城のメモ
【絵画陳列室】
大量の絵画が壁面を埋め尽くさんばかりに飾られている。
風景画は今にもその湖面に波紋が広がり、木々のざわめく音が聴こえるようだし、静物画はそれに鼻を近づければその果実の瑞々しい香りを嗅ぐことができるのではないかと思わせるほど。いずれも写実的だ。時折、画から果物や花弁が音も無く床に落ちる。それは掃除係がすぐに片づける。
【舞踏室】
常に人の気配があり、靴音が聞えるが、だれもいない。
【図書室】
高い書棚が林立しており迷路のような場所だが、本当に迷ってしまうこともあるので注意しなければならない。奥の方に行くと書棚が苔に覆われ、床は水浸しで、本物の森に繋がっている。
【応接室】
長椅子に腰かけると暖炉の上に飾られている剥製(鹿の首)が「やあ、ようこそ」と声をかけてくる。
【螺旋階段】
階段ですれ違う者の顔をよく見るとそれは自分自身である。
【寝室】
狭い部屋だが、どれだけ歩いても寝台に辿りつけない。
【食堂】
広い卓に深紅の皿が一枚だけ置いてある。
【書斎】
時間の流れ方が異なるらしく、長居すると老人になっている。
………
●『城』は存在しているのか?
城にはだれでも入ることができる。城門には門番がいる。だが入城の際に門番に誰何を問われることはまず無い。門番は何事にも関心を示さず、凝と空ばかり眺めているだけだ。時折、律儀な来訪者が「よろしいですか、入城しても?」と訊ねる。しかし、ただ一瞥をくれるだけで門番は何も答えない。
門番は考えている。城を訪れる者はこれまでに数多く見てきたが、城から立ち去って行く者を見たことは一度も無い。その意味するところは何だろう? もしかすると『城』なんてものは存在していないのではないだろうか。
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