第67話 再会
真人たちを乗せたターボリフトはキュリオスからの干渉もなく無事にスカイフックへと到着した。今度の拠点は古典力学時代から続く正規の宇宙港らしく、関連装備が充実しているようだった。
デッキには様々な宇宙機が並び、カードソルダートのオリジナルらしい船外活動用スーツがそこかしこで作業に従事している。
それらを横目に見ながら、真人たちはメインホールに続く回廊を進んで行く。
やがて格納庫のような広い場所に出た。
中央にはフィッシャーをはじめとする大勢の人間が並び、真人とデュミナスを出迎えてくれる。
「真人! デュミナス!」
進み出たフィッシャーが巨体で二人を抱き締めた。
抱き上げる高さはデュミナスに合わせたため、小柄な真人の両足が宙に浮く。
「フィッシャー、皆も何よりです。
少しボディを変えてみましたが、いかがですか?」
「ああ、よく似合っている」
フィッシャーは抱擁をとくと、一歩下がって眩しそうにデュミナスを見た。
真人は片手で地面に降ろす。
ディスアクセラレーターを使っていた真人の身体が、まるで月の上で手を離されたように、ゆっくりと着地した。
「フィッシャーさん、紹介したい子がいます。
名前はニコル。
彼女はカナンリンクで生まれた子なんです」
「はっ、初めまして!」
鈴音にエスコートされていたニコルが慌ててスカートの端を直し、フィッシャーたちに頭を下げる。
その頭上に真人から分離したアピオンが止まった。
最初、ニコルは大勢の人間にちょっと気圧されたようだったが、すぐに警戒を解いた。誰もが彼女を優しく迎え入れてくれているのが分かったからだ。
「彼女の保護を願います、フィッシャー司令。
それと、彼女の両親のお墓がこの二個先の階層にあります。
できれば、そちらも」
「了解した真人、直ちに手配しよう。
だれか、ニコルを居住区へ案内してやってくれ。
案内役も付けてだ。
――真人はすまないが、先に会合に顔を出して欲しい。デュミナスと今後の方針を決めたい。
その後にここを案内しよう。
何もかも失ったが、ここから再出発だ」
「はい」
真人がゆっくりと周囲を見回す。
前はのんびり暮らしている人が多かったが、今は全員が忙しそうに働いていた。前より働く女子供が多く、武器を持ってる人も大勢見かける。兵器のような装備を持った車両や航空機もたくさん使われているようだ。
真人が少しだけ表情を曇らせる。これが良い変化か悪い変化かは分からない。
「……」
「武器の類いは、前の教訓でね……
でもこれで精一杯だよ」
キティから降りて真人に並んだシェリオが、そっと声をかける。
目線で察してくれたらしい。
彼女は薄手のインナースーツの上から厚手のフライトジャケットを羽織ったところだった。
その横に同じ格好のハーミットも並ぶ。
「デュミナスが復活してくれて本当に良かった。
脱出のとき、備蓄していた物資の大半を失ったんだ。
これからまた始めないといけない。
今度は……真人にも頼るかも知れない」
「うん、できる限り協力する。
僕も少しは皆の役に立てると思う」
「本当は、そんなことして貰うつもりではありませんでした……」
ハーミットが辛そうに小さく呟く。
本来、真人たちは転送システムの研究に協力して貰っていただけだ。
真人本体の転送計画もそうだ。
スターゲイトのデータとカナンリンクの制御鍵を手に入れ、地球帰還への大きな足掛かりとする――その筈だった。
それが、たった一回の失敗ですべて瓦解した。
「ハーミット、僕なら大丈夫だよ。
それに制御鍵の奪取には半分だけ成功しているんだから、全部駄目だったワケじゃない」
