第61話 ニューゲーム

 神殿に真人の声が木霊する。


『ここにいる。

 ようこそ、デュミナス』


 真人の声に反応し、どこからか黄色い声が響く。

 子供が無理して大人の声を出しているような、そんな感じだ。

 瞬間、真人の眼が細められる。


「デュミナスをご存じでなんすか?」


「アピオン、大丈夫? 真人を知ってるの?」


 ニコルが真人から離れ、一人で神殿の中へ入って行く。

 真人もその後を追う。

 神殿の中は巨大な伽藍になっていた。天井までは十メートル以上はある。

 入り口の正面にある壁には、神殿と一体化したような巨大な像が飾られていた。

 モチーフは戦いに敗れた巨人の戦士だろうか。

 右手には根元から折れた大剣、左手には円盾、胸には槍が突き立てられている。

 何かの神話がモチーフなのかも知れないが、真人に見覚えはない。

 声はその鎧から出ているようだ。

 ニコルがその鎧の足下まで歩いていく。彼女は声を警戒していないようだ。

 だが――

 鎧の表面に僅かな光が走る。

 真人が思わず足を止めた。


「あれは、パワーキャスター……?」


 巨人像に見えた物は、実際は何かの機械だった。

 人型の機械で――その胸には破壊の跡がハッキリと残っていた。

 胸に刺さる巨大な槍は意匠なのではなく、人為的に突き刺された物のようだ。しかも槍周囲の内部構造は石膏のように脆く変質している。

 真人も同じような物を見たことがあった。


「この槍は……デヴァステイター?」


 微かだが痕跡が残っている。間違いなかった。

 しかし、誰が。

 カナンリンクにおいて破壊の跡を残せる存在は限られる。

 ましてや、こんな物騒な物で。

 今なら自分やアイビストライフもいるが――それ以前なら、守護システムたちしかあり得ない。


「もしかして、過去に守護システム同士の戦いが……?」


「アピオン……石が光ってないけど大丈夫?

 それに中身が減ってない?」


 ニコルが鎧に話しかけると、鎧に細い光の線が入った。

 間違いなくパワーキャスターだ。

 慌てて真人が身構えようとするが、振り返ったニコルに止められた。

 怖くないよ、心配しないで――その笑顔はそう語っている。


『上層で大規模な障害があったため、その対応を行っていた。

 これ以上の水没はない、安心してくれ。

 その際、素材が足りないために追加で既存の物質から調達した。

 故障などではないよ、ニコル』


「あの雨のこと?

 大丈夫ならいいけど……急に喋らなくなったから心配したんだよ!」


「あ、あの……デュナミスって……」


 恐る恐る真人が声をかけた。

 ニコルが戻ってきて、真人の腕にぶら下がった。


「こっち! アピオン、真人だよ」


『――ふむ。

 君はデュナミスとよく似ているが、違うのか?

 差異はあるが、誤差の範囲だ』


「ええ、僕はデュミナスではありません。

 これは元彼女の予備の身体だったもので、今はサロゲート体として使っています。

 中身は地球人です。名前は聖真人といいます。

 貴方は、デュミナスをご存じなんですか?」


 改めてアピオンを見上げる。

 デヴァステイターによる石化は、思ったよりも内部を侵食しているようだ。

 ただ……鎧の表面には、誰かが修理でもしたような跡もあった。よく見ればコードの束が内部から延びており、小さな部品に繋がっている。

 それで辛うじて動いているのだろうか?


『デュミナスのことは知っている。

 詳細な記録は《リジェル大消失》にて失われたとはいえ、デュミナスはこのセカイの守護システムであったカレルランより分かれた存在だ。

 記録はこの、カレルランのボディに多少残っている』


「カレルラン?」


 どうやらこの鎧は、デュミナスのオリジナルとも言えるモノらしい。

 この鎧もまた守護システムで、そして誰かに――いや、デュミナスと同じく、他の守護システムに破壊されたのだ。

 ならば、その理由は……?

 真人はそっとニコルを見た。

 彼女は何の邪気もなく、アピオンと真人を見ていた。


『あらためて――私の名は、アピオン。

 このセカイの守護システム旗下の、サブシステムになる。

 もっとも守護システムは既に存在せず、私が未承認で代行しているが。

 よろしく、真人』


 鎧の片目が光った。

 どうやら完全に機能を停止しているわけではないようだ。

 だが、その輝きは弱々しい。


「よろしく――お願いします、アピオンさん」


 真人がちょっと口ごもる。

 このアピオンと名乗った個体がサブシステムであることに驚いたこともあるが、その反応が妙に人間くさかったからだ。

 まるで個性があるかのようだ。

 真人が戸惑っていると、鎧の目がまたたいた。

 鎧は――まるで首をかしげたように見えた。


『混乱させたろうか?

