第6話 三人娘

《6―1 口写し-紗有里の場合》


「梅、夏、菓子、、、」

紗有里が、口写しの業で発した言葉を、美姫と杏子は聞き耳を立てて聞いた。

神経を集中すると霊の声が聞こえることがあると言うので、早速試してみろと杏子が半ば強制的にやらせたのだ。

「なんか、ホントに聞こえてるみたいね。」

美姫は杏子に囁いた。

「でも、ちょっと内容がよく分かんないな。」

「霊とお話できるなんて。ビックリだけど、杏子の能力に馴れちゃったせいか、普通に聞いちゃってる自分にもビックリ。」

「まぁ、私的には、イライラしかしないけどね。」

そんなやり取りが交わされ、意味不明で、埒が開かない状況に、杏子が業を煮やして口を挟んだ。

「それって『梅、懐かしい?』とかって言ってんじゃねえか?」

瞑想中に指摘を受けて、紗有里はびくりとして瞑想を解いた。

「ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまって。杏子は、ほんとは優しい子なの。誤解しないでね。」

美姫は杏子のフォローを一応はしたが、紗有里的には別段フォローの必要は無かった模様であることを、直ぐに知った。

杏子へ思いを寄せる女性ファンが結構いて、紗有里もその一人だったと言う訳だった。

「芦原先輩、梅、じゃなくて、『お梅』って、なんか丁寧な感じで言ってるように聞こえるんです。」

「は?大事な梅が有って、それが霊になってる原因か?」

「大事な梅、、、?」

美姫は呟いてから杏子と顔を見合わせて、小さく笑った。

「まぁ、霊にもいろんな思い入れが有っての事だから、笑っちゃダメだよな。」

杏子は場を取り繕って、「紗有里、続けてくれ。」と再開を促した。

紗有里は、瞑想を再開して、声を聞こうと集中した。

「ゴ、、、ジデ、、、アッタ、、、、、、」

「は?今度は『誤字であった?』ん~~なんだそりゃっ!?」

杏子は思わず声を大にして言った。

「あ〜〜〜っ、焦れったい!!!」

杏子が、頭を掻きながらイラついているのを他所に、美姫は紗有里の口元に集中して、すぐに杏子の腕を掴んで言った。

「杏子、紗有里ちゃん頑張ってくれてるんだから、そう焦れないで。それに、今の、私分かったわ。なんて言ったのか。」

その時、紗有里はパチリと目を明け、美姫を見た。そして、美姫の言葉に合わせるように口が動いた。

「お梅様、お懐かしや。ご無事でありましたか。」

杏子は背中にぞくりとする痺れを感じた。そして、ゆっくりと美姫に向き直り、「お梅様って、誰?」と呟くように言いながら、美姫の顔を覗き込んだ。

「美姫はホントは聞こえるの?美姫がお梅様なんだね。誰、お梅様って!」

「待って、杏子。今のは、何となく頭の中に入ってきたの。聞こえたわけじゃ無いの。それと、、、。」

「それと?」

「私の遠い祖先に、そう言う名前の人、『阿梅様』って言う人が、いる。」

「絶対その人じゃん!」

杏子は、俄然事の真相に興味が湧いたのか、声に力が籠もっていた。

そして、紗有里に目を向けると、紗有里は既に目を閉じて項垂れていることに気が付いた。

「紗有里、大丈夫か?紗有里っ!」

思わず杏子が叫んだのと同時に、美姫は紗有里に駈け寄り、肩に手を置いて「紗有里ちゃん」と声を掛けながら様子を伺った。

杏子も同様にして紗有里を按じた。

心配そうに見守る二人の時はそう長くかからず、紗有里は意識を取り戻した。そして、不思議そうに二人の顔を見比べながら「私、お役に立てましたか?」と、逆に心配顔を見せたので、二人はホッと胸を撫で下ろした。

杏子は、安堵の顔を紗有里に向けて、両肩に手を置き、「紗有里、メッチャ役に立ったさ。」と力を込めて言った。

美姫も「うん、ホントに。ありがとう。もう、大丈夫?大分無理させちゃったんじゃない?」と労うと、紗有里は小さく首を振って笑顔を見せた。



《6―2 口写し-杏子の場合》


杏子は一呼吸置いてから、改めて紗有里の肩に手を乗せると、「役に立ったついでに、もう一働きしてくれないか。」と、済まなそうな表情を含みながらも、真剣な眼差しで言った。

