第21話 聖水って…
見積もり額は民家70軒分ほどの値段がした。中途半端に崩れているところを補修するより、一から作り直したほうがいいとなったためだ。
提示された金額に、半ば予想していたことだが、ため息をつく。
金は少しづつ払うと言えば、手付金だけもらえれば月々返済で大丈夫とのことだった。その返済額も一家の一月の稼ぎの20倍ほどだが。
「斬るぞー、どいてろよ!」
境界の街の北にある暗闇の森を前にしてディーツは刀を抜いて立つ。
そのまままっすぐに森に向かって走った。
乱立する木をとにかく切りまくる。いつもそうだが、『サイクル・リッパー』は切るものの感触は空気を切っているように手ごたえが何もない。どれほど硬いものだろうが、すとんと切れる。
どうっとたて続けに倒れる木々を茫然と見つめていた兎———レヴェルリアはほうっと感嘆の息を吐いた。
「これが聖女の首を切り落とした者の実力か…」
「な、嬢ちゃんはすごいだろ。あの細腕と折れそうな剣でなんでも切っちまう。本人は剣のおかげだって謙遜するが、もともとの技量が別格だ。速さも正確さも単なる玄人の域を越えてる。剣筋なんてまったく見えねぇ。ま、あの蛇女は聖女じゃなかったらしいが。聖水どころか治癒術すら使えなかったようだ」
聖女は力の段階により階級がある。聖水の効能によって分けられる。一番下の階級が灰色で、聖水は作れず治癒術が施せる程度になる。蛇女は手下の蛙の怪我どころか、自分の怪我すら治せなかった。エサを食べると飛躍的に回復力が増すだけのようだ。
にやりとヨォルが笑うが、兎は顔を顰めた。
「お前が自慢することではないがな。しかしこの力を使わない手はないな」
兎の言葉に、ヨォルも頷いた。
こうして、境界の街からかつての王城がある広場までの道が開拓されることになるのだが、もちろんディーツは知る由もない。
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「ねえちゃん、頼みがあるんだが…」
乳児室と名付けた5人の赤ん坊が眠る部屋へと入ってディーツは飛び込んできた光景に絶句した。
「ちょうどいいところにきたよぉ、ディーくん。あっちの子もお腹減ってるみたいなの、手伝ってぇ」
姉は椅子に座りながら腕に赤子を抱えて匙で液体を飲ませていた。姉が示す先には顔を真っ赤にして泣いている赤子が床に置かれた籠の中にいる。
よほどお腹が減っているのだろう。確かに、すぐに飲ませてやりたい衝動に駆られる泣き方だ。だが、先にディーツには正さなければならない問題があった。
「ね、ねぇちゃん…それ、何を飲ませてるんだ?」
「え? 見てわかるでしょうぉ。ディーくんにも出かける前にあげてたじゃないの」
小首を傾げた姉は、不思議そうにディーツを見つめてくる。
彼女の目の前のテーブルにはきらきらと淡く輝く透明な液体が、器に入っていた。姉はそこから匙で掬ったものを乳児に飲ませているようだった。
「俺が出掛ける前って…、やっぱりそれって聖水か?!」
「お腹いっぱいになるんだってぇ。眠りもグッスリなんだぁ。それにね、なんたってタダだよ、おねぇちゃんスゴいでしょぅ?」
「聖水はミルクじゃあねぇなあぁっ!!」
褒めてと笑顔を向けてくる姉に、ディーツは心の底から声を張り上げたのだった。
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