第12話 はなのきもち
『花の気持ち』
花びらのごとき可憐な口元から紡がれる声を聞き、
胸の高鳴りは、おだやかな波のような、ゆったりとした想いへと変わりゆく。
そのたおやかな仕草を見つめ、我がこころは、はるか昔の
はるかな時を超え、遠き遠き、思い出のなかへと。
◇◇◇
「
そろそろ色よい返事をいただけないだろうか?」
わたくしの親しき相手である
もう何度目になるのかわからなくなってしまった婚姻の申し出を、わたくしの手をそっと握りながら、そんなふうに告げてきていたのであります。
「わたくしはあなた様に、
いつか婚姻を受けるとは申しておりませんけれど」
わたくしのそんな言葉に、動揺される大王さま。
「しかし白蓮どの。
断ってもこうしてお会いしてくれるからには、幾ばくかの望みがあると期待してしまうものです」
わたくしはにっこりと笑って、
「あなた様とは十年にも渡る親しき友でありますから、
あたりまえではありませんか」
わたくしの手を握ったまま、
大王さまは次の言葉を探し、黙しておしまいになりましたが、
なんとか、
「私は
そうお言いになって、
やっと、わたくしの手をお離しになられ、
この場を辞されておしまいになられてました。
良い方なのですけれど、やはり少し困ってしまいます。
-◇-◇-◇-
わたくしが、新たに種より目覚めてからの十数年来の親友、稲荷の巫女の絢葉狐さまは、
苦笑いと共に、
「あの人わ、まるでお天気のことを話すみたいな気安さで、
と、そう申しておられましたけれど、
ほんとうにあの方ときたら、
わたくしの顔をみるたびに、そのように申してくるのでありますのね。
永き深き眠りの前の世、
あのお方が生きておられたときのことを語り合えるものなど、
わたくしのどこがそんな風に気に入ったのやら、まったく判らぬことでありますね。
わたくしは、しがない花の精。生まれは千の時の彼方、あの方と同じ頃の生まれなれど、一度は種へと還り、
この地の
新たに人の手によって目覚めてから、まだ十数年ほどしか経たぬ、力も無き只の
-◇-◇-◇-
あれからいくつかの
ある時、大王さまは、迷ったかのように口ごもりつつ、
「白蓮の君、私のことを覚えておりませぬか?
はるか昔、貴女が種に戻り、我が友の一族の墓へと、供を申し出られた前のことです」
「あなたに始終まとわりついていた子どもがいたことを、覚えておられますか?」
さて、
大王さまのような偉丈夫のかたは知らないと思うのですが?
昔を懐かしく思い出すようにしておられたあの方は、
わたくしを見つめて、こう話されました。
「わたしが幼き頃、あなたの花を見たのです。
白く、優しく、可憐で、
何よりも美しかった」
あの方は少しだけ苦笑いのような表情をされて、
「わたしはあの白く美しい花が欲しくて、
こっそりと手折ろうとしたところを、美しい女性にたしなめられて謝ったことがあります。
あの方は貴女ではないのでしょうか」
そう申された大君さまは口を閉じられ、
こたえを求めるようすでわたくしを見つめております。
わたくしは、あの方の問いに応えるものをもとめて、
はるか彼方の、いまより前のわたくしの思い出へと分け入り、
ふかくふかく、むかしへと戻りゆきました。
わたくしはその中に
「すると、あの幼き
ほんに大きく立派になられたのですねぇ」
懐かしき想いが心のうちにあふれてまいります。
「やはり貴女ですね」
あの方はそう言って、お笑いになられました。
そうして微笑みながら、
「あの時は申し訳ありませぬ。
私の遊び相手をしていただき本当にありがとうございました」
大君さまは、うれしい気持ちを隠さずそうおっしゃられたあと、
少し緊張した面持ちで、童が呼んだ名でわたくしを呼ばれたのです。
「
あの日の約束を叶えて頂きとう存じます」
「種へと戻られてしまう前に、約束をしていただきました。
もしもまた逢えたなら、目覚めた後の時を、私にいただけると」
-◇-◇-◇-
なんともはや、奇縁にてごさいますね。
わたくしは少し可笑しく感じて、
小さく、そんな
「奇縁などではございませぬよ」
大王さまはそう申されて、
「これは運命です。私は、そう信じております。
だから厚かましくも、こうして口説くことを続けさせていただいているのですよ」
あの方は、はっきりとそのように申されて、
少しだけはにかむように、穏やかにお笑いになられたのでありました。
なんともあの方らしい、はっきりとした物言いでございましたが、
照れたように笑われたあの方のお顔は、
昔々、はるか遠いときの彼方に、あの
わたくしの胸は、少しだけあたたかさを増したように思えました。
あのはるか昔の頃、
わたくしは、慕ってくれるあの童が大好きだったのでした。
だから、泣きそうな顔で約束を申し出てきた
叶わぬ約束と思いつつも、申し出を受け入れたのでありましょう。
忘れてしまっていたそんなことを、あの頃の想いを、やっと思い出したのです。
さて、この気持ちは、
わたくしはどう片づけてゆくのがよろしいか、
今までよりも、いろいろと深く思う必要があるようですね。
さて…。
―おわり―
注釈.
このお話は、拙作の『ろーぷれ日記』 番外5 −鍋パーティーをしよう?− (ラブソングのようなおはなしでは、第2話)に、端役として出した、
古墳(はか)の主と、蓮の花の精『白蓮』との結婚ばなしを振り返って、物語として再構成したものです。
-◇-◇-◇-
うらばなしへとつづきます
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