第3話 サロゲーション・パーソナリティー(2)
「そのサロゲート体は違う用途に流用してた奴でさ。
地球からサロゲーションで人を呼ぶ計画は本来六人の筈だったんだけど、最後の最後に真人を見つけてね。
それで急遽、使えるモノを探し出して再流用したってわけ」
シェリオが両手を頭の後ろで組んで、笑顔のまま答える。
自分が選んだ服が似合っていて満足したようだ。
「地球からスターゲイトを越えて来られた人たちは皆そうなんだけど……その中でも真人は群を抜いて特別なんだよ。
何度も説明したことで悪いけど、大切なことだからもう一度説明するね?」
シェリオがこほんと咳払いする。
真人が先生を前にした小学生みたいな顔で姿勢を正す。本人は別に意識してやったわけではないだろうが、その仕草はとても可愛い。
シェリオが満足そうに頷くと壁の一面をモニターに変える。
火星っぽい惑星を、何重にも重なり合ったオービタルリングのクラスタが覆ったイメージが映し出される。
「これが、いま私たちがいる惑星の全景。
名前はわからない。
小さすぎて地球からは見えてない筈だから、地球側で付けた名前もない」
露わになった全景は――異形の神を讃える不定で球形のパイプオルガンを千年成長させたようなと言えばいいか。
「主になるのは惑星本体ではなくて、それを取り巻く人工建造物――というかな。
便宜的に《カナンリンク》と名付けてる。
オービタルリングならぬ、オービタルクラスタ。
超越種族が建造した居住圏で、必要があれば何百億人も住めるみたいね。
今は無人だと思うけど……」
表示されたカナンリンクの直径は二十万キロを超えていた。
月から地球までの距離が約四十万キロなので、その巨大さが窺える。
こんな巨大建造物をどうやって作り出し、維持し続けているのか、普通の地球人である真人には想像も付かなかった。
シェリオが説明を続ける。
「カナンリンクは人工環境区画――通称『セカイ』の集合体。
元々は世代宇宙船用の
いまいるこのセカイもそう。
デュミナスの力を借りて、私たちが秘密基地みたいに作り替えちゃってるけど」
シェリオがふうと溜息をついた。
真人は行儀良く説明を待っている。この話自体は前に聞いていたが、そのとき説明の端々でシェリオたちがとても悲しそうな目をしたことを真人はハッキリ憶えていた。だから欠伸などをしないように気を張る。
「私たちは……超空間を結ぶスターゲイトを通って、地球からこのカナンリンクへ強制的に連れて来られた。
誘拐だよ! 宇宙人によるアブダクション!
そして頭の中を弄られ、再現された地球で様々な実験――シヴィライズド実験に利用されてきた。
宇宙人が何を知りたいんだが知らないけどさ」
カナンリンクによって再現された様々な時代、場所が次々に映し出される。
最後に前面が銀色に輝く球体が写った。
「そして、これがスターゲイトの本体。
カナンリンクと恒星の重力均衡点の一つに設置された人工の星だよ。
全長は二百キロくらいかな……
私たちは、これをこっそり使ってる。
まあ……今はデータを超空間経由で送るくらいしかできなくて、それでサロゲートなんて方法で真人たちに迷惑かけてるけど」
「大丈夫、その辺は全部納得した上でシェリオたちに協力しているから。
それに今日予定してるっていう実験に成功すれば、地球人でも自由にゲイトを使えるようになるんだよね?」
「自由には無理だろうなあ……今よりも楽になるのは事実だけど。
プラス、カナンリンクへのハッキングの、端末役というか。
どっちもソートナイン特性が一番高い真人に協力をお願いすることになる」
「それはいいけど……それより、ソートナインについてもう少し詳しく聞いていいかな?
前回初めてラボでソートナインの力を使わせてもらったけど、凄い面白かった!」
目を輝かせて聞いてくる姿にシェリオが苦笑いした。
真人を含め、サロゲート化した人は例外なく同じような興味を持って聞いてくる。
「いや、そんな胡散臭いもんじゃないくて。
ソートナインは思考――知性活動によって生じる場の一種なんだ。
知性とは構造であり、力場なんだってさ。
非常に微弱だけど重力と同じく閉弦振動によく似た振る舞いをするので、高次元へも伝搬するんだ。
高次へ伝搬すると自乗で広がり、相も変わる。
三次元では一相。ここから始まって十一次元の第九相まである。
この九相目がソートナイン。
ソートナインは高次元側に超越してるせいで三次元での作用はないに等しいんだけど、超弦励起によって多次元間におけるイーサーマニュフォルドの準位状態に干渉……」
ちょっと早口になったかなと思ったシェリオがチラと真人を見ると、聞いたことがない固有名詞の羅列に目をぱちくりとさせていた。
舟を漕がれた時とどっちが可愛いかな……なんてことを頭の片隅で考えつつ、シェリオが説明を打ち切った。
「まあ……考えたことを実現できる超システムと思ってよ。
ここまでくると科学というより魔法。
それを三次元から利用する機構が《ソートナイン・ドライバー》で、サロゲートさんたちには全員搭載されている。
搭載されてるシステムの種類と知性の偏りによって効果はまちまち。
超発電や偏向シールドみたいな派手なのから、超微細制御と組み合わせて物質を自在に組み替えたり、量子的な流れを操れたり、時空への干渉によるタイムパラドックスの解決までできる。
特に最後のは超光速機関に必須だ!
