第68話 ブリーフィング

「真人、雰囲気がちょっと変わったかな?」


 ベランダの柵に寄りかかりながら、瀬良が小さくうなずく。

 セブランも首をかしげた。


「それは真人の? それとも……」


 借りてきた格納庫の鍵を、長年使っていた――訳ではないらしいが――家の鍵を付けたキーホルダーに通しながら、セブランが肩をすくめる。


「街の皆の?」


 真人の通った後には明るい雰囲気が残り香のように漂っているようだ。

 それだけ真人には存在感があった。

 外見も一役買ってはいるだろうが、やはり不思議な力で黒い化け物から皆を守った事実も大きい。


「あの嬢ちゃんは派手で目立つからな、笑ってくれると皆が釣られちまうぜ。

 その分、無防備なのが気になるが。

 そういうところは男の子みたいだよ」


 大柄長身のクリシーが器用に肩をすくめてみせる。

 どうやら真人が女の子だと譲る気はないらしい。


「まあ男の子だからな、仕方がない。

 ただ……気のせいか物腰がちょっと柔らかくなったというか、女性っぽくなったというか。

 前はもっと大股だった気がするよ――っと、失礼」


 瀬良が笑いながら内ポケットから小さなボード型のリンクコムを取り出した。

 メッセンジャーから呼び出しがあったらしい。

 瀬良は軽く画面をタップしてサスペンドを解除すると、リマインドされたウィンドから情報を読み取る。


「市長の秘書さんからか……奥の会議室へ来いってかい、やれやれ。

 市長のところへ行ってくるが、何かあるか?」


「瀬良、よくそんなの触る気になるな!

 怖くないのか?」


 クリシーが瀬良のリンクコムを指さした。

 凄く嫌そうな顔をしている。


「いやいや、元の僕はこれに近い物を使っていたらしいよ。

 セブランやクリシーもだろう。

 使ってみると便利だしね。

 本の整理にも役に立ちそうだし、連絡とかもとりやすいよ――ん?」


 タブレットの端っこにアイコンスタンプが二つ立った。一つはフィッシャーが使う魚のパーソナルマークと、もう一つの花弁の一枚が欠けた桜の花びらは……


「フィッシャーさんと真人からか。

 二人とも市長のところにいるらしいから、僕が出遅れたことになるか。

 ――迎、え、は、い、ら、な、い、よ……っと。

 じゃあ行ってくる」


 音声で入力してから端末をポケットにねじ込んだ瀬良が立ち上がる。

 ジャケットを羽織り、帽子をかぶった。

 モンテレートでは帽子を被ることはごく普通であり、瀬良たちもその慣習を変える気はない。


「今のは真人からですか。

 彼はいまどこにいるんです?」


「えーと……アイビストライフの人たちが使ってる大会議室だな。

 さっきフィッシャー司令と、真人みたいな美人が入っていった建物の一階の奥だ」


 そこまで言って、セブランとクリシーが不思議そうな顔をしてることに気付いた。

 建物まではかなり距離があるが、真人と別れてそんなに時間は経っていない。


「散々見たじゃないか、真人は超能力を持ってるんだよ」


「黒い化け物と戦った時のですね。

 ですが……その割りには、力があることを誇ってはいないようですが」


「――辛気くさい笑顔浮かべんなよ、瀬良」


 瀬良の顔を見ていたクリシーが面倒くさそうに呟く。

 そのまま、真人がいると言われた方を見る。


「あの嬢ちゃん、代償にデカい犠牲でも払ったのか?

 笑えも、誇れもしないような奴を」


 クリシーがポケットから煙草の箱を取り出すと、最後の一本を咥える。

 空っぽになった空色をした厚紙の箱をグシャっと潰し、やれやれという顔をする。


「これで最後か……

 瀬良、オレが煙草切れで死ぬ前に会議へ向かってくれよ。

 煙草のことを伝えてくれ」


「私は車のところへ行きます。

 物資と人間を運ぶならバスって奴がいいですかね。あるいはトラック?

