第63話 新たな力と

 デュミナスがニコルを見下ろす。

 少し何かを考えていたようだったが、結局何も言わないことにしたようだ。

 代わりに軽く会釈する。


「始めまして、小さな人」


「は、初めまして、デュミナスさん。

 その、真人の……お姉さんでいいの?」


 そう言われて、デュミナスが楽しそうに首をかしげた。

 真人はそろそろ動かなくなっている。

 諦めたのか悶絶したのかは分からない。


「――ふむ?

 難しい判断ですが……そうですね、イエスと答えておきましょうか」


 デュミナスはなおも真人で体を隠しながら、シーツのような布を構築して身体を覆った。

 それで抱えている真人ごと身体を覆う。

 肌が常識的な範囲で布に隠れると、やっとデュミナスが真人を離してくれた。

 デュミナスから離れようとした真人だったが、すぐに足を止める。


「何で僕も裸!?」


 いつの間にかの真人の服も分解されて素っ裸になっていた。

 真人が慌ててデュミナスの影に隠れようとする。

 だが、中に広がるのは圧倒的な肌色だった。デュミナスもまだ下着などは生成していない。

 真人が彼女のケープの中で背中を向けると、後ろから延びてきたデュミナスの手が身体に回される。

 押し付けられる格好で、デュミナスの肌と真人の肌の距離がゼロになった。

 その感触に真人が身もだえする。

 とても良い感触だが、状況それどころではない上にニコルとアピオンに見られながらやるものではない。


「そのままでいて下さい、服を再構成します。

 服は頑丈に作っておきますね?」


 デュミナスが真人を見下ろしながら、クスクスと笑った。

 真人もデュミナスの顔を見上げようとするが、後頭部に大きくて柔らかな感触を二つ感じて固まった。

 その弾力に、真人が脂汗をダラダラと流す。


「――うん、真人のその反応はやはり面白い。

 なにより興味深くあります。

 もう少し深く楽しみたいところですが……時間がありませんか。

 キュリオスは少々粋に欠けます」


 どこかで爆発でもあったのか、地面が大きく揺れる。

 デュミナスが軽く口を尖らせた。

 そのまま真人の腰に這わせた両手を一度下げると、太ももから一気に身体の両サイドを撫で上げていく。


「にやあああああ!」


 真人の背筋に電流が走る。

 最後はバンザイするような格好にされながら、デュミナスと真人の服が構成された。

 真人の服は最初に来ていたセーラーカラーの服だった。

 デュミナスは巫女装束のような服をベースに、高機能のハイテク素材を用いた大胆なアレンジ装束になっている。

 そーっと後ろを見て、デュミナスが服を着たことを確認した真人が慌てて離れた。

 少し離れたところで両腕で自分の身体を抱きしめるようにしながら、頭からデュミナスの柔らかな感触を追い払う。

 その姿を見ていたデュミナスが楽しそうに目を細めた。


「――ふむ?