 アピオンという名は、アーティー……ここにいるニコルの父親が名付けたものだ。

 故に正規の名ではなく登録もない。

 もし混乱させたのならば――腕部の欠損修復を含めて、支援を行う用意がある』


「この腕を直せるんですか! できるなら是非……ん?」


 ――ぶうん。

 ふと、真人の頭上から羽音のようなハム音が聞こえた。

 真人が天井を見上げると同時に、黄色くて丸い何かが頭上から降りてきた。

 それが真人の目の前に静止する。

 それは宇宙船ドッグで見た、蜂っぽいサブシステムだった。

 リング状のセンサーをくるくると回転させるように明滅させる様は、まるでどこかと通信でもしているようだ。

 胴体から伸びる短い足が持っているものは……


「これ、僕の腕だ……」


 確かに真人の腕のようだ。

 黄色い機械は、真人の腕をそっと足元に置いてくれた。


「この腕は一体?」


『別のセカイで会った守護システムより、君に渡すよう頼まれた。確認を頼む』


 真人の頭の中に超高速通信が響く。

 特に隠されもしないため、真人からもアピオンに触れてみた。

 感触は以前感じたものだ。

 あの時、自分に触れてきたのはアピオンだったらしい。

 前の時は驚いて接続を切ってしまったが、今度はその必要はない。

 だが、真人は少し悩んだ。

 こちらの情報をどこまで教えるべきか逡巡する。

 アピオンはどこまで信じてよいのか――


「真人、どうしたの?」


 下からニコルがのぞき込んだ。

 真人と目が会う。

 ――曇りのない、綺麗な瞳だった。

 真人は一度深呼吸すると、意を決して自分の情報をすべて提示した。

 アピオンのパワーキャスターが激しく明滅し、真人の瞳も機械の輝きを帯びる。

 超高速・超高密度のデータのやり取りがしばらく続く。

 やがて真人が顔を上げた。

 整った顔が、わずかに歪んでいる。


「守護システムってキュリオスか。

 アピオンさん、ニコルちゃんが危険です!

 キュリオスはデュミナスを破壊し、管理を受けてない地球人も処分する気でいます。

 それが、僕を追ってこちらへ来ます」


「え、なに?」


 横で大人しく聞いていたニコルが驚いて真人に抱きついてきた。

 真人が片腕でニコルを庇うように抱きしめる。

 それをじっと見ていたアピオンの鎧の身体に、パワーキャスターの光が断続的に走る。


「――ふむ?

 この情報は重要で、貴重だと判断する。

 真人……取引をしよう」


          *


 マーキスたちが最初にいた円筒形の部屋で、モニターを見ていたキュリオスが振り返った。


「反応あったぞ」


 相変わらず変わり映えしない殺風景な部屋だったが、いまは小さなティーテーブルがちょこんと置かれている。

 どこにでもあるような普通のテーブルの上には、同じくごく普通のお茶の道具一式と電気ポットが置かれていた。

 キュリオスがサービスで置いた品だ。

 もっとも誰も手をつけようとはしなかったが。

 マーキス、森里、ユーシン、綾香、トゥイーの五人は思い思いの場所でボーッとしており、最初はキュリオスの言葉を聞いても誰も反応を返さなかった。

 いや、返せなかった。

 真人が気になって何もする気が起こらないのもあるし、補給とメンテナンスの際にまた新しい装備を押し付けられたこともある。

 それは真人と戦うためのものであり――

 マーキスがため息交じりに顔を上げた。


「反応って、何の……」


 そして跳ね起きた。

 有らん限りの力を振り絞り、キュリオスを押しのけてコンソールを占有する。


「皆、こっちを見てくれ!」


 叫んだマーキスがモニターの一つを指さした。

 やっと動いてくれた面子を見て、キュリオスが満足そうに頷いた。


「真人の腕が回収された。

 反応があったぞ!

 詳細は……くそっ、不明か」


 興奮するマーキスたちを見ながら、キュリオスがくっくっくと笑う。

 だが他のメンバーはそちらを見ていない。

 皆がモニターのそばに集まり、表示を食い入るように見つめている。


「文字だけですけど、映像はないんですか?