 使う車を選ぶのも楽しそうだ」


 瀬良が真人の後を追って下へ向かう。

 セブラン、クリシーもそれぞれの場所へ向かった。


          *


 アイビストライフの車に便乗して指定された建物についた瀬良が、大急ぎでホールへ向かう。

 警備員がいるかと思ったが、特に何もなく中へ入る。

 不用心なのか、自分が知らない機械で守られているのか瀬良には判断つかなかった。


「遅れました、申し訳ない」


 瀬良が少し息を切らせながら、会議室として整備されたホールの扉をくぐる。

 真っ先に瀬良の目を引いたのは空中に写し出されたいくつもの映像だった。

 壇上に立つフィッシャー司令とデュミナスの周囲の空中に、何枚ものスクリーンが投影されている。

 瀬良が席に案内される間、失礼にならない程度にデュミナスという女性を見る。

 近くで見ると彼女はますます真人に似ている。

 あるいは逆かも知れないが。


「御足労願い、申し訳ない。

 それでは現状をご説明申し上げる」


 全員の着席を確認したフィッシャーが低いがよく通る声で宣言する。

 スクリーンの一つに宇宙からカナンリンクを俯瞰した映像が大写しになった。


「まずはこれを見て欲しい。

 初めて見る者も多いだろうが、これがカナンリンクだ。

 想像図ではなく、実際に撮影されたものだ」


 投影された映像に瀬良たちモンセレート市住人が息を飲んだ。

 事前に説明はあったが、自分の目で見ると違った感慨が沸いてくる。


「名も知らない惑星表面の大半を、砕けた卵の殻のようにモザイク状に覆っている人工の大地、それがカナンリンクだ。

 殻は三層あり、我々がいるは一番内側の層だ。

 この層だけでも居住面積は地球の大陸すべてを足し合わせたよりも広い。

 しかも、この居住空間は残りの二層にもある」


「よろしいか!

 フィッシャー司令、このカナンリンクの何処かに我々が幽閉されてるというわけですね?

 しかしそれだけの施設を、誰が、何の目的で……どんな技術を使い、どんな形をした知的生命体が、どれほどの時間をかけて作り出したのでしょうか」


 瀬良が興奮してしゃべり出す。

 スクリーンを見る目は子供みたいに輝いている。


「落ち着け、瀬良。

 今はそんなことより、帰還に向けての計画をどう構築するかが問題だろう。

 そして我々が、そこにどのように協力できるか。

 ――だろう?」


 瀬良の横に座る、縦と横が同じくらいの小柄な初老の男が、苦虫を千匹噛みつぶしたような顔をした。

 髪の毛は側頭部側だけにしかなく、頭頂部分はすっかり髪が無くなっている。

 彼が市長らしい。


「デュリア市長、僕も地球のことを考えれば胸が痛む。

 だが、それとは別に……今の状況がまたとない好機であることも事実だと思うんだ」


「好機?」


 何人かの人間が上げた驚きの声がハモった。

 瀬良の言葉は、周辺にいる大勢の人間には意外なものだった。


「――そこの真人に似ている人、あなたは宇宙人なんだろう?

 つまり、地球外の知的生命体!

 そんな存在と出会えた我々は、不運であると同時に幸運でもあると思うんだよ」


「私も皆さんと邂逅の機会を得たことを嬉しく思っています」


 デュミナスが瀬良に会釈した。

 その顔からするに、瀬良の意見を興味深く感じているようだ。

 ふと瀬良が周囲からの目線に気づいた。


「――ああ!

 勘違いして欲しくないが、状況は理解しているつもりだよ。

 我々が最初に望むべきは地球への帰還であり、尊厳を守ることであり、奪われた人生の回復であることは分かっている。

 それはそうなんだが……僕がいいたいのは、その後だよ」


「その後?」


「そう、地球への帰還後だ。

 僕は問題が解決した後、もう一度ここを訪れてみたいと思っているんだ。

 我々はきっとカナンリンクから多くのことを学べる」


 言い終わって瀬良が少し身構えた。

 周囲からの嫌な顔をされるかと思ったのだが、反応はそこまで悪いものでもなかった。


「瀬良さん、それは良い夢だと思う」


 フィッシャーが瀬良の演説に相槌を打つ。

 横で真人が何をかを言いかけて止めた。何かを考え込んでいるようだ。

 フィッシャーは昔を思い出すように目を細めた。


「私たちの時は、絶望の淵から再び立ち上がるのにとても……とても苦労した。

 瀬良さんの意見は新鮮に思うよ。

 ――だが、まずは安全の保障が前提となるだろう。我々の立場が不安定なままでは、そんな遠い未来が訪れることはない。

 ゆえに現在抱える問題について話し合いたい」


「あの……提案があります」


 真人がゆっくりと手を上げた。

 鈴が響くような真人の声が、参加者の耳をくすぐる。


「聞かせてくれ、真人」


「安全の確保には賛成です。

 そのためにも、僕たちはカナンリンクのより高度な機能にアクセスする必要があると考えます。

 ですので、当初より予定していたハッキング計画の実行を提案します。

 その……僕を使って。

 ――僕の中の制御鍵が役に立つと思います」


 場が静まり返える。

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