第58話 渦中の向

 電光を纏った蹴りが一撃で金属製の扉をへし折る。


「よし、開いた!」


 黒いサロゲートたちが、さっきまで真人たち戦っていた場所へ一気になだれ込んできた。

 飛び込んだのは処理施設の制御室の中だ。

 一団の中から綾香が飛び出ると、手すりを越えて空中に踊り出る。

 そのまま飛行形態に変型した。

 空中にビームスラストの尾を引きながら、小さな飛行機が底めがけて降下していく。


「わたし、先に下を見て来ます!」


『綾香ねーちゃん、わたしも行く!』


 後ろにバードフォームのトゥイーが続く。

 ダムのような施設には大量の水が流れ込んでいた。

 底には水が渦を巻いている。

 どうやら密閉が完全ではなく、水が漏れているらしい。

 周辺のキャットウォークや途中にある操作室らしき場所は大半がボロボロだ。

 真人の姿は見えない。ついでにキュリオスも見えない。


『水の中を見てくる!』


 トゥイーが頭を水面に向け、急降下する。

 着水寸前にその身体がドルフィンフォームへと代わり、するりと水中に潜った。


「気を就けて、トゥイーちゃん」


 綾香はトゥイーを見送ると、周辺にあるキャットウォークに真人の痕跡がないかを必死に探した。

 見つけても真人にとっては救いにならないことは分かっている。それどころか戦闘が再開して状況が悪化するだけだ。

 それでも、探すことを止められなかった。


「ねえ……エネルギーが切れたり、故障したら、真人くんはどうなっちゃうの?」


 水面上を旋回する綾香が高速通信で全チャンネルに呼びかける。

 黒いサロゲートたちは無言だった。

 唯一答えたのは――


「オリジナルもない、守護システムのバックアップもないんだから、消滅するよ。

 今となっては死、そのものだ」


『ピーッ! ピーッ!』


 イルカのような悲鳴と共に答えたのは、キュリオスだった。

 水面にトゥイーが跳ね上がる。

 その身体にはキュリオスがしがみついていた。


『触るな、痴漢!』


 空中で人型に戻ったトゥイーが、キュリオスを引っぺがそうと蹴りを入れる。

 それを器用に躱すと、キュリオスがヨタヨタと空中に浮いた。

 もう一度ドルフィンフォームに戻ったトゥイーが水中に逃げるように飛び込む。


「排水が始まる、一度下がれって……ええい、気をつけろよ!」


「ボロボロですね……」


 人型に戻った綾香が空中に静止し、キュリオスを見てつぶやく。

 全身に手ひどいダメージを受けていた。特に両手両足はボロボロだ。内部構造が覗いている箇所まである。

 綾香は少しホッとした。

 これなら真人はキュリオスに勝てたかも知れない。


「ああ、真人に超振動場に叩き落とされた。

 超流体下でフィールドシステムは干渉して使えねーし、停止命令受け付けねーしで、散々だったわ。

 お陰でガス欠だよ、一度戻ろう」


 キュリオスがヤレヤレという風に肩をすくめる。

 綾香はそれには頷かず、物凄い早さで水中に消えていったトゥイーの影をなおも追う。

 その目が心配そうに水中に注がれる。


「戻る……

 なら、真人くんは無事なんですよね……?

 最後はどうなったんですか」


「真人に蹴落とされた。

 反加速で停止狙いかと思ったら、逆に加速使われてな。

 オレはつくづく賭けに弱いぜ。

 ただ……真人も限界だったようで、機能が停止して一緒に落ちた筈だ。

 最後どうなったかよく見えなかったが……あれだと砕け散ってても不思議じゃないな」


「砕け……って、死んじゃったってことですか。

 真人くんが死んだら、貴方は困るんですよね!」


 綾香がキッと振り返る。

 キュリオスが困ったように顎を掻いた。


「――ふむ?

