第69話 誓い

 モンセレート市の代表たちはよく分からなかったようだが、真人がとても重要な発言をしたことは察しがついた。


「確かに本来の予定では、そうするつもりだった……

 だが今は賛成できない。

 真人の中の制御鍵は完全でない」


「鍵が完全でないことは同意します。

 ですが扉のロックを外したり、ちょっとした装置を動かす程度なら使えました」


 真人は、なおも食い下がった。

 ――いや、真人に下がるつもりはなかった。

 やる。ただ、やるだけだ。

 ウィスタリアの瞳に宿る意志が、それをはっきりと主張していた。


「真人、そんな末端のシステムとは比べられない。

 鍵が不完全なままでは真人にどんなダメージがあるかも分からない」


「ええ、そうですね」


 真人が拍子抜けするように、ハッキリと答えた。

 ふっと息をはく。

 そう言われた時にどう答えるか、ずっと考えていたのだろうか。


「――ですから、使用は最小に留めて下さい。

 必要最小です。

 ここから一歩だけ上に進むために必要なだけを」


「真人、何故……」


 フィッシャーが椅子から立ち上がった。

 ざわついた会場を制するように、真人が軽く息を吸い込む。その瞬間、真人の決意を感じて皆が動きを止めた。

 会議室内に静寂が訪れる。


「僕は……もう、地球へは帰れないでしょう」


 静寂に沈黙が重なった。

 それは――事情を知る者すべてが分かっていたことだ。

 だが、それを誰がそれを口に出すか……未だ決められなかった。

 それが真人の口から出た。


「知らない人もいるようですから、説明します。

 僕は元地球人でした。

 今でも……心は皆さんと同じ地球人であると思っています。

 でも、身体は――」


 真人が笑った。

 それは何かを失った者だけが浮かべる笑顔なのだろうか。

 悼み、懐かしむ笑顔。


「身体は……カナンリンクで作られた機械なんです。

 地球ではエネルギーの補給すらできません。

 僕にとって地球に帰ることは……死ぬことと同じなんです」


 何か手はある筈だ!

 ――そんな言葉だけを口に出すだけなら、容易かった。

 だが根拠はない。

 遠い未来の話はしないとフィッシャーが言ったばかりだ。

 アイビストライフたちはぎゅっと手を握り締め、歯を食いしばった。不用意な発言で嘘をつかないように、その嘘で真人を裏切らないように……


「皆さんもまた、地球帰還のために大きな犠牲を払っています。

 でも、まだ誰も諦めていません。

 ならば……同じように僕もそうします。どんな犠牲を払おうとも、皆さんを地球へ帰還させることだけは絶対に諦めません」


 唐突にフィッシャーが立ち上がった。

 皆の視線が集まる中で、フィッシャーがゆっくり敬礼する。彼の視線の先にあるのは真人ではない。大きく胸を張り、ただ前を――未来を向いていた。


「私も誓おう。

 これまで我々は何度も同じ誓いを掲げてきた。

 新たな仲間とともに、改めて誓おう」


 椅子から半ば立ち上がったままだったシェリオとハーミットが、背筋をピンと伸ばして同時に敬礼をする。

 二人とも胸を張っていた。

 呼応するように次々と会合に参加していた者たちが立ち上がる。

 これまでの事情をよく知らなかった者たちも理解し、同じように立ち上がって敬礼を行う。

 これは儀式なのだ。仲間との団結を誓うための。


「デュミナス、僕たちに知恵と力を貸して欲しい」


「これまでと同様でよろしければ、支援の準備は整えています」


 デュミナスが静かに頷く。

 彼女からみればカナンリンクへの不正な破壊行動ということになるのだろうが、気にかけた感じはない。


「よし、ならば我々は当初の予定通りカナンリンクに対して制御鍵使用の検討に入る。

 対象システムは一つに限定し、接触は最小限に抑える」


 フィッシャーの言葉を受け、オペレーターやシステム関係の代表たちが次々に立ち上がった。


「前回組み上げたシステムが流用できます。

 ただちに調整に入ります」


「見てくれなどはいい、動くのも一度で構わない。

 ただし確実にだ。

 残りの者は都市の維持と防衛だ、今度こそ邪魔はさせない」


「了解しました、司令!」


 アイビストライフ全員が立ち上がる。

 モンテレートの代表者たちも立ち上がり、挙手する。


「フィッシャー司令、我々の中にも君たちの活動に志願したがっているものが大勢いる。

 後方支援などで手伝えるものはあるだろうか」


「願ってもないことです。

 有り難く思います。

 アルト、関連カンパニーの代表者を集めてくれ。

 人手が不足する分野で調整に入ってくれ」


 人々が慌ただしく行き交い始めた。

 窓の外では、アイビストライフのサーフクラフトが編隊を組みながら旋回していく。

 急造のバリケードを拠点とし、砲座も設置され、その間を縫うように何両もの大型車両が荷物を満載して行き来する。

 それらすべてが、キュリオスたちの攻撃を警戒していた。

 退けるのは不可能でも、せめて時間を稼ぐ――皆が、決死の覚悟を決めている。

 彼らの覚悟を背に、真人たちはカナンリンクの中へと入っていった。

 行き先はカナンリンクの神経ともいうべき制御システム中枢の一つ、制御神経バーセラスコア。

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