第56話 オーバードライブ

 床が完全に垂直に垂れ下がった。その上にある建物群を重力によってパージしようとする。

 大小様々な瓦礫が振り落とされてくる。

 真人の前で柱がへし折れ、壁が倒れる。その後ろにあった巨大な本棚が横倒しになり、大量の本が舞った。

 その中を真人が駆け抜ける。

 障害物の多い中で加速・反加速移動するコツみたいなのはとっくに掴んでいる。

 真人は全ての能力を駆使し、レーザーショットや雷撃の雨、滑り落ちてくる瓦礫を同時に避けながら一気にダッシュする。

 その先に森里とトゥイーが立っていた。

 バードフォームのトゥイーの口から、白い陽炎――エナジーフラックスが漏れる。


「……いく」


「いや、まずは僕がいくよ。トゥイーちゃんは下がっててね」


 森里がトゥイーを制する。

 真人がジグザグに走ってるせいか、到達まで余裕があった。

 森里は一本のサブアームで身体を固定しながら、物凄い形相で歯を食いしばり――超電磁トーチのついたサブアームを伸ばして、脇にあった電柱や柱を根元から切断する。

 横倒しになった電柱などが真人めがけ、地面を勢いよく転がっていく。

 転がりながら落下してきた電柱をかわすため、真人がスレスレで身体を沈めた。

 瞬間、その視界が真っ白に染まった。

 それがユーシンのエーテルスクリーンだと真人が理解すると同時に、その身体に電柱が激突する。


「ぐっ!」


 真人の息が強制的に身体から吐き出される。

 パワーキャスターを常時展開していないため、突発的なダメージは防げない。

 そのまま電柱と一緒に奈落に落ちる。

 真人は空中で電柱を蹴飛ばすと、加速・反加速を駆使して踏み込んだ。

 そのまま垂直に傾いた地面を再び駆け上がるため、一気に地面を蹴った――その瞬間、真人の視界に不規則なノイズが走った。

 付けてもいないパワーキャスターが瞬き、スパークが走る。

 蓄積され続けたダメージの影響だろう、真人の身体に限界が訪れようとしていた。


「――くっ!」


 バランスを崩して垂直の地面に顔から突っ込むと、バウンドして空中に投げ出される。

 空中――蹴飛ばせるものが何もない!

 消耗し、満身創痍のこの状況では自力でリカバリーする手段もない。

 生まれた隙は、致命的だった。

 自由落下する真人の周囲に何十もの白い壁が構築される。

 その向こうが見通せない。

 エーテルスクリーンだと気付いた真人がとっさに反加速で即時静止し、緊急用のエネルギーまで総動員してパワーキャスターをフルレンジ展開させる。

 そのまま身体を回転させて既に壁となっている地面を背にして防御態勢を取る。

 だが間に合わない。

 真人の真芯に、白い壁を突き破って突進してきたキュリオスの拳が叩き込まれた。

 飛んでいるため殴ると言うより体当たりに近い。

 本来ならダメージは大きくなさそうな打撃方法だが、その速度は超音速だ。


「……っ!」


 壁となった地面に、真人の小さな身体がめり込んだ。

 インパクトの余波が、元は床だった壁を縦横に奔る。

 パキン……! と、小さな音が響き、キュリオスのフィールド衝角が真人のパワーキャスターを力尽くで吹き飛ばした。

 そのまま内部構造にすら到達した破壊力場は、小さな身体を蹂躙し尽くした。

 真人が大きくのけ反り、声にならない悲鳴をあげる。

 それでも真人は抵抗を止めない。

 キュリオスの腕に両手を触れさせた真人が、反加速を当てる――当てようとした。

 だが加速・反加速をうまく制御できなかった。

 逆にそれがフェイントとなった。キュリオスが反加速を警戒して全力で引き抜いた腕ごと真人が壁から引きはがされる。

 制御を欠いた真人の身体がキュリオスに激しくぶつかった。

 そのまま二人は駒のように激しく回転し、もつれ合うように奈落へと落ちてゆく。


「このっ、離せっての!」


 だが真人はキュリオスに必死にしがみつく。

 キュリオスと真人はメチャクチャに回転しながら暗い穴の中へと吸い込まれて行った。

 二人が闇に飲み込まれると同時に、穴の奥に莫大なエネルギーを持った光が生まれる。

 その光を閉じた地面がふさぐ。

 スライドして来た次の区画が更に区画全体を覆ってしまい、後には何も残らない。


『――真人!』


 バードフォームのトゥイーが悲鳴を上げた。

 真人が消えた地面の上で何度か旋回する。

 だが、そこからはもう降りられそうもない。


「トゥイーちゃんも、皆も、こっちです! 私たちも下層へ!」


 叫ぶ綾香が機首を下げると元いた劇場へ突っ込んだ。

 ロビー内で回転するように再変形して人型へ戻ると、間髪いれずに奥へとダッシュする。

 その後ろをドッグフォームに変形したトゥイーが追いかける。

 遅れて他のメンバーも劇場内に流れ込んできた。


「下への入り口はドコだ?」


「一番近いのは支配人室の横にある扉です!