 それはそうだが……なんていうかな」


 キュリオスが難しそうに顔をしかめ、そのまま口をつぐむ。

 綾香が水面とキュリオスを交互に見やる。

 じっと次の言葉を待つ。

 巨大な施設に、水音と機械の音だけが響く。


「そうだな……さっきの命令は訂正する。

 真人の生存は重要だが、それより真人を本気にさせることの方が重要だ。

 もし真人が本気で賭けてきたら、生死は問わず受けてやれ」


「真人くんが死んでもですか!?」


「そこが難しいんだよな。

 死んでは欲しくないが……あの目を、真人の本気を、オレの管理下でも再現できるか自信ねーんだよな。

 今のままの方がいいのかねぇ」


 キュリオスはさっきの真人の目を思い出していた。

 カナンリンクにとっては好ましい、非常に良い目だと思った。


「どんな目だったんですか……?」


「地球種の言葉では説明し難いんだが……美しい、かな。

 真人と知性統合すりゃ、あれが何なのか分かるのかね?」


『きゅーっ……』


 水面から悲しそうなトゥイーの声がして、二人は会話を中断した。

 見下ろすと、トゥイーが白く細長いものを加えている。

 それは……


「腕だ……

 まっ、真人くんの?」


 綾香が降りていってトゥイーから腕を受け取る。

 トゥイーはそれを確認するともう一度水中に潜っていった。

 その腕を、キュリオスがひょいと取った。


「――ふむ? 確かに真人のだな。

 断面を見る限り、ダメージの蓄積に加えて超振動で破断した感じだな。

 さっきは腕から落ちたか?」


「真人くん……真人くん!」


 自分も水中に飛び込もうとした綾香をキュリオスが静止した。泣きそうな顔のまま振り返った綾香に、上を見ろと合図する。

 見上げると、いつの間にか何機ものロボットが空中に制止していた。

 黄色い飛行ロボットで、それぞれが丸いフォルムの頭、胸部、腹部という構造に三対の足を持っている。その姿はなんとなく地球の蜂を連想させた。

 身体の一部がハニカム状に光っているのは、ロボット同士で会話でもしているのだろうか。


「あれは、ここの連中だな。

 暴走が収まったから状況調査に来たんだな。

 作業の邪魔になる、一度引くぞ」


「待って、真人くんは……」


「――ふむ? なら、こうしよう」


 キュリオスが真人の腕をロボットの一体に放り投げた。

 ロボットは身体から伸ばした腕を使って真人の腕を器用に受け取る。頭部にあるリング状のセンサーが回転するようにゆっくりと明滅し始める。

 その様は首をかしげているように見えた。


「持ち主を見つけたら返しておいてくれ!

 その時は、こっちにも一報たのむ」


 ロボットはキュリオスの方を向き、リング状のセンサーらしきものを全灯した。

 多分、わかりましたという意味だろう。


「これでいい、後は任せよう。

 俺たちは戻って補給と整備だ、次に備えようぜ」


 トゥイーに上がるように合図したキュリオスは、よたよたと飛び上がろうとする。

 慌てて綾香がキュリオスを静止する。

 足下では人型形態に戻ったトゥイーが水面から顔を出していた。


「次に……って、真人は生きてるの……?」


「さてね?」


 キュリオスが上空から振り返る。

 その顔は――どこか、楽しそうだった。


「根拠がないから賭けはしないが……

 パターンなら最後に主人公が逃げきって終わりだろ?

 死体もあがってないしな」


          *


 巨大な倉庫のような場所で、コンテナの影に隠れていた人型機械がひょっこり顔を出した。

 真人とキュリオスが戦っていた場所からは数セカイ分は離れている。

 だが超振動暴走の影響はここにも届いていた。


「ふう……何とか収まったみたいだね」


 人型機械から声が漏れる。

 無骨なボディフレームのカラーリングは黒地に白いアクセント。

 シェリオのキティ・ブラックだった。

 その更に後ろに隠れていた金髪碧眼長身の少女も、安全を確認しつつ、そっと顔を出す。

 少女は、外を歩くに躊躇うくらい身体にぴっちりとしたインナースーツの上に、ごつい作業着を羽織っている。さらに護身用なのか、小ぶりの拳銃のようなものをお尻に回したホルスターに差していた。

