第6話 スカイフック

「真人、上で見せた概略図憶えてる?

 これが名もなき惑星全土を覆うカナンリンクの裏側だよ。

 私たちはあの天井にあたる部分にいたんだよ」


 シェリオは中空に張られた回廊に沿って車を走らせながら、解説してくれた。

 大パノラマは、どこまでも続いている。


「凄すぎて実感できないや」


「私も初めて見た時は同じ気持ちだったよ。

 カナンリンクは小さな……っていっても、最小でも島並のサイズだけど、そういうセカイ同士が無数にリンクしながら、この惑星全土を覆っているんだ」


「シェリオ、僕たちが今いるここは……天井を支える柱の途中でいいの?」


「柱というか、タワー型の空中駅の天辺。

 ここはスカイフックといって、元々は下端の空中空港と上端の宇宙港をエレベーターでつないでる施設。

 カナンリンク自体には支える柱とかはないよ。

 惑星と一緒に自転してるし、重力や慣性を制御してもいるし、超磁性流体を高速回転させてテンションもかけてるから……」


 シェリオの説明が途中で止まる。

 視界の奥をくさび形の飛行機械が数機、飛び越していく。

 機体は映画の宇宙戦闘機みたいな飛び方でスカイフックを離れ、裏側へと飛び去っていった。

 真人は興味を引かれたのか、助手席からちょっと腰を浮かせて飛び去った機体を追う。


「飛行機……じゃないのかな」


「あれはサーフクラフト。

 地球のカテゴリーだと宇宙船の一種で、フィールド推進システムっていうので飛んでる。

 あれに乗ってるの綾香さんじゃないかな?

 さっき乗りたがってたし」


「へえ……

 すごい人だったんだなぁ」


 真人がさっきの少女を思い出し――浮かしていたお尻をシートに戻す。

 まだ肌が服の温もりを憶えている。


「カナンリンクのサポートがあれば簡単に飛ばせるよ。

 真人も暇ができたらやってみる?

 物体とか質量あるモノは持ち帰れないけど、知識や経験は本体へ持ち帰れる。

 やりたいことがあったら、どんどんやった方がいいよ」


「宇宙船の操縦はいいなあ……

 シェリオたちは宇宙船でどこへ行ってるの?」


「スカイフック経由で他のセカイに行ったり、地表の調査とか。

 どっちもアイビストライフの大切な仕事。

 一番近い他のスカイフックはあそこだよ」


 シェリオが指さした先にも別の柱があった。

 何となく傾いているように見えるのは、おそらく地表の丸みのせいだろう。

 ――周囲を見渡していた真人がふと首をかしげた。


「あれ……?」


 真人の向いている方向から察したシェリオが小さくため息を付いた。


「あれよりずっと近くにある、途中で折れてる柱でしょ?

 ――さっき言った事故の話を覚えてるかな。

 あれがその元凶で、真下の地表は崩落でクレーターだらけだよ。

 そのうち完全に折れると予想されてる。

 そうなったら、こっちでもまた同じような事故が起こる可能性あるから……」


 シェリオがアクセルを吹かした。

 オープンカーが一気に加速すると、宇宙港の開口部が徐々に見えてくる。

 そこにあるドック内に二隻の白い巨体が鎮座していた。


「そうなる前に、あれで逃げる予定。

 名前は《ホワイトストーク》で、手前が一番艦。奥に二番艦もある。

 ここにあった超大型サーフクラフトを、折れたスカイフックの下から回収したガラクタで改造したんだ。

 あそこは危険で厄介な場所だけど、宝の山でもある」


「大きいし、格好いいいなあ。

 でも、逃げるってどこへ……?」


「地球人のいるセカイはここだけじゃないんだ。

 他にもあるんだよ。

 囚われている地球人を助け出しつつ、別セカイへの移住とか……色々と計画してるんだよ」


「別のセカイ……ああ、そっか。

 カナンリンクはセカイの集合体だから、他にも様々なセカイがあるんだよね。

 どんなセカイがあったの?」


「古いメガロポリスを再現したセカイとか、港町とか、古い工業地帯とか……

 ハーミットはメガロポリスのダウンタウンに住んでてね、私たちのチームが助け出したんだ」


 高架への入口前でシェリオが車のシフトを変える。

 車は滑らかに速度を緒とした。

 生まれた間を埋めるように、ふと真人が呟いた。


「宇宙人たちは地球人を使って何の実験をやってるんだろうね」


「さあねぇ?

