第72話 攻防

 バーセラスから戻った真人たちがスカイフックの中央管制タワーのエントランスに近づくと、戦闘の轟音が響き始めた。

 宇宙港近辺は既に激戦地となっているようだった。

 キュリオス側の攻撃は熾烈を極めている。

 レーザーショット、重光子砲、電撃砲、超振動波、熱線砲……どれもサロゲートたちが装備するオリジナルよりずっと威力は小さいとはいえ、アイビストライフには脅威だ。それになにより数が圧倒的だった。


「ちょ、ちょっと数が多そうだね……」


 玄関ホールに続く通路の奥から頭だけを出して外を覗いてたシェリオが、すぐ頭を引っ込めた。その脇をレーザーらしき光条がかすめていく。乱反射で壁や床に火花が散ったので慌てて目を保護した。

 攻撃はエントランスホールの中にも容赦なく飛び込んできているようだ。


「うう……うごけない」


 シェリオが唸る。

 本当は銃火の下だろうと全力で駆け抜けたいところだが、敵の攻撃が激しすぎる。

 これでは建物の中ですら安心できない。


「シェリオ、僕が先行する。

 合図するまで待っていて」


 真人がピンクの閃光に変わった。

 あきらかに今までより早い!

 シェリオが頷くと、リンクコムからハーミットを呼び出す。


「ハーミット、聞こえる?

 いまから真人がそっちへ行くよ!」


『シェリオ、車両が一台そちらに向かっています。

 ガランサスは援護に入ってます。

 ――真人さんも確認!』


 端末からハーミットの声が飛んでくると同時に、建物入り口に盾になるように頑丈そうな装甲車両が一台、突っ込んできて停まった。

 そのままバリケードみたいに攻撃から入口を保護する。

 同時にサイドドアが横に割れるように開き、スリムタイプのパワースーツを着込んだ長身痩躯の男が飛びおりる。

 男はクリシーだった。


「乗ってくれ!

 あんたらの鎧――カードソルダートだったか?

 そっちもちゃんと積んできたぞ!」


 駐機モードのまま押し込められていたキティとアクセンターを、クリシーがスーツのパワーで引っ張り出す。

 二機はパズルみたいに展開して元のモードに切り替わった。


「乗り込むなら早めに頼むよ。

 こちとら素人でね、自分たちがどういう状況にいるかイマイチ分かってないんだ」


 車体後部コンテナ部分の屋根に無理やり付けた銃座を天井へ撃ちまくりながら、瀬良が叫ぶ。

 シェリオたちが慌てて自分の機体に乗り込んだ。


「皆、今すごい無茶をやってるよ!

 後で怒るからね。

 ――でも、有り難う!」


 ハッチを閉める間も惜しんでシェリオと鈴音がキティとアクセンターにそれぞれ飛び込むと、物理シールドを展開しながら装甲車の上に飛びあがる。

 周辺からアイビストライフのメンバーが数名駆けつけてきて、空いたスペースに弾薬や装備を積んでくれた。

 カードソルダート用のモノもある。


「――すまん、感謝するぜ!

 ああ……無茶の件は、倉庫にも飛び火したせいだ。

 あの変な人形どもが壁面を登がって来やがって……だが荷物はちゃんと積んであるぞ。

 さあ、残りもちゃっちゃと乗ってく――」


「皆さん、新手が来ましたよ!」


 クリシーの言葉をセブランの叫びが遮った。同時に車が激しく揺れる。

 それまで飛行機型だった機体が特攻するような勢いで突っ込み、着地寸前に人型に変わる。

 コンテナ部分の屋根や装甲車の周囲に、歪な人型が数機着地した。

 その可変機たちには首から上が無いが、人型になった後のボディは女性のようなラインを描いている。

 アクセサリーのように全身に埋め込まれたレーザーショットが閃光を放った。

 照射調整のためかパルス状に赤く発光する光線がクリシーのパワースーツを掠め、起動準備中のキティ、アクセンターにも叩きこまれた。

 幸い装甲部分だったので本体は無事だったが、乱反射して周囲にバチバチと火花が散る。

 火花に気付いたハーミットがガランサスで突っ込んでくる。


『シェリオ、鈴音、援護します!

