青く燃える少女
彼女の影は青だ。
そのことに気づいたのは秋の初め、午後の陽光が差す第5閲覧室でだった。
壁に映じた青色の影は、懶げに頁を繰る彼女の仕種を模写している。
彼女がいつも日傘を差して歩き、この薄暗い第5閲覧室に好んで足を運ぶ理由は、どうやらその青い影を隠すためにあるようだった。僕は彼女に話しかけ、いくつかの言葉を交わし、そして儚い恋をした。
いつかの夜――並木の枝々が当夜の月光を寸々に裁断して街路に撒き散らしていた夜――彼女は冷えきった眼球を揺らめかせて痛いと囁いた。
血液が凍るほど彼女の躰は冷たく、影は深い青だった。
解熱剤を嚥んで微睡んでいると、彼女は影に飲まれて薄くなる。
繁華街に連れ出して菱形の街灯と虹色の喧騒を浴びせ、少量のアルコホルを舐めさせてやれば何とか自分の輪郭を思い出すようだったが、相変わらず彼女は痛そうな顔をしていた。
痛い。冷たい。寂しい。
感傷が訪れると彼女の影は一層鮮やかに青を配色するらしかった。
僕はもうすぐ彼女がこの世界から消えてしまう気がした。
あるとき、枯葉が彼女の躰をすり抜けて落ちた。地面に落ちたその枯葉が影に触れると、彼女の青い影は音もなく燃え上がって、そして全てが終る。彼女が青に蝕まれた後、もう僕は彼女の顔も名前も覚えていない。ただ疼痛のような寂しさがそこで揺らいでいるだけだ。
その寂しさすら、秋に唆されて錯覚したもののような気がして――
僕は誰もいない並木道を静かに歩いていく。
その時すでに、僕の心臓は寂しさで青く錆びつき始めていたのだったが。
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