 そこから連絡通路へ入れます」


 通路の奥から綾香が大声を張り上げる。

 全員が、その声の方へ走りだした。


          *


 真人とキュリオスは警告音の中を大量の瓦礫と共に振動する光めがけて落ちていく。

 底では超振動分解システムが唸りを上げていた。

 若干のタイムラグの後、瓦礫で塞がれた基底部に設置された本体が予備動作を終えて一斉に起動準備に入る。

 視界が真っ白に染まった。


「なっ……おい、ここにまだいるぞ!

 安全装置はどうした!?」


 瓦礫の上に着地したキュリオスが狼狽の声を上げた。

 その姿が白い陽炎に飲み込まれてゆく。

 真人も同じように着地するが、すぐに糸の切れた人形のようにぱたっと倒れる。

 それを見たキュリオスが舌打ちした。

 想定では起動を停止した巨大なプール内で戦う予定だった。

 キュリオスが望んだのは真人の加速・反加速能力を封じる戦場だ。自由落下中も、落下後の水中でも真人の能力は大幅に制限される筈だった。

 だが瓦礫が予想より多い上に、処理システムが停止してくれない。


「このセカイの守護システム、返事してくれ!

 緊急事態だ、知性統合を要請する……ええい、確かに存在はしているのに呼びかけに一切返答が無いってのはどういうこった!?」


 守護システムは本来担当のセカイが決まっており、そこを越えて影響力を駆使してはならないことになっていた。もし行う場合は知性統合――相手と一つになるか、相手の守護下に入ることが必要だ。

 だが、このセカイに入ってからこれまで守護システムは一度もキュリオスの呼びかけに反応したことはなかった。

 だが間違いなくいる。

 WRSのサイクルを担う超振動分解器が起動を始めているのが証拠だ。

 これがこのセカイでの正規の手順なのだろうが、このままでは自分も真人も分解されると判断したキュリオスが狼狽した。

 今の段階で真人消滅はまずい自体だ。


「――ええい、アクセラレーション中の高速通信とはいえ、通じない筈はねぇ。

 ここでも何かコッソリやってやがんのか?

 まったく、自分勝手な奴が多いぜ!

 緊急事態、停止コード……おい、勝手にやるぞ!」


 念のため再び全チャンネルで叫ぶと、キュリオスが超振動分解器を停止させようとする。

 警告音が限界まで高鳴る。

 水面は光り輝き、既にキャピテーションの細かい泡が周囲を埋め尽くしされている。


「停止――駄目か……ええい!」


 システムの停止を諦めたキュリスが真人に飛びつき、乱暴に抱き上げた。

 不本意だったが、賭けを続けている状況ではない。どうせ動けないなら真人はこのまま支配下に置き、安全な場所に移動すべきだ――

 そう考えた瞬間、真人がキュリオスの身体から離れた。

 真人がもうマトモに動けない、少なくとも加速、反加速を駆使して繊細な動きをすることは不可能だと判断していたキュリオスが予想を外されて驚く。

 真人は瞳を爛々と輝かせながら、アクセラレーター全開で瓦礫を蹴飛ばしながら突っ込んできた。

 その半身にはパワーキャスターとは違う、ずっと幾何学的な銀の模様が輝いている。

 キュリオスは真人が自分への干渉を狙っていると判断した。


「甘いぜ、真人!」


 真人からの干渉は、アーカイブから読み取ったデュミナスのスキルを使って既にブロックしてある。

 とはいえ、真人がそれを打ち破れないとは限らない――そう考えていたキュリオスだったが、真人を見て警戒を解いた。

 真人は起動させたカナンリンクの制御鍵で、自分自身をハッキングしていた。

 その動きは鈍く、ぎこちないが、いま真人が身体をムリヤリにでも身体を動かすにはそれしかないのだろう。


「はは……」


 その視線を真っ向から受けたキュリオスの表情が徐々に変わっていく。

 自分の持てる全てをかき集め、なおも立ち上がる真人の姿を写すキュリオスの瞳が徐々に輝きを増していく。


「はははは!