 真人くんの今の状況とか……」


「信号だけだな。

 ここの守護システムには何度か呼びかけてるんだが、反応はない。

 回線を開いてるからには、いることは間違いないんだが……」


「じゃあ真人が大怪我して倒れてることも……」


 ユーシンの一言に他のメンバーがどよめいた。

 少なくとも、現時点で腕が片方ないことは間違いない。他にもダメージを受けてる可能性は高い。

 いや、ひょっとして……


「分からんね。

 分からないから――確認しに行こう、準備してくれ。

 ついでに、ここの守護システムも探してみるかね。

 助けが必要な状況なら手伝わないとな?」


 キュリオスの一言に皆の顔が一様に曇った。

 またあのゲームが始まるのだ。

 参加は強制で、逃げられもしない。セーブデータを取られてる自分たちでは死ぬこともできない。

 正確には死んでもいいが、直前からロードされるだけだ。

 唯一の希望は真人だが、その真人を追い詰めているのも自分たちなのだ。

 しかも、その真人は……

 装備の取り出し口に近づきながら、森里がため息をつく。


「生きてるよね……うん。

 ただ、せめて回復手段でもあればなぁ……

 欲を言えば、レベルアップなんてのも欲しいかな」


 もちろん思ったのは真人のことだ。

 真人が主人公なら、そうあって欲しいという願いだ。

 だが森里のつぶやきを聞き止めたキュリオスは、そうは取らなかった。


「俺たちのレベルアップなら問題ないぜ?

 新装備の最適化は済んでるし、対真人用のバージョンアップもした。

 ただ……回復手段は難しいな。

 ここの設備を使えば別だが、他の場所で、一瞬で高度機能フレームをまるごと再構成するのは、今の俺の手持ちじゃ無理だ。

 可能なのは、このくらいだな」


 新装備の銃架らしきものを腰につけながら、キュリオスが指を鳴らした。

 同時に壁にグリーンのラインが入り、空気の抜ける音と共に扉が重々しく開く。

 そこにあったのは――


「……これ全部、僕らの予備の身体なんですね。

 ずらっと並ぶと壮観です、ほんと」


 並んだマネキンのような自分たちを見て、森里がため息みたいな感想を吐き出す。

 他の者はため息だけだ。


「ここの設備でも、時間をかければハードウェアだけなら作れる。

 精神丸ごとこっちに移せば回復と言えなくもない。

 ただし真人と取り決めたレギュレーション上、出せるのは次のステージからになるが。

 ルールは大切だぜ。

 力の行使は適切に管理されるべきだ」


 そういうと、それまで人の形を持っていた死体みたいな人形たちが、のっぺらぼうのマネキンに戻ってゆく。

 最後には体型から何となく誰のものか分かる程度になっていった。


「……」


 森里が口を綴じた。

 頭の中から感想が出てこない。思考を言葉に落とし込めない。


「落ち着いて」


 ユーシンが後ろから森里の肩を力強く握る。

 森里は、やっとのことで息を吐き出した。


「――はっ、はは、それ全部僕たちですか?

 分かりましたから扉閉めてください」


 森里がチラっと後ろを見て、トゥイーをかばうように位置を変える。

 振り返ると既に綾香がトゥイーの横にいて、リフトへ連れて行こうとしていた。

 もっとも、トゥイーに動く気配はない。

 バイザーを綴じているので表情は見えないが、こわばった身体から心情を察することはできる。


「何なら外見変えるかい?

 顔くらいならリクエスト聞くぜ」


「俺は俺だ、変える気はない」


 マーキスが不機嫌に答え、新しい装備に手を延ばした。

 新調された砲を手にはめる。

 それで目の前の奴に一泡吹かせられれば……無意識にそう思ってのことだ。

 勿論、無駄なことは分かっている。

 それで効くようなら、とっくに真人が倒している。


「行くぞ」


 軽くため息をついたマーキスがターボリフトへ向かう。

 途中、動かないトゥイーの頭をポンとたたいた。


「――真人のところへ行くぞ。準備しろ」


 トゥイーが弾かれたように振り向いた。

 慌ててターボリフトのカーゴに飛び込むと、残り全員も乗り込む。


「じゃあ行くぜ?

 ネクストラウンド、スタート!」


 キュリオスの楽しそうな宣言と共にターボリフトの扉がしまった。

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