第65話 決着と
キティのシェリオが叫ぶと、全機がニコルとデュミナスの盾になるように前に出て銃を構えた。
どうやら装備も前のよりずっと洗練されたらしい。
総合的な性能も上がっているようで、空中の機体は安定して静止する。
動作もなめらかだ。
「各機、弾幕を張るよ。撃てぇ!」
シェリオの掛け声と共に、各機が一斉に砲火を開く。弾には近接信管でも付いているのか、すべて空中で炸裂した。爆発の威力というより音と衝撃、それに攻撃された事実に怯えた綾香とトゥイーが慌てて後退する。
キュリオスはそのまま突っ込もうとしたが、ド正面にピンクの残像が躍りかかる。パワーキャスター同士がぶつかり合い、激しく干渉した。真人に対抗するためキュリオスもアクセラレーターをフルブーストさせるが、慣性を無視した減速なしのソリッドマニューバを駆使する真人には攻撃が当たらない。
それどころか鋭角な立体機動を駆使する真人には加速してすらエイミングが追いつかない。
反応速度では決して負けていないが、レーザーという点の攻撃を当てるには真人の動きは早すぎ、そしてトリッキーすぎた。
キュリオスは点での攻撃を諦め、レーザーをサーチライトのように連続照射して振り回す。
だが、それでも真人相手には牽制にもならない。
最大速や加速効率も格段に上昇している。
レンジ外から防御の薄いところを目がけて飛び込んでくる真人の攻撃が、キュリオスを翻弄する。
二撃! 三撃!
真人は攻撃のたびにキュリオスの加速をキャンセルし、その隙にレンジ外へと逃れる。
三撃目でレーザー砲架の支持アームが切断された。
「刃物だぁ!?」
きれいな切断面に驚いたキュリオスが叫ぶ。その叫びに相対するように、真人が羽根のようにふわりと空中に出現した。手からはスキンタイトギアが変化した小さなブレードが逆手に延びている。
刀身にはパワーキャスターも疾っていた。それで真人の繰り出す超加速の一撃にブレードが耐えられたのだろう。
「ぶっ、武装か。
新ステージ早々派手でいいが、随分考えを変えたな……」
動揺するキュリオスの視線の遙か先には、ニコルを庇いながら涼しい顔をして立つデュミナスがいた。その周囲にはアイビストライフの人型機械たちがガードを堅め、ライフルを構えて展開している。
『キュリオス、開始早々ですが二ゲーム目はこちらの勝ちです。
もう引きなさい』
言葉と共にデュミナスが鎧のような装備の一部を変形させ、右手と一体になった巨大な砲塔に変える。
そのまま砲口を無造作にキュリオスに向けた。
「おい、守護システム同士での――」
言いかけたキュリオスへ向け、デュミナスが砲撃を叩き込んだ。
轟音!
