第57話 ハードフォール
「まだだっ!」
叫ぶ真人が、ずっと出しっ放しだったカナンリンクの制御鍵を改めて開放する。
真人の切り札が何であるかを悟ったキュリオスの顔が歪んだ。
それは嗤いだ。
ここで粉砕システム起動まで反加速で自分を停止させ、超振動に巻き込ませる――これが真人最後の賭けだとキュリオスが予測した。
「受けて立つ!」
キュリオスが守護システムへの防護システムを全開にする。
その瞬間、轟音が真人とキュリオスに襲いかかった。
「なっ……?」
異常な起動をした超振動システムから超出力のフィールドが一気に広がる。
陽炎をまとった何条ものエナジーフラックスが炎のように延び、広大な空間その物を飲み込んでいく。
基底部に瓦礫と共に溜まっていた水が一気に沸騰し、超流体化して吹き上がった。
キュリオスの身体もエナジーフラックスの渦中に飲み込まれた。
驚愕の叫びを上げる余裕すらない。
底にうずたかく積み上がっていた瓦礫が一瞬で消滅し、床や壁を覆っていた超振動用の強化材すら次々と剥がれていく。
「超振動粉砕システムをオーバーロードさせやがったか!?
安全装置までハッキングできるのか、真人!」
超振動フィールドの臨界速度を上げ、フィールドの範囲を広げる――真人が本当に狙っていたのはこれだった。
超振動フィールドにキュリオスを飲み込めればよし、駄目でも目眩ましくらいにはなる。その隙に施設の壁なり底に穴を開けて脱出口を作るのが真人の作戦だった。
最後は超振動分解システムを停止させ、速攻で逃げればいい。
さっき決めたばかりのルールではセカイを越えればゲーム終了となる。キュリオスたちが約束を守るのならば時間を稼げる――と、そう考えた瞬間、真人の思考が白いノイズと共に一瞬停止した。
左手のインジケーターに鳴ってはいけない類のアラートがけたたましく踊る。
「くっ……!」
真人はパワーキャスターを展開してリカバリーを図る――図ろうとした。
だが、弱々しいラインが一度瞬いたきりで身体に変化はない。
真人は頭を振って意識をハッキリさせようとするが、白いノイズは消えてくれない。
目を見開き、まるで窒息しかけた魚のようにパクパクと荒く浅い呼吸を繰り返す。
集中力もほぼ限界に来ていた。
真人は空中でバランスを崩すと、そのまま一直線に落下していった。
落下しながらサロゲート体の制御と超振動分解システムへの再干渉を試みようとするが、限界を超えた真人の制御では遅すぎた。
エナジーフラックスの奔流に飲み込まれる。
「――っ!」
悲鳴は轟音にかき消された。
超振動フィールドによって超流体化した水流に翻弄され、真人の小さな身体が目茶苦茶に揺さぶられる。
浮力を失っている水の中を真人が一直線に落下した。
そのまま墜落するように基底部に激突する!
「かそく……っ!」
バチっと何かが頭の中で弾けるが、構ってはいられなかった。
動くなら何でもいい!
真人は残りすべての集中力を喚起するため、声に出して超高速・超高負荷運動モードの起動を宣言する。
アクセラレーターとディスアクセラレーターは辛うじて動いてくれた。
そのまま反加速を駆使してバランスを取り戻し、全力で基底部を蹴る。真人の小さな身体が弾かれたように飛び上がる。
荒れ狂う白い陽炎を突き破るように水面から高く、高く飛び上がると、ピンクの残像は超振動フィールドの効果範囲から一気に抜け出した。
壁にぶつかって止まり、剥がれた耐超振動コーティングと共に無事だったキャットウォークに落ちる。
何かが砕ける音や、キャットウォークの床に瓦礫が降り注ぐ音がひっきりなしに響いている。
キャットウォーク自身も砕け始めていた。
だが取りあえず自分は生きており、キュリオスはいない――
「これで……いい、後は……逃げる!」
真人が呟くと同時に施設内に警報がなり響いた。
瞬間、まるでブレーカーが落ちたように施設の電源が落ちる。
やっと安全装置が作動したらしい。
同時に天井や壁に一斉にスリットが開き、そこから大量の水が流れ込んできた。
水が凄い勢いで水位を増していくが、どこかに漏水箇所があるらしくサージタンクの水は減る一方だ。
そこかしこで巨大な渦が生まれていた。
「出口……何処だっけ……」
真人が掠れかけた声で小さくつぶやく。
身体の感覚は目茶苦茶だった。
体が熱く、芯が冷たい。大事なものが身体から零れ落ちているような感覚が止まらない。
左手のインジケーターがマルファンクションを連発しているが、五感の機能低下が止まってくれない。
何がどうなっているかも分からない。
それでも声が出せるなら、少なくとも頭は無事だろうと真人は判断した。
壁に手を付いて身体を支えよう――として、ひっくり返りそうになった。
本来あるべき手応えがない。
見て確認しようと、顔をそちらに向ける。
何が起きているのか――
「はは……はは」
真人の口から引きつった笑いが漏れた。
腕が無かった。
それが右腕か左腕かとっさに分からないほど、感覚が麻痺している。
見下ろすと、左肩のすぐ下から先が無くなっている。
なら左手だろう。
――真人は一度、大きく深呼吸した。
無理やり気持ちを鎮める。
騒ぐのも泣きわめくのも後だ。まだ終わってない。
真人は急いで自分の身体をチェックする。
サロゲートの機能でもできるのだろうが、まともに動くか分からない。
頭、左手、両足。とりあえず動く。
痛みはまったくない。これはこれで気持ち悪いが、仕方がない。
服もボロボロだが、これはいい。
デュミナスのパーツが落ちそうになっていたので、片手で苦労して取り出して口の中へ入れた。大きいから飲み込むことはないだろう。
周囲を確認すると、キャットウォークの先に扉が見えた。
かなりボロボロになっている。
真人の見ている前で、扉の表面についていた表示パネルが外れて床に落ちた。
軽い衝撃がキャットウォークに伝わると、それだけでパラパラと部品が落ちる。
下からは何かが落ちているような水音が絶え間無く続いている。
ここも長くは持たなそうだ。
「あそこの扉から中に入って、まずは……セカイを越える。
それで時間が稼げるから……手の修理と、充電ができるところを探す……」
最後の方針を声に出す。
集中力を使いすぎたせいか、頭の中だけでは考えをまとめれらなかった。
やっと考えがまとまると真人が一歩踏み出した。
その瞬間、扉近辺の壁からコーティング材が大量に剥離する。
壁の崩落に巻き込まれたキャットウォークも支柱がへし折れ、その衝撃で全体が次々とバラバラになってゆく。
真人の身体も投げ出され、水面に投げ出された。
――加速・反加速は使えなかった。
今の真人に、そんな余力はない。
渦が作り出す水流に翻弄されながら、ピンクの影が暗い水の底に沈んでいった。
その痕跡を飲み込むように水面にさらに大きな渦が生まれていく。
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