超光速での移動は実質タイムトラベルと同じだからね」
「へー、時間も操れるんだ」
「真人のソートナインがそうだよ。ラボで面白がって何度も使ってたアレ。
だから真人を呼べたとき、私はうれしかったな。
私たちには、このセカイに対抗する希望が必要だから。
光速にも干渉できる真人の能力は、十分その希望になってくれる」
「僕が希望ねぇ……
確かに超能力っぽいのが使えるようにはなったけど、藁の方があってそう」
「あはは、そうかもね!
でも、そうだとしても……すがれる物になら何だってすがる。
ここは地球から遠く離れた別の星だ。
こんなところに誘拐されたまま、実験動物として一生を終えるなんてご免だから。
地球に帰還できる希望を探すこと!
それが私たち
そう説明するシェリオの瞳に冗談めかした色はない。
シェリオの真摯な顔に見つめられ、真人も思わずその瞳を見返す。
目が合った瞬間シェリオの顔が何故か赤くなるが、真人は分かってない。
「事情は理解してる……つもりだよ、シェリオ。
みんなが地球へ帰るためになら協力すると約束したことも、ちゃんと憶えてる。
その気持ちは今でも変わってない」
「有り難う、真人。
あなたにそう言って貰えたとき、本当に嬉しかったよ。
――それで今回の実験の話に戻るけど、まず真人に是非見てもらいたい場所がある。
詳しい話はそこを見て貰ってからでいいかな」
シェリオが表示を切り替えてマップを出してくれた。
どうやら立体方向への移動も必要な場所らしいが、土地勘ゼロの真人には、その場所が遠いのか近いのかさえピンと来ない。
真人はちらっと一瞥しただけで理解を諦めた。
「シェリオ、この地図の見方が分からないんだけど……」
「あははは、立体だしね。
最初の上下移動は高速シャフトを使って、最後は車で行こうか。
いまシャフトは誰も使ってないから、そんなにはかからないと思う」
「ああ、そういえばシェリオって車を運転できるって言ってたよね」
「――うん、運転は得意だよ。
それで、目的地なんだけど……
ちょっとショッキングな場所なんで、真人に不快な思いをさせるかも知れない。
見せるのは卑怯かも知れない。
でも、あそこも間違いなく真実の一つなんだ。
そこを見せずに真人に協力を求めるのも違う気がするんだよ。
だから……」
シェリオが大きく息を吸い込む。
「実験の最終判断をする前に見て欲しいと思う。
そこを見てから……実験に参加してくれるかどうかの最後の判断をお願い。
実験――私たちの手によるスターゲイトの起動実験を。
もし疑問に思うことがあったら何でも聞いて欲しい。
プライベートなことだって何だって、真人が知りたければ喜んで答える!」
シェリオが力強く頷いた。
その瞳は真剣で曇りはなく、だから真人も同じように頷いた。
「分かった。いいよ、案内して。
でも……実験ってスターゲイトを使って、僕の身体を地球からここへ直接呼び出すって奴だよね?
準備もしてきたし、すぐ返してくれるんなら別にいいんだけど……」
真人としては、むしろ早くして欲しかった。
この瞬間も自分の元の身体は立ち入り禁止のバックヤードで居眠りの最中だ。
もちろん見つかってなかったらだが。
一度同調してしまえば途中で起こされても問題はないと説明は受けているが、本体が目覚めたら記憶が二重になるし、なにより、その後消えてしまうのだ。職員に怒られてる途中で転送が始まったら大騒ぎになるだろう。
それが嫌だから場所選びに苦労した真人が、渋い顔をした。
人体消失事件の主役としてバズられるのは避けたいところだった。
「アイビストライフのみんなって、形式にこだわるよね」
「そりゃ当然だよ!
技術的にも倫理的にも、地球を遙かに超えることをやらないといけない。
何より、これはカナンリンクがやってる地球人の誘拐と同じことだ。
中途半端な説明だけでやるわけにはいかないよ」
「確かに怖いけど、皆を信頼してるよ」
「ありがとう。
でも、できれば意味を分かって欲しいんだ。
真人が真剣に考えてくれた返事を期待してる。
――じゃ、案内するね」
「うん」
シェリオが笑いながら真人の手を引く。
真人も気を抜いて笑ったため、シェリオがまた顔を赤らめた。
本人にとっては素の笑顔で、何でもない仕草だったろうが、見慣れた筈のシェリオでも胸が高鳴ることがある。
シェリオに手を引っ張られながら、真人がふと思いついたように首をかしげた。
「ところで……さ? もう一つ質問なんだけど」
「なに?」
「なんで、よりにもよって僕はこんな外見なの?
そっくりにできないまでも、もうちょっとこう……」
「それ、元々はデュミナスの予備ボディに流用されてたんだ。
デュミナスはカナンリンクの自律制御システム――守護システムだから、性別が存在しないボディにしたがってたみたいだね。
でもフル規格のドライバーが乗るのがそれだけだったから、有志を募って真人用に改良したんだよ。
私たちでは性別を付けるので手一杯だったけどさ!
いやー、でも本当に苦労したんだよ?」
「えと、性別って……その……全部、みんなで……?」
「詳しく知りたい?
真人に嘘は言いたくないから、すべて正直に話すよ」
「いえ、いいです……」
「ちなみに性別は変えることも可能だよ。
女の子やってみたいならいつでも言ってね」
「あ、あはは……遠慮します」
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