砲弾は実体弾で、弾種は――
「これは……デヴァステイターかよ!」
アクセラレーターを全開にしたキュリオスが思わず叫んだ。
だが、加速したキュリオスの反応速度は砲弾より速い。
両手両足のフィールド推進システムを使ってデュミナスのディヴァステーターから身を外す。
――外そうとした。
その顔面に、真人の蹴りがカウンターで叩き込まれた。
打撃と反加速で動きを止められたところへ、ディバステーターがさく裂する。
パワーキャスターすらディスインテグレートする直撃に、キュリオスが悲鳴を上げて落下していく。
そのまま推進力も失って墜落し、湖面に叩きつけられた。
湖面に上がった水柱を確認したデュミナスが、腕を元に戻す。
空中から真人が出現し、羽根のようにふわりと着地する。
「デュミナス、やったの?」
「いえ……時間を稼ぐのが精々でしょう。
ですが当面は安全です。
――キュリオス、実力行使によるコミュニケーションを望んだのは貴方です、受け入れなさい。
嫌であれば遡って知性統合を要請するように」
「――真人! デュナミス!」
ことが収まったことを確認したアイビストライフのメンバーたちが集まってくる。
着地と同時に降着ポーズに移行したキティとガランサスのハッチが開き、シートからシェリオとハーミットが飛び出した。
二人はそのまま真人の首に抱きついた。
涙を浮かべた二人はインナースーツのまま、真人をぎゅっと抱き締める。
「真人、よく無事で……!」
「うん、なんとかね。
それより皆も無事でよかったよ」
「そうだ、デュミナスも!」
シェリオが顔を上げる。
目線の先には成長した真人みたいな女性がいた。博愛と慈愛の目で皆を見つめるのはそのままだが、容貌とスタイルは弩級だ。
「ず、随分と印象が変わりましたね……」
改めてデュミナスを見たハーミットもかなり驚いたようだ。
そのせいで無意識に真人の頭を自分の胸元に埋めるような形になったが、困惑する真人には気づいていない。
「前にも言ったとは思いましたが、次はもっと地球人に近づけて見ようと思ってましたので。
どうでしょう、似合いますか?」
「うん、真人のお姉さんみたい。
そっちはニコルちゃんだっけ。アピオンさんも、よろしくね!
私はシェリオ、こっちはハーミット。
他のみんなは安全な場所についたら紹介するよ」
「うん!
わたし、こんなに一杯人を見たの初めて……!」
興奮するニコルを見て、くすくすと笑うシェリオだったが、ふと表情を堅くした。
視界の端に小さな黒い点を捕らえたのだ。綾香とトゥイーだろうか。どうやら戻ってきて、キュリオスが墜落した辺りを旋回しているようだ。
シェリオが真人から離れると黒い機体に取り付く。ハーミットも名残惜しそうに真人から手を放すと、白い機体に戻った。
去り際に、ハーミットは真人の髪に口づけしていく。
それでふと真人が思い出した。
「ごめんハーミット。
ガランサス返す約束だったけど、壊しちゃって……」
「敵が敵ですから仕方ありません。
それに新しいのを作りましたから大丈夫ですよ。
これが《ガランサスⅡ》です」
ハーミットが乗り込むと、滑らかなワンアクションで元の人型へ戻る。
シェリオも自分のに乗り込んだ。
「キティも新しくしたんだよ。
回りの黄色いのは
前のは本当に急造品だったけど、今度のは大分良くなった。
これで少しは役に立てるよ!
――それと、誰かニコルちゃんをお願い」
「なら、私が。
ニコルちゃん、お姉ちゃんと一緒に来てくれる?」
シェリオの言葉を受けたアクセンターの一体が一歩前に出てハッチを開く。操縦しているのは、以前にオペレーター室で見たことがある東洋系の少女だった。
オペレーターの娘は身を乗り出すと、アクセンターの関節部をスライドさせて降着ポーズを取った。そのまま前面ハッチ脇に収納されていた補助席を引き出す。補助席では機体正面に対して横向きに座る感じだ。
「ニコルちゃん、ここに乗って。
乗り心地がちょっと悪いけど、我慢してね?
足はこの中に入れていいよ」
「うん……んしょっ」
ニコルがアクセンターの手足を足台にして、なんとか補助席に乗り込む。
外に突き出す格好になるお尻はネットで収め、腰はハーネスで固定する。最後に保護棒を立てる。
新型にする際に二人目を乗せるための工夫を色々考えたようだ。
「――座れたよ! えーと、私はニコル」
「私の名前は鈴音、この子たちは《アクセンター》って言うの、よろしくね。
ニコルちゃんはしっかり掴まっていてね?」
鈴音がニコルの手を軽く握る。
「こちら鈴音機、ニコルちゃんを護衛します」
鈴音の操るアクセンターがニコルと共に隊列を離れてリフトに戻る。歩行時の衝撃は腰から下で緩和されるようで、ニコルの身体も派手には揺れていない。
シェリオ機が鈴音に答えるように片手を振ると、くるっとデュミナスに振り返る。
「新拠点に帰投するね。
デュミナス……その、できれば一緒に来て欲しい。
また支援を頼める?」
「周辺セカイは既に私の守護下にありますよ。
それ以上のご支援がご必要ならば、用意があります」
デュミナスが前と同じように微笑んだ。
シェリオたちの顔がぱっと明るくなる。
「うん、お願い!
