第11話 黙っていただけなんです

狐はこの境界の街で案内人を勤めているらしい。魔界の出口からこの大陸にやってきた魔族にこの世界の仕組みを説明し、馴染んでもらうようにサポートをするのが仕事だ。今までは主に魔族が相手だったので、人間だと勝手が違うようだと考えたが、今ではすっかり認識を改めたのだという。

襲われてもディーツたちならば先ほどのように返り討ちにできてしまうので。


なので通常行動になった狐は案内をかってでた。その言葉に甘えて彼にひとまず、宿屋へと連れてきてもらった。前払いとのことで、金は羊を脅して出させた。当然のことながら通貨も異なる。そもそも初めからアムレス大陸の通貨もわずかしかもっていない。

つまりディーツたちはほぼ無一文だ。


部屋はベッドとソファーが置いてあるだけの簡素なものだったが、半年間も野宿生活だったのでベッドがあるだけでもありがたい。

街の共同浴場を使えるらしいので、早速入りに行く。魔界の川やリートンに魔法で湯を作ってもらったりしながら体を清めたりはしていたが、普通に入れるならそちらの方がありがたい。

ちなみに体を清めることに興味のない羊は街を探索してくると言って出掛けてしまった。


皆で街の外れにある共同浴場に向かい、上がったら外で待ち合わせた。まだまだ日は高いので人はまばらだ。ゆったりと入って外に出た頃には西日が差していた。


「えらく綺麗なねぇちゃんだな、ちょっと一杯付き合わないか?」


共同浴場を出てすぐの木陰で涼んでいると不意に声をかけられた。ディーツにとっては女に間違えられるのは日常だ。相手に目を向けずに簡潔に答える。


「俺は男だ、分かったならさっさと失せろ」

「男だぁ? まじかよ…」


男はおもむろに手を伸ばしてきた。体を触って確かめようという魂胆だろう。それを見えない壁が弾く。


「うお、なんだ?!」

「余計なことを…」

「大した手間ではないので、許して下さい」


いつの間に出てきたのかギャッソが軽く頭を下げた。ギャッソの結界術は瞬時に構築される。確かに彼にとっては息をするように簡単なことだ。


「坊主だと? こんな混ざりもんの街で何やってるんだ」

「坊主が珍しいのか?」


顔を向けるとやたらと筋肉質な男が立っていた。アムリと似たような胸当てだけを着て長ズボンという簡素な出立だが、もちろん目の保養になるわけもなく。目立つ紫紺の髪に視線を送る。

人間にしては珍しい色合いの髪だ。亜人なのだろう。


「そりゃ、僧侶や神官なんぞこの街には近寄らないさ。そもそも生粋の人間がいねぇんだが…人食い種が多いからな。それにやつらは魔族や亜人嫌いで有名だろ」

「一般的にはそうだな。だが、こいつらは別だろう?」

「簡単には食われませんし、少なくとも相手を見てから判断しますよ」


共同風呂を出てきたクロームにも声をかけると、彼は立ち話をしている三人を見回してすかさず答えた。状況把握が速くて助かる。


「神官までいるのか。そうか、お前らがグレンテスの言ってた魔界の出口から出てきた人間なんだな?」

「グレンテス?」

「狐の獣人だ。この街の案内人をしてるだろ。俺も案内人の一人だ、ヨォルと呼んでくれ。困ったことがあれば何でも聞いてくれよな。ついでに俺たちの頼みを聞いてくれないか」

「はあ?」


胡乱げな瞳を向けると、ヨォルは人好きのする笑顔を浮かべながら口を開く。


「聖女さまを殺して欲しいんだ」



#####



「おいこら、羊! テメェ、どういう了見だ?!」

「チ、チョッと、オ待ちクダサイぃ。話ガ見えナイノですガ」


宿に戻ってきた羊の襟首をつかんで持ち上げると、羊は無表情ながらジタバタと暴れた。ここは男たちが割り当てられた部屋だ。ベッドは三つ並んでいる。もちろん羊の分はないが、彼も一応はこの部屋へと戻ってきた。入ってきた途端に、ディーツが締め上げた形だ。


「案内人にこの街の話を聞いたんだってさぁ。ミューさんが色々と隠してたから、ディーツがキレちゃったんだよ」

「胡散臭い羊にのこのこついていくディーツが悪いのよ」

「無事に着いたのが何よりです」

「お前らはどっちの味方なんだ!」

「まあ、ちょっと落ち着いてみましょう。話を一度整理することも大事ですよ」


クロームに宥められ、ぱっと手を放すと、すとんと羊は床に立つ。所作が無駄にキレイなところも腹が立つ要因だ。


『魔界の出口って出るときにこっちの世界の時間軸がずれるって?』

『そうですよ。同じ存在が同じ世界に二つ存在しないように調整されていますが。入るときにも時間がずれるのか、魔界の時間の流れとこちらの世界の時間が異なるからか、まあきちんと調べた者はいないので詳しいことはわかりませんが、希望した時間軸に行けないことのほうが多いですね。ひどいときには千年単位でずれますから。ですから、出口なのですよ。私たちを追っていた魔族も出口から出てこなかったでしょう?』

『ギャッソの結界に阻まれたから出てこなかったわけじゃないだね』

『それも多少は影響したでしょうね。ただ、よほどの覚悟がない限りは魔界の出口にはいきません。魔界に飽きたとか命からがら逃げだしたとか、まあエサがなくなったとかですかね』

「やっぱりディーツが聞いてきた話のとおりみたいだね。で、ここがあっちの大陸で魔界の出口に入って1日しか経っていないってのも合ってるんじゃない?」

「早く着イテ良かっタデシょウ」

「お前が言うな!」


ヨォルと話しているときにふと暦が違っていることに気が付いた。大陸が違うが神殿が普及している暦は共通だ。だが、半年ずれているにしても話がおかしい。突き詰めていくと1日程度しか経っていなかった。

正直なところ、半年分をなかったことにできたのはありがたい。だが、失敗していればもう二度と姉にも会えなかったのだ。


「アンタはおねぇさんに会えるまで魔界の出口を何度でもくぐるわよ。結果は一緒だわ」

「そうだよね。ディーツが諦めるわけないもん」

「そうなんだが! だからってこの羊を許せるかと言われれば、無理なんだよっ」

「聞かレナイこトハ答えよウガありマセん」

「開き直るなよ…しかもここは探してた森の都ではないらしいな」

「あア、そウデシた。なんデモ森ノ都は昔ニ滅ぼサレテいルトか」

「話が全然違うじゃねぇか!」

「場所ハ合ってイマスが、こチラの世界ノ時間軸がよクワからなイセイですヨ。あちラノ大陸ばカリイてイリス大陸のこトハほトンど情報ヲ持っテイナいンデす」

「即答したのはなんだったんだ?!」


尋ねた時にはすぐに答えたのはミューだろうに。


「そウイエば、こコニは聖女ガイるらシイデすよ」

「話を突然変えるな! 知ってるよ、本物の『血濡れの聖女』だろ?」

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