 なるほど、ガタがきたサロゲート体の制御を自分の意志で補強するってかい。

 黙ってたのは、それをやろうと必死だったんだな。

 ――ああ、一瞬でも終わったなんて考えたオレが悪かったよ。

 賭けはまだ終わってない、続けようぜ!」


 キュリオスは頷くと真人に向かって突進する。

 真人も動いた。その動きはぎこちなかったが、それでもキュリオスに対峙する。

 両者が激しく激突した。

 瓦礫の間を飛び回る真人はキュリオスと二度、三度と打ち合う。そのたびに衝撃波が瓦礫を吹き飛ばし、キュリオスのビームスラストが複雑な軌道を描く。


「水に落とそうってんなら、考えが甘いぜ!」


 キュリオスが叫ぶと、フィールド衝角の拳を真人に叩き込む。

 ビームスラストの跡を曳いた一撃は、まるでビーム砲のようだ。


「――くっ!」


 その一撃を受けた真人の腕が、派手に弾かれる。

 上手く反加速をかけられない。

 意識して体を動かしている今の真人には、これまでのような繊細な制御は不可能だった。

 ゲームで言うなら、簡単な操作で楽に動かせていたキャラを、複雑な操作でシビアに動かさなければならなくなったようなものだ。

 アクセラレーターで主観時間が引き延ばされているのが唯一の救いだった。

 そのお陰で辛うじてキュリオスと打ち合えているが、それだけでも気が狂いそうなほどの集中力を要求される。

 このまま打ち合いを続けていけば、やがて限界に達するのは目に見えていた。

 そうなったら致命的な操作ミスを起こし、自滅するだろう。

 それが十秒後か、一分後か、あるいは次に一歩踏み出した瞬間かは分からない。

 だが、その時は確実に訪れる。

 ――故に狙うのは、今の状態でも逃げられる状況を作り出すことだ。

 真人はそのチャンスを狙い、必死に耐える。


「真人ぉぉっ!」


 キュリオスの驚愕の叫びが高速通信に響き渡り、その左拳がビームスラストの尾を曳いて真人へ叩き込まれる。

 手では受けきれないと判断した真人は、とっさにパワーキャスターを展開した両足で一撃を受けた。

 弱々しい輝きで包まれた両足でその一撃を受けた瞬間、頭の芯が痺れるような鈍い衝撃が伝わった。

 まるでハンマーでぶっ叩かれたようだ。

 パワーキャスターは一撃で消滅し、過負荷によって真人の機械の心臓が悲鳴を上げる。

 それでも真人は集中力を途切らせなかった。

 ディスアクセラレーターが打撃のエネルギーを全て中和し、キュリオス本体の動きも辛うじて止める。

 勿論、それは一瞬だけのことだ。

 次の瞬間にはフィールド衝角のフルブーストで再度仕掛けてくるだろう。

 その前に――

 真人は加速と反加速を同時に操って身体を回転させ、キュリオスの身体に取りつく。

 両方を同時に駆使する操作は、さらに複雑で繊細で難しい。しかも早さまで要求される!

 真人は胃から冷たい血の塊が登ってくるような感覚に必死に耐えた。

 周囲では施設の超振動フィールドは臨界を迎える寸前まで高まり、爆発かと思うような振動となって全体を震わせる。

 ――勝負時だった。

 真人はキュリオスへ蹴りを放つ。


「弱々しいな、真人!」


 ニヤリと笑ったキュリオスが両腕でガードの体勢を取った。

 その腕に真人の蹴りが――叩き込まれる寸前、停止した。

 ふわりと着地した真人は、キュリオスの身体を踏み台にして一気に真上へジャンプする!

 アクセラレーターは全開だ。

 ピンクの残像が飛び上がり、それと同じ勢いでキュリオスが反対側へ――超振動粉砕システムめがけて弾き飛ばされた。

 キュリオスの身体が回転しながら落下していく。


「甘いぜ、真人!」


 だがキュリオスは両手両足のフィールド衝角をフルブーストさせ、空中に停止した。

 出力はキュリオスの持てる最大。

 回転も一撃で止まる。

 古典力学の作用・反作用の法則に従ってだが、キュリオスはベクトルを無理矢理ねじ曲げて自身の慣性を打ち消す。


「ははっ、これえで手が尽きたか?

 なら遠慮なく反撃行くぜ!」

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