午睡する簿記係
必要に迫られて簿記係の求人を出す。小さな事務所なので難航したが、ようやく応募があり、面接を経て採用する。
「ひとつ要望があるのですが」
面接の際、その若い求職者はこんなことを言った。
「休憩時間とは別に午睡の時間をいただきたいのです。15分ほどで結構なのですが」
「それくらいは構いませんよ。仕事をこなしてくれさえすればね」
「ありがとうございます」
実際、簿記係としての能力に不満はなかった。数週間で昇給の検討を始めたほどである。ただ問題があるすれば彼女の午睡――単に眠るだけならば問題ないのだが、どうやら彼女は夢を見るのだった。その夢がすこし特殊である。通常ならば夢は本人にしか見えないはずだが、彼女の夢は他者にも見えるのだ。
長椅子で睡る彼女のまわりに白い薔薇が咲いている。そんなものが事務所にあるはずがないと思っていたが、15分が経って彼女を揺り起こすと、その薔薇は幻のように消えてしまった。
「もしかして薔薇の夢を見ていたのでは」
「ええ薔薇園を歩く夢を。よくわかりましたね」
「まあ、なんとなく――」
彼女を採用して半年が過ぎたころ、とんでもないことが起きた。急ぎの用件が舞い込んできて、睡っている彼女を残して出掛けたところ、私の事務所が深い森になっていたのだ。たぶん彼女の夢だろうなと思った。ややこしい夢を見ているにちがいない。やれやれと思う。揺り起こしてやらないと耳元で銃声がしても熟睡するのが彼女の性質なのだ。
薄暗い森のなかに入っていくと、ひとりの隠者が蝋燭の灯りで本を読んでいた。簿記係はどこにいるか訊いてみる。隠者は長々と話を始めた。それはこの森の奥に眠る古城にまつわる伝説で、まったく嫌気がさすのだが、このようにして私の大冒険は幕を開けることになる。明日までの急ぎの仕事はあるというのに。
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