第22話 暗闇の中の蛙は恐怖
赤子に聖水を飲ませるのが体にいいのか、どう成長に影響するのかはさておき、住まいの修繕よりも先に食べ物の確保が重要だとディーツはようやく気がついた。家の中がいくら寒風吹き荒れようが、腹が減っては生きてはいけない。
姉や魔王の話を総合すると、魔王が買ってきた食べ物は主に魔族が食するものらしく、こちらの大陸に住まう獣人や獣人に近い種族がほとんどの子供たちは食べられなかったらしい。
結果、飲み水すら確保できない状況で姉の聖水だけが命綱になったようだった。
買い物すらしたことのない姉と獣人の生態をよく知らない魔王の二人には子供たちを育てるのは不可能だと実感した瞬間だ。
魔王に頼んで近隣の街まで跳んでもらい食材を買い漁り、もちろん支払いはミューに任せ(ヤツが帰らなくて心底良かったと安堵しながら)、渋るどころか爆撃魔法を駆使して暴れまわるリートンと泣きじゃくるアムリを無理やり城の奥にあった厨房に放り込んだ頃にはすっかり日は暮れていた。
なんて長い1日だったと半壊の城を外から眺めうなだれているところに、ギャッソがやってきた。
「子供たちは浄化しておきました。じきに、夕飯ができるでしょう」
「リートンとアムリに任せておけば、とりあえず食える飯ができあがるから安心だな。蛙どもは厨房には近づいてないだろう?」
「寝室と食堂辺りをうろついてました。給仕は神官殿とミューさんが行うようなので、厨房には近づかないでしょう」
4人の仲間の中で料理が一番うまいのはギャッソだが、彼は浄化が使えるので外で遊びまわっていた子供たちをとにかく清潔にしてもらった。風呂場も奥にあって無事だったので、明日はリートンに湯を作ってもらって放り込むのもいいかもしれない。
ちなみに半壊した城は入り口から半分が吹っ飛んでいる。ロの字で城は築城されているが、門から中庭辺りまでがキレイに吹っ飛んだ形だ。
3階建てで入り口付近は門と兵の詰め所、武器庫、馬屋、王の執務室など主に政務に関する部屋が多かったようで、居住区は奥に固められていたため、軒並み無事だったのが幸いした。姉を筆頭に子供達も奥で寝ていたので無事に済んだようだ。
兎の話では、コの字に作り替える計画だ。半分になろうと、特に困ることはないので了承する。ただし、周囲に民家を建設したほうがいいと言われたため、金額が70軒ほどの料金になった。
羊の財布も底なしではない。むしろそろそろ尽きかけている。金の工面が急務だった。
「すぐに仕事を与えられる10歳は5人、育てる必要がある4~9歳が30人、自分の世話が難しい0~3歳が78人。半獣人や獣人の子供ばかりです。どうやら、あの騙りの聖女は幼子が好物だったようで、あまり大きい子供は攫ってきていないようですね。アーティエルは0歳で数えてます」
「やっぱりそうか。なんか小さいのがうろちょろしてるとは思ってたが。しばらくは俺たちだけで金を稼ぐしかないな」
「どうします?」
「暗闇の森の木は結構高く売れるらしい。ここを整えるのに必要な材木や職人を連れてくるために境界の街からここまでの木を伐りまくってきたから、明日あたりに査定額が出るだろ。売れた分の金は一部生活費に充てよう。まあ、城やらの修繕費もかかるからどれだけ生活費に充てられるかは謎だが。こっちで売れるものを明日調べてくる。食べ物だけじゃなくて、服も靴も生活に必要なものは一式揃えなきゃなんねぇ」
「なんとも大所帯で、にぎやかになりました」
ギャッソが柔らかい笑みを浮かべて、ぽつりとつぶやいた。
仲間と明日のことを話す事柄といえば、魔族をどう殺すか、いつまでに片づけるか、そんな話ばかりだったのが嘘のようだ。
静かな夜でも城の中からは子供たちの騒々しい雰囲気が伝わってくる。
生きて、動いている者を殺さなくてもいい。ここにいるのはむしろディーツが守るべき者だ。そんな存在が大勢いる、それがとても嬉しい。
魔族は弱肉強食で生きてきたらしく、怯えられこそすれ憎まれることがない。人間であれば報復くらいは考えそうだが、歯向かう気はないのだと魔王やミューからは告げられている。
だがそれで自分の勇者としての行いが正当化されたとも思えない。
神から与えられた使命だから、国から命じられたから、言い訳はできるが行ったのは確かに自分なのだから。
ぎゅっと手を握る。
ふとアーティエルの小さなぬくもりを思い出した。
紫の真ん丸の瞳に、自分よりもずっと小さい小さい柔らかい手。
彼女に顔向けできないような自分にはなりたくないと強く願う。
「明日からもよろしくな、ギャッソ!」
「お手柔らかにお願いします」
二人で笑いあった。
その瞬間、青白い炎が建物の左手側から吹きあがったのだった。
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