 真人の服に少々機能を追加します。

 助力を願います、アピオン」


『了解した』


 そういった瞬間、真人の両手と両足に薄いサポーターのようなものが現れた。

 指先から二の腕までを覆う極薄のグローブだが、薄さの割に凄まじい強度を持っているようだ。左腕側にはアピオンが接合する場所もちゃんとある。

 足の方はオーバーニーソックスというか、スーパーロングサイズの極箔ブーツというか。

 腕のと同一素材らしい極薄のハイテク素材だが、足の裏はしっかりとしている。

 カット深目のショートパンツはそのままだ。

 手足に新しく付いた服の表面にもパワーキャスターが疾っている。

 どうやら独自の動力を持っているらしい。


「服、似合ってるよ!」


 ニコルが喜んで手を叩く。

 だがデュミナスに遊ばれた真人は荒い呼吸を繰り返し、微妙に目が死んでいる。

 反応する余裕もなさそうだ。


「ニコル、貴方の服も作りましょう」


「いいの!?」


 デュミナスがついでとばかりにニコルの服も作ってやる。

 ニコルが光に包まれると一度裸になったため、真人が飛び起きて背中を向けた。

 彼女の服を再構成している間、デュナミスは真人に新たに与えた装備の説明を始めた。


「真人、手足に付けたそれはスキンタイト=ギア――とでも言いましょうか。

 瞬間的な変形や超硬化が可能な素材でできています。

 身体を保護するとともに必要に応じて変形し、様々な機能を得ることができます。

 活用して下さい。

 それと、パワーキャスターも少々構成を変えておきました。

 アピオンと融合時のみ、さらなるオーグメンテーション機能を使用可能です。

 ――アピオン、信頼しています」


『さきほど真人とも全面支援の約束をしている。

 任せておいてくれ』


 同時にアピオンから真人へ新装備のデータが回ってくる。

 確かにパワーキャスターは大分扱いが変わっているようだ。


「ねえ、真人!」


 ニコルの衣擦れの音を感じて真人がそっと振り返る。

 彼女の服はすっかり新しくなっていた。

 ニコルも大喜びでくるくる回りながら新しい服を見ている。


「これ、お母さんの絵にあった服だよね!

 お姉ちゃん、有り難う」


「似合いますよ、ニコル」


「うん、よく似合ってる。

 アピオンも情報有り難う。

 でも僕の新しい装備って、まるで武器みたいだけど……」


「――それを作ったのは貴方です、真人。

 貴方の経験で蓄積したデータから作ったものですよ」


 デュミナスが少し寂しそうに笑う。

 その台詞は前に聞いたことがあった。

 言った相手は……確かキュリオスだったろうか。


「うん……

 有り難う、デュミナス。アピオンも。

 これは必要なものだと……思う。

 ――じゃあ、行こう!

 キュリオスが来る前にここから脱出する」


 真人とアピオンとが融合するかのようにパワーキャスターを展開させた。

 身体の表面に緑のラインが縦横に走ると同時に、真人の両足が地面から数ミリ離れた。

 両肩の後ろと背中に光の粒子が集中する。


「それは強化型パワーキャスターによる、フィールド推進システムです。

 疑似再現した物ではありませんから飛行も可能ですし、最大速、加速性能も大幅に向上しています。

 代わりに、加速はヒトの行動の延長ではなくなります。

 ヒトには備わってない新しい感覚を幾つか使いこなす必要がありますが――いまの真人ならば、制御は容易いでしょう」


 デュミナスがニコルを抱き上げる。

 肩から背中を覆っていた鎧のような部分が開き、綾香に付いていたようなシールドを展開する。

 デュミナスは古代の女神官みたいだった格好から、一気にハイテクアーマーを装備した未来的な女戦士に変わった。


「それも僕の――?」


 デュミナスが複雑そうに微笑み、頷いた。

 真人も頷いて答える。


「それは、九輪さんや綾香さん、みんながが僕に教えてくれたことだよ。

 ここで生きていくために必要なことだって……」


 真人がもう一度頷いた。

 そう思えば皆が少し救われる気がしたのだ。

 デュミナスが真人の頬を撫でる。


「真人、攻撃が激しくなってきました。

 もう長くは持ちません」


 デュミナスの言う通りだった。

 神殿の扉に直接ダメージが入る。

 扉へ加えられる攻撃は激しく、長くは持たないことは明白だった。


「――よし、行こう!

 デュミナスとニコルをアイビストライフの皆と合流させる。

 みんなは、このずっと上層にいる筈だよ」


 宣言と同時に扉が限界を迎えた。

 ロックが派手な火花を吹いて砕け、扉が内部にゆっくりと倒れ込んだ。

 衝撃でカレルレンのボディだったナノマテリアルの残骸が大量に巻き上がる。



「うへっ、なんだこりゃ」


 砕かれた扉の向こうから困惑した声が響く。

 最後の一撃で扉をへし折ったマーキスが、もうもうと巻き上がった埃に顔を背ける。

 脇にいたユーシンも顔をしかめつつ、内部をセンシングする。


「超高密度のエネルギー反応よ。

 真人は生きてる……って、反応が二つあるわ!」


 ユーシンが叫ぶ。

 それを聞いてドッグフォームのトゥイーが鼻面を宙に向けた。

 臭いを嗅ぐ仕草をする。


『えっ?