 学術目的か、商売か、あるいは趣味か!

 ゲームの可能性もあるよね。

 ――真人、いまの質問をデュナミスにするの禁止だよ。

 どうしてかは、これから見せる場所で分かる」


 車はさらに速度を落とすと空中駅のプラットフォームに続く高架へ入ってゆく。

 ジャンクションを通り抜け、ドッグとは反対側にある巨大な建物に続く道へと入っていった。

 スカイフックの真ん中――中枢機構のある場所だ。

 建物が見えた瞬間、珍しくシェリオがギア操作をミスった。

 がりっと音がする。


「ごめん。

 この先にある建物が……目的地だよ」


 建物は空中駅のプラットフォームから続きになっており、セカイを貫くセントラルシャフトにも直接通じているようだ。


「シェリオ、ここは……?」


 真人がシェリオに声をかけようとするが、建物から何人かの人が出てきたためタイミングを逸した。

 ここの人たちも性別、年齢、人種はバラバラだ。

 責任者らしき人がシェリオと事務的な手続きを始める。

 残りの人たちは真人に恭しく敬礼してくれた。

 あわてて真人も頭を下げる。

 シェリオとの手続きを終えた代表者らしい中年の男性も、真人に深々とお辞儀してくれた。


「聖さん、お越しいただき有り難うございます。

 シェリオ、準備は整っている」


「有り難う。

 真人、この人がここのリーダーみたいな人で、本郷さん。

 ここからは歩きだけど、いい?」


「う、うん……」


 そう答えた真人の声に少し動揺が混じっていた。

 真人のサロゲートの目が、この建物の内装に残る異質な痕跡を見つけたからだ。

 この建物には、明らかに人の手による――暴力の跡があった。

 まるで大規模な暴動でもあったみたいだ。


「真人なら見えてるよね?

 ここは私たちで壊した。

 試行錯誤の末に作り出した武器を幾つも幾つも潰して、やっと少しだけだけどね。

 それでもすぐ直るから苦労してる」


「ここは一体なにが……?」


「ついてきて、見せるよ。

 ここを直接サロゲートさんたちに見せるのは初めてなんだ」


 シェリオが奥へと歩いていく。

 真人は最初シェリオの後ろにいたが、ちょっと足を速めて彼女の横に並んだ。

 建物に興味もあったが、それよりシェリオの肩が微かに小さく震えているのに気づいたからだ。


 シェリオはわき目もふらずに進んでいく。

 継ぎ目のない通路がずっと続く。

 用途の分からない区画を通り抜け、やがて数階層ブチ抜きの吹き抜けになっている広いホールのような場所に出た。


 奥の壁には人が一人やっと通り抜けられるくらいの穴が空いていおり、そこから冷たい風が吹き込んでくる。

 穴の周囲は何かの機械が取り付けられていた。

 真人は、それがカナンリンクの修復を防ぐための機械だと見当を付けた。

 もっとも完全には効果を発揮していないらしく、破断面は徐々に修復されているようだが。

 穴の向こう側にはぽっかりと空間が空いている。

 上下の果てがないほど巨大なシャフトの中に何本もの別のシャフトが通っており、そこに廃材などから作られたらしい、いかにも手作りっぽい外見の橋だけがぽっかりと宙に浮かんでいた。

 反対側の端は別のシャフトに通じている。


「なんだ、ここ……?」


 おそるおそる真人が穴の奥を覗き込む。

 橋の先を見ると、塔の中にある別の塔に繋がっているようだ。

 先にある塔もやはり巨大だった。


「ここが目的地。

 この穴をずっと維持してきたけど、そろそろ止めようって話になっててさ。

 それで撤収前に真人に見て貰おうって」


 真人が押し黙っていたため、シェリオが先に立って橋を渡っていく。

 その足がふらふらしていた。

 どうやら足腰に力が入らないらしい。高いところが怖い……という訳ではないようだ。真人が再びシェリオの横に並んだ。


「シェリオ、僕の肩につかまる?」


「ありがとう、真人」


 シェリオは少し考えてから真人の手をそっと握った。

 ちょっと驚いた真人だったが、そのままシェリオと手を繋ぐ。


「へへ、案内するのは私だからね。

 じゃあ、いこう!」


 そう言ってシェリオが笑いながら真人の手を引いて先へ進む。

 いつもの彼女の笑顔だったので、真人も少し安心して一緒についていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る