「もちろんです。芦原先輩や片倉先輩のお役に立てるなら、喜んで。」

そう答える紗有里の表情は穏やかだった。

杏子は二人にこれからやることの説明をした。

その内容は----

杏子は、自分と異種の能力がある人間からその力を借りて、自分の能力でその力を増幅して使うことが出来ると言う。今回の場合、紗有里の口写しの能力を自分の中に取り込んで、一度自分の能力とした後、杏子が霊と話をする口写しの技を使うと言うことである。

「あー、今、芦原先輩がやったようなこととですね。」

「紗有里ちゃん、私はなにもしてないの。あれは、多分お侍さんの能力だと思う。」

「うん。あれはね紗有里、このお侍さんと、お梅さんと美姫との因縁関係が、瞬間的にシンクロしたんだと思う。その因縁関係を、私が紗有里の能力を借りてはっきりとさせる。」

紗有里にしてみると、先程の完璧な口写しは、自分以外の能力が入り込んでいたとしか思えなかったから、杏子の説明にはいささか疑問が残った。

「まあ、やってみれば分ると思うけど、ちょっと変な感じと言うか、、、、私も紗有里だから頼める技で、誰にでも出来ることじゃないから、、、さ。」

いつも物事をはっきり言う杏子にしては、珍しく持って回ったような言い方に、美姫は僅かに不安を抱いた。

「杏子、あまり無理しないで。これは完全に私の問題だから。紗有里ちゃんにも余り負担掛けたく無いし。」

「片倉先輩、私は大丈夫です。私の力が誰かの役に立つなら、いえ、誰かのお役に立てるなら喜んで使って貰いたいです。それがお二人なら尚更です!」

「紗有里ちゃん。」

美姫は、紗有里の腕を掴んで「ありがとう。」と小さく言って、「でも、無理しないでね。」と付け加えた。

「で、何か、言いにくそうにしていたけど、どうやるわけ?杏子。」

「まあ、説明はしないで、行き成り実演がいいと思う。、、、おほん。じゃあ、始めるから、紗有里立ってくれ。」

直ぐ側にいた美姫が心配気に、紗有里の手を取りながら一緒に立ち上がった。

「美姫はちょっと離れてくれ。」

杏子に言われ、ままに美姫は紗有里と杏子から少しだけ距離を開けるように、離れた位置に立った。

杏子は、紗有里に近寄ると、きょとんとしている紗有里の肩を掴んで引き寄せた。

「え、先輩!!!」

美姫も思わず「え?」と声を上げるほど、その距離は近かった。

紗有里は、すっかり杏子に抱きかかえられる形となっているからだ。

急に抱き寄せられた、紗有里は頬を赤らめていた。まるで好意を寄せていた男子に迫られた様にさえ見て取れるシーンだった。杏子は尚も構わず、紗有里に顔を近づけてこれから行うことの説明をした。