真人が自分の胸に手を当てて静かに呟く。
「一度負けた。でもそれがどうだという
全てが失われたわけではない。
まだ降伏も帰順も知らぬ勇気がある』
「まだ……すべての努力が失敗したわけじゃないさ。
行けるところまでは行ってみるよ。
皆だって、まだ誰も諦めてないんだよね?」
「うん……!」
「ええ!」
シェリオとハーミットが真人の両手を握り締めた。
真人も優しく握り返す。
「私たちは着替えてきます。
フィッシャー司令が言っていた会合は、あの建物の一階にあるホールで行う予定です。
すぐ戻りますから、ロビーでお待ち下さい」
「必要な情報があればデュミナスから貰うよ、大丈夫。
じゃあロビーで待ってるね」
小走りでかけ去る二人を見送った真人は、念のためデュミナスに通信を入れる。
『デュミナス、聞こえてる?』
『大丈夫ですよ、真人』
真人がまるでノックするようにそっとデュミナスに通信を送ると、デュミナスからすぐ返答があった。
その感覚が新しい。
様々な経験を積み、新たな機能も増え、さらにアピオンというサブシステムを得たせいだろうか、これまでのような音声だけのやり取りとはまた違った感覚でデュミナスとつながれるうになった気がする。
デュミナスは、真人からの接触をくすぐったそうに感じているように思えた。
だが別に不快ではないようだ。
『――事情は了解いたしました。
支援いたします』
デュミナスの声――というより意志には、様々な情報が載っていた。
全景、位置、時間、稼働する様々なシステム概要、そしてデュミナス自身のこと……それが渾然一体となって送られる。
複数感覚のもっと凄いものと言えばいいか。
真人はそれを直感に近いカタチで理解した。まるで情報で織りなすオーケストラだ。そのままでは細かいことは分からないが、発信者がデュミナスであることが分かってるせいか全体を把握し安い。
そこから細かい項目を検索することは容易そうに感じた。
試しに地形データを引っ張り出すと、真人の頭の中で地図情報が広がる。
――広がりすぎた。
高密度情報が一気に展開されて真人が面食らう。
気付いたデュミナスが真人に再接触する。
そのまま不要と判断した情報を一気にスポイルし、必要な分だけを通常の視覚に重ねるような形で真人の目に投影してくれた。
「有り難う、デュミナス……
これって面白い感覚だね?」
真人向けに調整された後の状態は、ゲームや映画などでよく見る拡張現実に近い。ずっと理解し安くなった。
『これが私たちのコミュニケーションです。
真人がこの感覚に慣れてくれると嬉しい。
境界が広がることは、好ましいことであると思います』
「うん……」
真人が頷く。
デュミナスの言葉が、真人の中で心地よい響きとなって広がる。まだ自分にも何かの未来があるのだと、そんな気持ちが湧いてくる。
感慨に浸りながら広場を横切ろうとした真人の目が見覚えのある顔を捕らえた。居住施設として整備中らしい建物の二階にある広いベランダで高齢の男性が、こちらへ大きく両手を振っている。
――瀬良たちだった。
かなり距離はあるが、真人は余程目立つのだろう。
「そりゃそうか、ピンクだもんね」
真人が笑いながら両手を大きく広げ、瀬良に手を振り返す。
それを見た瀬良が両手を口に当て何か叫んだ。
声はハッキリとは届かなかったが、どうやら真人が瀬良に気付いたことは理解してくれたようだ。
真人はデュミナスに一声かけると、手を振り返す代わりにアクセラレーターを使って瀬良の目の前に一瞬で出現した。
「瀬良さん、無事で良かった!」
「――おっと!
