手も何人か」


「了解した、真人。

 チャンネル変更、格納庫。そちら誰かいるか?」


 音声で接続を切り替える。

 通信に出たのはモンテレートから参加したメンバーの一人、クリシーだった。

 左手にはメモを持ち、目はそっちに釘付けになっている。おそらく操作方法が書いてあるのだろう。

 遠くからは爆発の振動が軽く伝わっている。


『こ、こちら倉庫です、何か入り用ですかね?』


「こちらフィッシャー。

 これから送るリストの物資を車両に載せ、待機頼む。

 車両は一番頑丈な奴だ」


『リスト……

 うっ、ちょっとまっ……瀬良!』


 バタバタと画面が上下左右に揺れる。

 どうやらいきなり画面が切り替わったせいでパニくったらしい。

 しばらくしてから、少し斜めに傾いた状態で画像が安定した。

 今度は瀬良が画面に大写しになる。


『すいません、フィッシャー司令。

 こちらはモンテレート市から志願した人間がお手伝いしてます。

 リストは了解しました。

 車両と物資、あとは人員――は、我々で良ければお手伝いします』


「モンテレートの皆さんでは不慣れで危険です。

 我々から誰かを……」


『瀬良、志願します!』


『セブラン、志願いたします。車は自分が運転しますよ』


『クリシー、志願するぜ。

 発動炉と、スターターと、最上位規格のケーブルと……うし、倉庫まで行ってくるわ。

 あ、車ごと行こうぜ』


 狭いモニターに三人のオッサンがみっちりと並ぶ。

 横で見ていた真人がフィッシャーの腕にそっと手を添えた。

 フィッシャーが頷く。


「――分かった。

 皆さんよろしくお願いします。

 真人、頼むぞ。くれぐれも気をつけてくれ」


「あはは、選ぶ必要なかったかな。

 じゃあメンバーは……鈴音、来る? アクセンターごと」


「はい、シェリオ!」


「うん、OK!

 ――こっちはいいよ、真人。

 私と鈴音、あとハーミットが真人と一緒に出る。カードソルダート三体ならギリ裂いても大丈夫。

 他のスタッフはモンテレートからの志願者三名、と」


 シェリオと鈴音が出口の前から声をかけた。

 二人ともパイロット用のインナースーツをキチンと着こみ、両手に装備類を持っている。

 最後に真人がニコルを見た。

 ニコルが頷く。


「アピオン、真人を助けてあげて」


 頷いたアピオンが真人のところへ飛んでいき、形状を変えて真人の腕に融合する。

 その瞬間、パワーキャスターが変化した。

 より幾何学的に、より回路風に。

 同時に真人の背中に小さな羽根のようなビームフィールド体が形成される。そこから次々と光り輝く物が放たれた。

 光りは真人の周囲に展開し、その動きに同期するように静止する。


「それは?」


「ストリーカーと言って、僕の新しい力です。

 少し戦闘向きの力ですけど……こんな時なら役に立ってくれます。

 では、行ってきます!」


「頼む!

 シェリオと鈴音は真人と共にデュミナスをゲートシップまで護衛してくれ。

 ゲートシップを確保した後、直ちに発進準備に取りかかれ。

 おそらくキュリオスが直接来る。

 ――死守だ! 何としても守り切り、ゲートシップを発進させてくれ。必要な機材一式は格納庫にある車両に準備中だ。ドライバーや作業員は車両のところに既にいる。

 健闘を祈る!」


「了解!」

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