「これから、紗有里の気を少し貰って、お前の意識とシンクロするから、お前は私に抱きついて身を委ねていろ。いいな?」

息がかかるほどの近くに杏子の顔があって、紗有里は若干狼狽したが、決して嫌では無かった。

「え?あ、はい!私は杏子先輩に抱き付いていればいいんですね?」

むしろ、紗有里の顔には嬉しい表情が読み取れた。漫画で言えば、目にハートマークが付いていたと言えば、理解がし易いだろう。

「じゃあ、始める。」

杏子は、紗有里の腰に手を回して、紗有里の身体をグッと抱き寄せると、身長差を合わせるように紗有里の顔をツイと上向きにさせて、自らの唇を被せるように近づけていった。

美姫は、何が始まるのか、声を掛けるのがはばかられると言った感じで、息を飲んで見ていた。

杏子は、そのまま紗有里の半開きになった唇に顔を寄せると、そのまま自分の唇を紗有里の唇に合わせて、暫くジッとしたまま動かなくなった。

知らない者が見たら、レズの熱烈なキスシーンでしか無い。それも長く濃厚な。

美姫は、見てはいけないものを見てしまったように驚嘆して、思わず半開きになってしまった口を手で覆っていた。

一分ほど経過しただろうか、とは言え、ただの一分が五分にも十分にも思える位に長い時間だった。

「セ・ン・パ・イ、、、、」

唇が離れると、掠れるような微かな声で、紗有里がそう言ったように聞こえた。

意識を失ったような虚ろな目で、紗有里はグッタリとなって身体を完全に杏子に委ねていた。そんな紗有里を杏子がしっかりと抱き抱える。そして、顔を上げると、美姫の肩に向かって唇を動かした。


「アナタハ、ドコノダレデスカ。ナンノモクテキデソコニイルノカ、オコタエクダサイ。」


杏子の声でも、紗有里の声でも無いその声は、どこか遠くから聞こえるような、部屋全体を包み込んで語りかけるような、不思議な反響をしていて、美姫は鳥肌が立つのを覚えた。

しかし、それ以上に二人に衝撃をもたらす事が、その者もとい、その侍霊の口から聞かされて、二人を愕然とさせたのだった。



《6-3、侍霊の言うこと》


杏子は、抱きかかえている紗有里の口に再び唇を合わせた。

暫くすると、紗有里の身体に生気が戻ったように力が戻って、パッチリと目を開けると、そこには熱い口吻けをする杏子がいて、再び力が抜けたようになった。

「紗有里、生気が戻ったか。良かった。お前のお陰で色々と分ったよ。ありがとう。」

紗有里は、杏子の腕の中から解放されると、よろめいて倒れそうになりながら、最後は腰砕けになってペシャンと床に座った。

「紗有里ちゃん、大丈夫?」

「はあぁ、私、杏子先輩といけない仲になっちゃった。」

「紗有里ちゃん?」

「まあ、可哀想だけど、ほっておこう。」

「そうね、そっとして置いてあげましょうか。」

「それよりも美姫、もしかしたら聞こえた?」

杏子が、美姫の顔を覗き込むように尋ねる。

「うん。実は全部聞こえて、何故か、今もちょっと聞こえる。」

「今もか。それは私達が道を作ってしまったってことだな。」

「道?」

「うん。霊の魂と美姫の魂を繋いでしまって、簡単に言えば、ツーカーになったと言うことで。」

「あぁ、そんな感じなのね。」

先程の、侍霊からの言葉もあって、美姫は少し遠慮がちに杏子に返した。

「やっぱり、、、美姫はただ者じゃ無いと思ってた。私も何でいつも美姫の側にいるのか、分ったわ。お付きの者なのだったとはね。」

杏子は頭を小さく振りながら、「はぁー。」と溜め息をついて右手をおでこに当てた。

「う~ん、昔の話?と言うか、生まれ変わりでもそんなの関係するのかな?」

「美姫、それはもちろんだよ。私に阿修羅の力が宿ったのは、そんなに昔の話じゃ無い。それは美姫と知り合うことになるちょっと前からだから、美姫を守るための備えだったとも思う。はあ~、やっぱりお付きの者だったか。」

そう言って杏子はまたおでこに手を当て頭を振った。

「杏子ぉ~。」

美姫は、慰めるでもなく、微妙な心持こころもちで、言葉に詰まっていた。


侍霊の言った内容の要旨はこうだった。

自分は真田信繁様の家臣で、堀田頼幸であり、信繁の娘である阿梅を、大坂の役の折、陣中から脱出させる任についていたが、敵襲に合い、はぐれてしまった。

阿梅様が無事に庇護してもらう約束の片倉陣に辿り着けたか心配で、ずっと辺りをさまよっていたが、思いがけず阿梅様に出会う事が出来た。(言うまでも無いが、その阿梅様と言うのは、もちろん、美姫のことである。)

また、その侍霊には、阿梅様の姿しか見えないのだか、杏子についても、阿梅様をお守りしているおりんの姿しか見えないと言う訳だった。

その侍は今、美姫の肩に乗っている。杏子にすれば、何故家臣の者が姫の肩に乗っているのか、と言うことになるのだか、杏子にとって問題なのは、今はその事ではなく、侍霊から見た杏子の姿にあった。


