第62話 復活とレベルアップ
カレルランの神殿が静まり返った。
アピオンと真人は、互いに見つめ合ったままだ。
「ど、どうしたの……?」
ニコルは、そんな二人を交互に見る。
真人が動揺するニコルに精一杯、笑いかけた。
だが、その表情は少し堅い。
アピオンも何かを考えているように、パワーキャスターが明滅する。
やがて真人が口を開いた。
「アピオンさん、取引の詳しい内容を教えてください」
『君がイレギュラーな存在であることは理解している。
だからこそお願いしたい。
取引の内容は、そこにいるニコルのことだ』
「はい」
真人は、アピオンの言葉が予想通りだったことに安堵する。
アピオンはニコル個人に不誠実な対応をしないだろう。
『私はかって、アーティーとジェン――ニコルの両親から、彼女を託された。
これまで、その約束を守り通して来たつもりだ。
できれば真人にこの約束を引き継いでもらえないだろうか』
「引き継ぐって……あなたは?」
『恐らく私は、消える。
私はカレルラン――このセカイ本来の守護システムのボディを利己的に流用して個性を得ているだけの不完全な代物に過ぎない。
識別子も有り体に言えば偽装だ。
正規の守護システムが復活すれば消える。これは受け入れなければならないことだ。
真人、私の代わりにニコルを頼む。
彼女は……良い子だ』
アピオンはそこで言葉を切った。
真人は無言のまま何かを考えているようだ。
「代償に、ありったけで君を支援しよう。
最上位守護システムだったカレルレンの残っているボディには、まだまだ使える素材が大量に存在する。
ソートナインドライバーは流石に無理だが、コア素材を全て使えば君の身体をあと二つ作っても余るほどだ。
エネルギーもフルチャージしよう。
――無論、カナンリンクのルールには違反しているが、処分は私が受ける。
真人、検討を要請する』
アピオンが言葉を切る。
真人はその問いには答えず、アピオンをじっと見つめていた。
その目は、鎧表面のパワーキャスターの流れを追っていた。
やがて真人の瞳が機械の輝きを帯び、それに呼応するように小さなボックス状のパーツの一つが微かに光った。
数本のコードで鎧と繋がったそのパーツは、ちっぽけで頼りない。
真人が小さくうなずいた。
「ニコルちゃんは……アイビストライフのところまで連れて行こうと思います。
最初からそのつもりでしたから、同意が得られて嬉しいです。
――ああ、アイビストライフは彼女のご両親と同じような境遇の人たちのグループで、皆で地球への帰還を目指しています。
ニコルちゃんも喜んで迎えてくれると思います」
そこで真人は言葉を切った。
一つ頷く。
「そこに……あなたも一緒に連れていこうと思います。
あなたがニコルちゃんの親代わりであり続けるなら、貴方もきっと受け入れてくれますから。
それに、急に別れるなんて言ったらニコルちゃんが寂しがると思いますよ……」
アピオンが沈黙で答える。
ニコルは自分が話題に乗っていることに気付かず、二人の側で大人しくしている。
真人がアピオンに手を伸ばし、さっき見つけたパーツに軽く触れた。
瞳に宿る機械の輝きは一層強まっていく。
『残念だが私は移動できない。
私は、アーティーがカレルレンを弄っている最中に偶然生まれただけの物だ。
そもそも、本体は――』
「これですね?
うん、行けそうだな……」
真人が触れていたパーツを指で軽く撫でる。
アピオンから一歩離れ、横からニコルの肩を抱いた。これから言うことはニコルにも関わることだ。
「アピオンさん、時間が無いので手短に説明します。
僕はニコルと貴方を連れて行くつもりです。
それを実現するために――貴方との知性統合を要請します!」
『知性統合の要請受理。
だが――本当に可能か? 君はサロゲート体、私はサブシステムであり、そのような機能はサブセットされていない。
その上、知性の移動はさらに難易度が高い』
「まったく同じではありませんが、知性統合に似た行為はデュミナスとの間でやっています。
知性の移動は、僕の身体がまさにその産物です。
デュミナスとカレルレンは共通する部分あるんですよね?」
真人がマトリクスをコピーした時のことを思い出す。今回の件に応用できるはずだ。
『――理解。
真人の意見は了承した、こちらに反対はない』
アピオンは即座に決断した。
真人の決断がリスクを承知の上でのものと理解し、そのリスクはアピオンも負う。
どのみち、やらなければ二人とも死ぬのだ。
『真人……準備する時間はなさそうだぞ。
侵入者の反応だ。
守護システム一体に、その旗下のサブシステムたちがこちらへくる』
アピオンが伝えた瞬間、神殿の扉という扉が閉まった。
光源が切り替わると雰囲気が神殿から実験室のように変わる。
「アピオン、どうしたの」
『下がっていなさい、ニコル。
――真人、セカイのグランドハッチを閉じた。
偽装もかけたので、少し時間を稼げる』
「もう来たか……
アピオンさん、さっきカレルレンのボディから僕を二体作れると言ってましたよね。
それなら僕と同等の別存在も作れますか?」
『アピオンで構わない、ニコルと同じように呼んで欲しい。
生産についてはそうだ。
ゼプトライトを用いた超生成と超還元が私本来の機能だ』
「アピオン、ならば……
まずは僕の腕を修理してくれますか?