何もかもなくなって、仲間も半分以下に減っちゃったけど……まだ誰も諦めてない!」
「デュミナス、有り難うございます。
またよろしくお願いしますね」
ハーミットもガランサスを起動させる。
背中と腰部のフィールド推進システムが起動し、ビームスラストを曳きながら機体がふわりと立ち上がった。
他の人型も周囲を警戒しながら一機づつリフトへ入っていく。
皆の視線の先には相変わらず綾香とトゥイーががいたが、幸い仕掛けてくる気配はない。
「キュリオスは倒せたのかな?」
「いいえ。
さきほど真人にも言いましたが、私たちはカナンリンクの中では不死に等しい。
時間を稼ぐので精一杯でしょう」
真人がキティの肩にふわりと出現した。
頭部にあるセンサーの横を軽くノックする。
「シェリオ、中央の島にニコルちゃんのご両親のお墓があるんだ。
後でお遺体を移したい」
「お墓か……了解したけど、今は逃げるよ」
「うん。綾香さんたちも……できれば、お願い!」
真人の最後の言葉は綾香たちに向けたものだ。
今のでも充分通じる筈だが、綾香たちからの返答はない。
「ねえ……デュミナス、サロゲート体の人たちは死ねるの?」
お墓のある方をジッと見つめていた真人が唐突に尋ねた。
たまたま近くにいてその呟きを聞き止めた鈴音たちが緊張し、その動きがダイレクトに機体フィードバックされる。
気配に気付いた真人が取り繕うように笑った。
「――ごめん、やっぱりいいや。
変なコトきいてご免ね」
墓から連想してつい口に出してしまったが、綾香たちやアイビストライフの人たちには責められたように聞こえたのかも知れない。時と場所を選ぶべき質問だった――
だが、そこで話を打ち切ろうとした真人の前にデュミナスが進み出た。
「いえ、聞いておいて下さい。
真人、サロゲートは本体がある限り何度でも生み出せます。
ですから不死であると言えますが……」
そこでデュミナスが言葉を切った。
デュミナスの瞳が真人を正面から見つめる。
「サブシステム化されれば同一性をどこまで保てるか……
しかも本体との同期もなしに。
最悪の場合は劣化し、本体との同期を拒否されます。
死ぬことと同じです。
サロゲート――サロゲートだったモノは、何かのサブシステムとして死んだまま活動を続けていかなければならない」
「それって……」
「――真人さん、いまは安全な場所まで下がりましょう。
そこで改めて考えるべきです」
ガランサスが一度ヘッドセンサーを巡らせ、すぐに外す。上空には黒い点が二つ、寄り添うように静止したままだ。
ハーミットに頷いた真人がかき消える。
直後、鈴音のアクセンターの肩口に出現すると、ニコルの手を軽く握ってあげた。
ニコルが少し不安そうに真人の手を握り返す。
アピオンが真人から分離して、ニコルの肩に移った。
「鈴音さん、僕もここにいていいですか?」
「これを握っていてください、真人さん」
鈴音がアクセンターの前面ハッチを開くと、ハーネスの一本を真人に握らせる。
そんなものが不要なのは知っているが、気分の問題だ。
「しっかり捕まっていて下さい。
では、参ります」
鈴音がアクセンターをそっと歩かせると、ターボリフトに入れた。
他の機体も順次、リフトに戻る。
殿を努めていたシェリオとハーミットもターボリフトに乗り込むと、扉が音もなく閉まった。
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