 こちらはハーミットだ。

 二人は真人を捜しながら周辺を調査していたところだったようだ。


「下で爆発でも起こったのかな。真人が無事だといいけど……」


 キティのハッチを開けて、シェリオが飛び降りる。

 こちらもハーミットと同じデザインで色違いのインナーを着ていたが、ジャケットも羽織らず、そのままだ。

 シェリオはキティの腰部にあるポケットコンテナから端末を取り出し、状況を確認していく。

 どうやら倉庫奥のエアダクトから爆風が逆流したらしい。

 急に壁の一部が吹き飛ばされ、そこにメインシャフトへ通じる大穴が開いていた。

 空気がかすかにイオン臭い。


「漏電か何かのせいで、プラズマでも発生したのかな……?

 カナンリンクの仕組みは分からないことだらけだから予想付かないな。

 うん……とにかく真人を探そう。

 上はすっかり元に戻ったから、きっと真人が関係しているよ。

 あのしょーもない九輪さん人形には笑ったけど。

 ――真人はきっと無事だよ」


 シェリオがハーミットに呼びかけつつ、瀬良たちがいたセカイを思い浮かべる。

 そこはもうすっかり元通りになっていた。

 温度や光、水、空気なども正常に保たれ、人の住める環境が維持されている。

 カナンリンクが稼働を止めた以上、再稼働させたのは真人だろうと皆が予測していた。

 少なくとも何かに関係はしている筈だ。


「シェリオ、ちょっと……あれを見て!」


 見ると、ハーミットが四つん這いになってシャフトの下を見ていた。

 双眼鏡みたいな外見の光学センサーで中を調べていたらしい。

 シェリオもその横に並ぶと、ハーミットからセンサーを受け取った。

 ストラップをかけたままなのでハーミットの顔と密着するが、気にしてはいられない。

 ハーミットが指さしたのはずっと下で、そこには空気を循環させるためのファンがゆっくりと回っていた。

 熱風と逆流にも耐えたらしい。


「あのファン?」


「ファンじゃなくて、その下側にあるダクトの出口!

 そこに結ばれてるもの……見える?」


 シェリオが改めてファンの下を見ると、ダクトの脇に布の一部が結びつけられていた。

 おそらく真人の服の一部だ。

 位置的に、真人は下へ降りたのだろう。

 下はかなり距離があり、降りるためのロープなどは見当たらないが、真人にそんなものが必要になるとは思えない。


「うん……そうだ、間違いない。

 真人はここを通ったんだ!

 この下のセカイに真人はいる」


「ここから下に降ります! シェリオはキティで支援お願い」


「待って、ここからではファンを越えられないよ。

 一度上に戻ろう!

 ここの機材で造ってる、キティの新型や、その仲間もそろそろ完成する頃だしね。

 装備も整えてメインリフトから下へ行こう」


 センサーをハーミットに返すと、シェリオはキティに乗り込む。


「掴まって! 行こう」


「ええ!」


 ハーミットがキティの腕に乗る。

 乗り心地のいいものではないが、歩くよりはずっと早い。


「――こちら、ハーミット。

 シェリオと一緒です。

 真人の痕跡を発見しました。真人は次のセカイに……」


 ハーミットが耳にかけた小型通信機で本部へ通信を入れる。

 それを横で聞きながら、シェリオはキティのフィールド推進システムをゆっくりと起動させた。

 キティのボディがふわりと浮かび上がると、滑るように前進を始める。


「飛ばすから掴まって!」


 念のため、ハーミットが安定できる位置にキティの腕の位置を調整する。さらにハーネスの一本を外してハーミットに渡す。

 ハーミットはそれを自分の腕に巻き付けた。


「――シェリオ、フィッシャー司令から連絡よ。

 新しい機体が何機か完成したみたい。

 一度戻って、乗り換えるようにって!」


「了解!」


 シェリオの駆るキティが一気に速度を上げた。

 そのまま巨大な倉庫を一気に飛び越え、ゲートに飛び込んだ。

 直後、ターボリフトが起動して二人は一気に上昇していった。

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