第12話 酒は飲んでものまれるな!
境界の街の案内人はそもそも見定める役目がある。魔界の出口から出てくる者は様々な魔族で、友好的な者もいればそうでない者もいる。後者が圧倒的に多く、一匹いれば厄介な相手であることがほとんどだ。
そのため、街に害異を加えるかどうかを見定め、もしも悪意のある者ならば仲間を呼んで討伐する。それが、案内人の務めだ。
もちろん前者であれば歓迎し、きちんと街の中を案内する。気に入れば定住してもらっても構わない。
そうして街の人口は増えつつあった。だが、ある日を境に、街の人口は激減した。
街のはずれに聖女が現れたからだ。それも『血濡れの聖女』が―――。
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「ヨォル、それは俺の酒だ!」
夕食はヨォルの案内で、街の南にある小さな食堂へと連れてこられた。そこはグレンテスの家族が経営している店らしい。亜人は店を出すが、魔人は店を出さないということだろうか。どちらにしても上手い料理が食えるのならディーツに文句はない。
酒が入ったジョッキを筋肉男から取り返しながら、一息に呷る。
「こんなちびっこの美少女が酒も飲むんだから、世の中不思議だな!」
「最初見た時は悪魔に騙されているのかと驚きましたが、悪魔が搾り取られてるんですからねぇ」
「よし、お前ら、ケンカなら買うぞ?」
「腕っぷしも立つって言うんだからやっぱり不思議だな」
「まあ、魔界の出口から無傷で出てくるのだから相当なものですよ。それに一瞬で獣人や魔人を倒した腕といい……あなたが例の件を頼んだというのも納得ですね」
「だろー?」
得意げに胸を張るヨォルに、はあっと息を吐く。
「結局のところ、その聖女は何者なんだ?」
「まあ、ここではその話は控えてください。ヨォルも往来で話すことではないですから、今後はやめてくださいね」
グレンテスが細い狐の目をさらに鋭くして、小さな声で忠告する。
店には客がほどほど入っているが、彼は何かを警戒しているのか、三角の耳がせわしなく左右に揺れていた。
「そういうことは後だって。とにかくまあ食って飲んでくれよ。ここはこの羊の悪魔持ちなんだろ?」
「えエ、そウナるト思っテいマシた」
「お前何気に金持ちだな」
「お褒メニ預かリ光栄デす」
「ミューさん、褒めてるかどうかは微妙なところだよ」
「むしろもっと搾り取ってやろうって魂胆が見えるわよね」
「貴賤の心に差別はありません」
「ディーツさまのお仲間はなかなか愉快ですね」
「お前のその感想はどうかと思うぞ」
クロームは神殿に勤めているので、ほとんど外に出ることがない。結果的に食事も神殿の中の質素なものを食べていたので、必死だ。ひとしきり食べきった後で、ようやく周囲に注意を向けられるようになったらしい。
「ここの料理は本当に絶品ですね。とくにこの煮たものがおいしいです」
クロームは手前の器に入った料理を指し、満足げに言う。甘辛い味だが、ピリリとした刺激がいいアクセントになり、ついつい手が出る。
「国は滅亡しましたが、郷土料理は変わりません。それはここの名物料理『フルフーゼ』です。カラメの煮物ですね」
「カラメなんて生き物は初めて聞くな」
「ここいらで生息しているウサギのような動物ですからね。空を少し跳ぶので撃ち落として捕えます。狩猟も盛んですよ」
「俺は案内人兼狩人だからな。狩りがしたくなったらいつでも声をかけてくれ。こんな別嬪の頼みならいつでも聞くぜ」
「視線に俺を含んでんな!」
睨み付けてやると、嬉しげに笑われる。真性だ。関わらないでおいたほうが身のためだと悟る。こんな時は酒に限る。
「おい、お代わりだ」
「はーい、ただいま!」
小さな狐の少女が可愛いらしく返事をしてかけていく。
「ああいうのを可愛いって褒めろよ」
「妹ですから、そりゃあ可愛いですよ」
ディーツは姉を思い出しながら、そうだなと頷く。着いてすぐに姉の行方を尋ねたが、グレンテスもヨォルも黒髪の聖女には心当たりがないという。
ミューは王と一緒であれば身の安全は保証できると言うので、ひとまず捜索より半年間の魔界暮らしの脱却をはかることにしたのだが。サバイバル生活が長すぎて人間らしい生活に飢えている。
だが、ふとした瞬間には姉の現状について考えてしまう。
「アンタのおねぇさんなんだから信じてあげなさいよ、大丈夫だから」
「わかってるよ」
不貞腐れるように思わずそっぽ向いてしまうが仕方がない。
「お待たせしました!」
にこやかな笑顔の小さな狐顔が見えた。テーブルの上に新しいジョッキを置いていく。
「ありがとな」
「いいえー、楽しんでくださいね」
パタパタかけていく小さな背中を見送ってゆっくり味わうように酒を飲んだ。甘口の酒だが後味にほどよい苦みがくる。余韻を堪能しているとばたんと食堂の扉が開かれた。
「グレンテスはいるか?! アイツらが来たんだ!」
駆け込んできた男の言葉で、店の雰囲気は一変したのだった。
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