 この気配……臭いは……まさか、デュミナス!』


 トゥイーが叫び声を上げると、人型に戻ってバイザーを跳ね上げ、神殿の中をのぞき込む。

 その後ろから一緒に覗き込んだ綾香の機械の瞳が、奥に立つシルエットを感知した。

 少年と少女の美点を併せ持つ曲線が闇から切り取られている。

 そのシルエットが一歩前に出た。

 ――そう知覚した瞬間、ピンクの閃光が物凄い早さでサロゲートたちを蹴散らした。

 蹴散らされたと気付いた時には、自分たちを蹴散らしたナニカは既に湖に出た後だ。

 飛翔するピンクの閃光は衝撃波で湖面を割りながら、物凄い早さで疾走している。

 その加速は普通の視力では追えないほど速い。


「いっ、今の真人くんです!

 子供と大人を連れて……!」


 吹き飛ばされた綾香がアクセラレーターも駆使して体勢を立て直す。

 キュリオスも起き上がると、戦闘体制に入った。

 その顔は歓喜に満ちている。


「ははっ、火口や海に落ちるのは生きてるフラグってか?

 いいぞ! 皆、真人を撃て!

 飛び道具がある奴はありったけだ」


 キュリオスが叫ぶと、自分も空中からレーザーのガンポッドを作りだす。そこから何条ものレーザーを一斉に発射した。

 綾香もレーザーを放ち、マーキスも新型のソヴェリオン=ガンを叩き込む。

 折り重なった火線が湖面スレスレを飛ぶ真人へ集中する。

 攻撃が命中した湖水が爆発的に蒸発し、幾つもの水柱が上がった。

 だが、ターゲットの動きは予想を越えていた。

 真人はデュミナスとニコルを抱えたまま、自在にコースを変える。それも慣性を無視したような――ではなく、間違いなく慣性を無視して。


「早いっ!」


「なんつー……三次元機動にも程があるぞ!」


 幾何学的な鋭角機動を駆使する真人は、高機動タイプである綾香ですら照準が追いつかない。

 本来そんな機動を行えば、自分もタダでは済まないだろう。

 だが真人にはディスアクセラレーターがある。その無茶な機動も、真人たちの本体には何の負荷もかけていない。


「ははっ……駄目そうだからマップ兵器出しますね?

 トゥイーちゃん、合わせて」


 森里が背中のサブアームを展開し、放射レクテナを開く。

 その顔は、まるで引きつったように……笑っていた。声を上げて笑い続けていると徐々に強張りがゆるみ、自然な笑顔になっていく。


『うん……

 どうしたの、いきなり笑って……』


 ドッグフォームからバードフォームへ再変形したトゥイーが森里を振り返った。

 その口からエナジーフラックスが漏れる。

 莫大なエネルギーの存在を感じさせる波動が、周囲を振るわせる。


「真人ちゃん、強くなってるな……って思ってさ。

 ――うん、そうだよね。

 正義の味方で……主人公なんだから、そう……こなくっちゃね!

 これならいいや。

 ヒーローの経験値になれるなら、これぞ悪役冥利に尽きるってもんだよ!」


『うん!』


 森里の背中に展開したレクテナから、莫大な熱線が放たれる。

 同時にトゥイーの口からも超振動波動が放たれた。

 両方ともソートナインドライバーをフルブーストさせて生み出された物で、その威力は桁外れだ。

 命中した湖面が一気に沸騰し、ど真ん中に巨大な水柱が上がる。

 水は天井まで達し、雨のように熱いシャワーが降り注いだ。


「駄目ね」


 ずぶ濡れになりながら、右手を押さえていたユーシンがポツリと呟いた。

 口惜しそうな雰囲気はない、むしろ楽しげだ。

 その視線の先には――

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