その際、貴方と接合する場所を作ってください。
それとエネルギーのチャージをお願いします」
『了解した』
壁のレリーフがあちこちで動き出し、何機もの蜂型サブシステムとなった。
そのまま真人の腕を元に戻す作業を始める。
みるみるうちに修復される様は、まるで魔法みたいだ。
『これでいい。
チャージには少しかかる、そのままにしていてくれ』
「有り難う、アピオン!」
真人の腕は元通りになっていた。
軽く振ってみるが、見たところ変わった感じはない。
インジケーターを見ると、すべてのアラートやマルファンクションの表示が完全に消えている。
エネルギーの残量も物凄い早さで回復する。
『腕を上げてくれ』
真人が言われるまま直ったばかりの左腕を軽く持ち上げると、手首のところに他よりずっとシャープで大型の蜂型サブシステムが止まる。
その瞬間、サブシステムが変形して真人の手と融合した。
ガントレットみたいに真人の手を覆う。
羽根だった部分がシールドみたいになっている。
『それでいい。
試みが成功すれば私はそこへ移ることになるが、問題は?』
「大丈夫です。
素材はまだ余ってますか?」
『カレルランのボディならば、殆ど使っていない。
さらなる機能拡張を望むならば、支援の用意がある。
ソートナインドライバーが関わる箇所以外ならば可能だ』
「では……」
真人がちょっと言葉を切った。
一度目をつぶった後、息を大きく吸い込んだ。
「知性統合の他に、一つだけやってみたいことがあります。
それを試して……」
真人の言葉を遮るように、遠くから地響きが起こった。
同時に高速で飛来する物体の反応。
『グランドハッチ破壊、セカイへの侵入を確認。
来たぞ、真人!』
「ぶっつけ本番か……
アピオンさん、支援お願いします!
さっき言いかけた内容は知性統合と同時進行になると思うんですが、いいですか?」
『最大限の支援を約束する。
大雑把でいい、作りたいモノのデータを回してくれ』
「お願いします。
やらないと結果は最悪のバッドエンドで確定です。
なら、成功の確率がある分だけ……やる方がマシですから!」
真人はニコルからあの石を受け取った。
それをお守りのように握り締める。
上手く行きますように――そう、願いを込めて。
その願いはアピオンにも伝わってくれた。
『――分かった。
ニコル、少し離れていてくれ。
では、いくぞ!』
真人が静かに頷くと同時に、アピオンの身体と真人の瞳が同時に淡く輝き始めた。
瞳の奥に微細なパワーキャスターが複雑なパターンを描く。
真人の足下からは緑に光る煙のようなものがわき上がった。
それは目で見えるくらいに高密度となったゼプトライトの塊だった。
光の雲が高速で流れ、真人とアピオン、そしてカレルレンのボディを覆っていく。
「アピオン! 真人……!」
壁に半ば同化していた鎧の内部から、白い砂がもうもうと舞い上がる。
エナジーフラックスによる突風もわき起こり、ニコルは慌てて柱の陰に避難した。
何が起こっているのかまったく掴めない。
ただ力の奔流だけを感じる。
真人とアピオンが心配になり、強風に逆らいながらも柱の影から頭だけを辛うじて出した。
アピオンや真人がいた場所には、光る竜巻のようなものが渦を巻いている。
その中心部に、うっすらと人影が見えてきた。
驚いたニコルが人影を凝視する。影は――大小の二つあった。
大きい方は女性とおぼしきラインをしている。
「え……誰?」
ニコルが見つめる先で、大きい方のシルエットが小さい方に静かに歩み寄る。
そのまま、そっと小さい影を抱きしめると――ひょい、と抱き上げた。
まるでその行為に慣れているかのように、あっさりと。
持ち上げられ、超弩級サイズの胸に顔を埋めることになった小さい方のシルエット――真人が、手足をジタバタとさせた。
同時にエネルギーの奔流が収まってゆく。
「んーっ、んー!」
「ま、真人……
確かに以前、このタイプのボディも良いと貴方に伝えましたが、本当に用意してくれるのでしたら、せめて服も一緒に……」
どうやら女性は真人の身体で自分の裸を隠しているらしい。
彼女は、完全に地球人と同じ体つきをしていた。
奇麗な肌で、髪や瞳の色は真人と同じ――というか、サロゲートの真人が女性化して、そのまま大人に成長したような姿だった。
もっとも、中性的な真人と違ってグラマスなボディだったが。
ドカーン、きゅっ、ぱつんという感じか。
「真人、アピオンが消えちゃった……!」
ニコルの見ている前で、巨人のパーツがボロボロと崩れ落ちていく。
鎧からは完全に光が消えていた。
『ニコル、ここだ。
真人の腕にいるこれが私だ』
ガントレット状のパーツが分離し、蜂型のサブシステムへと形態を変えた。
そのままニコルの肩に乗る。
ニコルが目に涙を浮かべながらも嬉しそうに笑い、アピオンを撫でる。
「随分ちっちゃくなっちゃったけど、大丈夫……?」
『これが本来の姿に近い。
今は真人と――真人が再構成した守護システムの支援を受けている。
調子はすこぶる良い』
「えーと……この裸のお姉ちゃんだよね?
なにか真人に似てるね」
突然現れた女性を見たニコルが素朴な感想を漏らす。
それを聞いて、女性が恥ずかしそうにしながらニコルに笑いかけた。
「逆ですよ、真人が私に似ているんです。
初めまして、ニコル。
私は――デュミナスといいます、よろしく」
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