「おりん、久しいのう。お主も無事であったか。良かった。遅れてすまなんだ。だが、姫が無事で何よりじゃった。これからはこの又兵衛がお守りする。安心するといい。」

「?・・・オリン?・・・マタ・・ベエ?」

「お主、儂のことを忘れたか!堀田又兵衛頼幸じゃ。」

「ホッタ、マタベエ、ヨリユキ。」

「大丈夫か、おりん、お主、ちょっと感じが変わった感じたが?」

「ホッタ ドノ、ワタシガオリンナラ、ヒメハダレカ。」

「勿論、ここにおられる、阿梅様じゃ。・・・なるほど、さては、お主儂を試しておるな?さすがに、穴山子助殿の娘子じゃ。」

「アナヤマコスケノムスメ。」

「良い良い、もうとぼけずとも良い。お主は、穴山子助殿の娘子でおりん。そしてこちらにいらっしゃるのが、真田左衛門介信繁様の御娘子で阿梅様。」

「サナダノブシゲサマノムスメゴ。」

「して、わしは信繁様の家臣で阿梅様のお守り役堀田頼幸。気は済んだか?」


と言うやり取りがあったのだった。

つまりは杏子は、阿梅の魂を内に秘める美姫の、と言うよりも、美姫の中にある阿梅の守護役であったおりんの魂を持つ者であり、現世に於いてもその役割は変わらずにあって、今こうして引き寄せられた形になっている、と言う解釈となっている訳である。


「さっき、美姫はその阿梅様を知っているって言ってたよね。その真田信繁様の娘さんのことなんでしょ?」

「うん、実は、私の遠い祖先なの。」

「あー、そう言えばそう言ってた。」

杏子は、言いながらハッとして声を上げた。

「そうか、美姫の苗字は『片倉』だ!え?でも何で真田の末裔が片倉さんの末裔に?」

「阿梅さんて、片倉さんに助けられて、その後、助けてくれた片倉小十郎重綱さんの後妻さんになったんだ。」

「へー、じゃあ、両方の血を引く末裔なんだ。」

「ううん。」

美姫は首を振った。

「阿梅さんは、前妻さんの子供を育てるんだけど、自分の子供は作らなかったの。」

「ん?と言う事は、何で阿梅さんの魂が、美姫に?」

「さあ、と言うか、ホントに私の中に阿梅さんの魂が?って感じなんだけど。」

いつの間にか紗有里は意識が戻って、すっかり二人の会話を聞いて、ふんふんと頷いていた。

「誰かの生まれ変わりなんて、凄いですね。実は、私も大谷って姓ですけど、大谷刑部とは、関係ない血筋です。一応、念のため。何か、関係近い感じですけど。」

「やっば。歴史余り詳しか無いけど、大坂夏の陣で討ち死にする二人って事は知ってるから、引き寄せたのかって、一瞬思ったじゃん!」

杏子がビックリした顔で声を上げた。

「って言うか、紗有里はもう大丈夫なのか?結構しんどかったんじゃないか?」

「大丈夫です。私って、意外とタフなんです。ふふふ」

紗有里は、柔やかな笑顔を杏子に向けて、笑って言った。

「でも、たまたまかね。大谷さんが、この因縁関係の解きほぐしに参加してるなんて。しかも私は姫様の守護役、お付きの侍女だ。大谷様の娘なら、どうしたらいい?ホントにさ。」

「杏子、生まれ変わりと今は関係ないから。」

美姫は、真顔でそう言っても、杏子の思いは違った。

「でも、何となく分る。と言うか、道理でって感じで、飲み込める話でもあるよ。姫を守らないとって意識が、私の中に生きてると思うよ。」

めて、杏子。」

「杏子先輩、私は杏子先輩の味方です。」

「何なの。どういう関係になったわけ?私達。」

美姫が二人の顔を見比べて呆れた口調で放った。

「姫をお守りする侍女とその手助けをしたい娘です。」と、紗有里。

「・・・まあ、そんな感じだな。」

杏子が冷めた表情で呟いた。

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