 ――このっ!』


 ガンポットを乱射しながらガランサスがボットを引き剥がそうとする。

 だが一機だけでは火力が足りない。

 突っ込んだハーミットがガランサス自体を盾にする覚悟を決めた――その瞬間、ピンクの閃光が走った。装甲車周囲の首なしボットたちの全身に白く灼熱するラインが縦横する。数瞬遅れ、装甲車の上に陣取っていたボットもバラバラに細断されて砕け散った。

 周辺のボット全機も同じように細断され、爆散する。

 空中からふわりと現れた真人が装甲車の屋根に着地した。その背には小さな光翼が輝いている。


「真人!」


「大丈夫ですか、皆さん!?

 ――アピオン、エネルギーに余裕ある?

 ちょっと無茶する」


『以前よりキャパシティも上がっている。

 問題はない』


「本気を出すから支援をお願い!」


 真人が装甲車の上でゆらりと立ち上がった。

 無防備で、完全に的だ――

 誰もがそう思った瞬間、真人の全身が光りに包まれる。生成された無数のビームフィールド体が大天使の翼みたいに真人を覆う。


「いけぇ、ストリーカー!」


 翼状のグリッドを形成していた無数のストリーカーが一斉に展開され、打ち出される。文字通りの弾幕バレットカーテンだ。

 まるで炎が紙を舐めていくかのように、滑走路を埋め尽くしていたボットたちは抵抗もできずにバラバラに切り裂かれていった。

 またたくまに四散し、敵は文字通り一掃された。


「「「真人!!」」」


 周囲のアイビストライフたちから歓声が上がった。

 少し寂しげに笑って応えた真人の横に、屋根に登ってきた瀬良が駆けつける。

 セブランが装甲車のメインブレーキを解除し、後部の貨物コンテナではクリシーが荷物を急いでまとめた。


「真人、頼まれた資材も全部積み込んである。

 オマケで武器弾薬も分けてもらった、いつでも行けるぞ!」


 パワースーツを着込んだままのクリシーが銃を片手にサイドドアをスライドさせて顔を出す。


「デュミナスさんも既に入ってもらった。

 嬢ちゃんはどこに座りたい?

 前側のシートも開いてるぜ」


「有り難うございます。

 僕はすぐ飛び出せうよう、コンテナの上にします。

 それと……ちょっと待って下さい」


 真人が静かに膝を折ると、自分で破壊したボットの残骸をそっと撫でた。

 ボットたちは人型以外にも航空機型、多脚タイプ、四つ足、鳥型、仏像のような格好で空中に浮遊するタイプなど多種多様だ。


「大丈夫、真人……?」


 キティを降下させたシェリオが、空中で静止しながらハッチを開けて真人に声をかける。

 彼女もまた怒っていた。

 真人の怒りが何であるかに気づいたのだ。


「これ……トゥイーちゃん、だよ……ね?」


 真人が撫でている残骸は頭部がないことを除けば、トゥイーのドッグフォームによく似ていた。

 恐らく――いや、絶対にトゥイーのサロゲート体を流用して作られた物だ。

 シェリオも頷く。


「サロゲートからサロゲート体は作れないから、本体その物じゃない……と思う。

 ソートナインドライバーも搭載されてないみたいだし。

 多分、予備に用意してたボディを流用したサブシステムだと思うけど……」


 真人がギリ……っと歯ぎしりをした。

 懸命に怒りを堪えている。

 武器を生み出すと言えば、デュミナスの庇護下にあるアイビストライフのメンバーが作った武器だってそうだろう。真人のストリーカーだってそうだ。

 しかし、それは自身が望んで手にいれたものだ。綾香たちはこんなことを望んでいない。

 シェリオがそっと真人を呼んだ。


「真人……いまは、先へ進もう。

 時間が経てば経つほど私たちが不利になるよ」


 真人の腕に融合しているアピオンもパワーキャスターを経由して語りかける。


『真人、ドッグ区画でも同タイプが集まっている。

 私のドーター機では立てこもる以外に対処はできない。

 急いだ方がいい』


「うん」


 顔を上げた真人がストリーカーで残骸を厳かに灰にした。

 まるで供養のようだ。

 シェリオのキティと鈴音のアクセンター、ハーミットのガランサスがふわりと浮かんだ。

 ガランサスは武装とシールドを変えてきたらしく、そこだけ新品になっていた。


「皆さん、ここをお願いします!」


 真人がコンテナの上から、都市防衛に参加していた人たちに深々と頭を下げた。

 あちこちから上がる返答の歓声をバックに、装甲車が貨物用の高速ターボリフトに乗り込む。遅れて三体のカードソルダートもリフトに乗り込んだ。

 音もなく扉が閉じると、真人たちを乗せたカーゴが物凄い早さで上昇を初める。

 歓声もやがて聞こえなくなっていった。

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