真人も無事で良かったよ。
こっちも何とかあのセカイから全員避難し終わった。
意外と少なかったんだな……」
瀬良が苦笑いする。
自分が偽者のセカイにいたことに対しては、余りショックを受けていないようだ。
「ええ、少なくて良かった」
真人が瀬良たちの無事を確かめ、ほっと笑いかける。
「ああ……そうか、そうだな。
うん、地球から連れて来られた人が少なくて良かったよ」
瀬良も頷く。
そんなやり取りをしていた二人にセブランが気付き、会話を中断して真人へ挨拶をしょうと近づいてくる。
セブランと会話していた長身の男性も一緒についてきた。
ホテルの支配人だった男性だが真人には面識がなかったので、お互いに紹介し合う。
「再開と無事を祝ってと、行きたいところですが……
街から荷物を持ち出す余裕はありませんでした」
セブランが残念がる。
クリシーが肩をすくめた。
「あのセカイは空気も水も止まったんだから、しゃーねーだろう。
それより、今はここが宿だ。
ここの管理はオレたちに任せて貰った、今度はここで頑張るだけだぜ」
長身のクリシーが真人のずっと高いところで笑う。
瀬良もそうだったが、セブランもクリシーも、とても前向きだった。
それはこの三人に限ったことではなく、ラウンジにいる人々は全てそんな風に見える。
真人には好ましい雰囲気だった。
「大丈夫です、セブランさん。
ある程度なら環境は回復しているはずです。
セカイは、あそこにいる――」
真人がベランダから身を乗り出して、ちょうどフィッシャーと建物へ入ろうとするピンクの髪を持つ綺麗な女性を示した。
事情を知らない人から見たら、真人の姉のように見えるだろう。
真人から紹介されたと気付いたデュミナスが振り返えると、こちらに大きく手を振ってくれた。真人とデュミナスとの間に距離は余り意味を為さない。
「――彼女、デュミナスが管理してます。
彼女はカナンリンクの守護システムですが、アイビストライフを支援してくれています。
モンテレートから物資の引き上げについては、フィッシャーさんにも聞いてみますね」
「……」
男三人組が真人の指さす方向を見て眉を寄せた。
何かを悩んでいるらしい。
「これだけ遠くから見ても美人と分かるような人だが……真人の例を考えれば、彼女は男性でいいのかな?」
「いや、やはり真人が女の子ではないのかね。
前より挙動も女性らしくなっている」
「実にでけぇ胸だな」
「ええ、そう……と、僕は男で、デュミナスは女性です……」
真人が俯いて答える。
胸について一瞬同意しかけた真人だったが、セクハラと気付いて慌てて誤魔化した。
怒ったりはしないと思うが、礼儀はある。
「――まあ、性別はいいか。
それよりモンテレートに戻れる方が大きいニュースだ。
こっちの施設は色々と物が不足してる。
準備しておくから頼むよ、真人」
瀬良が笑いかける。
クリシーがポケットに突っ込んでいたメモを取り出してパラパラとめくる。そこには物資のリストがずらーっと並んでいるようだ。
「ああ、足りないものは……結構あるぜ」
「なら車を準備しておきますよ。
あと電子装置……といいましたか、あれも慣れると面白い」
「おっ、だったらウチの若いのをオレのホテルまで運んでくれ。頼むわ。
リネンとか色々欲しい。
若いのは、ついでの人足に使ってくれて構わないぜ。
ああ、略奪防止の見張りも立てた方がいいかね」
「物資に関しては、消費しても次の日には元に戻ってると思いますよ。
前はそうでした。
でも……そうですね、ルールは決めた方がいいと思います。
これもフィッシャーさんに相談してみます。
では、僕はこれで……」
真人が笑顔でベランダから飛び降りようとして、考え直した。
瀬良たちに手を振ると、普通に歩いて階段を降りてゆく。
ラウンジには様々な人たちが溢れていた。
興奮して喋っている人、誰かの話をじっと聞いている人、哀しんでいる人、慰めている人、混乱している人、そして――子供みたいに目を輝かせて外を見ている大勢の人たち。
真人の顔を覚えている人たちもいるようで、歩いていると何度も挨拶をされる。真人はその度に律儀に笑顔を浮かべ、礼を返してゆく。
その笑顔には、社交辞令だけではなく真人の好意がプラスされていた。そうやって愛想を振り撒きながら、真人はエントランスから外へ出た。
――その瞬間、真人がピンクの残像と化した。
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