第10話 狐の心は…
「こんなに人間を見たのは初めてです…」
目を瞬かせながら、狐が唸るようにつぶやいた。ディーツは周りを見回して、確かに往来を行きかうのは、獣人や亜人、魔族といったものが多いようだ。獣のしっぽや耳、頭などの形が様々で、見ていて飽きない。だが人間もいるように見えるが違うのだろうか。
ディーツのような普通の人間には相手の種族がわかるような鼻は利かないので、見た目で判断するしかないのだ。
「しかも生粋の人間ですか…少し厄介なことになりましたかね」
「別に問題がなければ暴れたりしないぞ」
「いえ、あなた方ということではなく…あのあなたの隷属ということでもないんですよね?」
「私ノ隷属に見えマスカ?」
「いえ、決して見えないのですが、一応そうだったらいいかなぁと。問題が減りますので」
ミューに尋ねた狐は返答を聞いてがっくりと肩を落とした。何が問題になっているのか、ディーツにはいまいちわからない。
「生粋の人間が何か問題でも起こしたのか?」
「起こしたというか、起こすというか…そうですね、ああ、もうやってきてしまいました…」
うんざりしたように狐が視線を向けると、向こうから大中小の三人の男たちが現れた。二人は魔族で、もう一人は虎の獣人だ。
「うまそうな匂いがすると思えば…お客さんかな?」
「そうだなぁ。しかも誰の手もついていない四人だ」
「女はきちんと等分で分けてくれよ! 生粋の人間の女は二人、だよな…?」
自分が女として数えられているとは思うが、状況がわからないのでディーツはぐっと我慢した。
「街での揉め事はお断りですよ」
「うるせぇ、グレンテス。お前に用はないんだよ」
「こんなにいい匂いがするなんて、生粋の人間ってのはいいものだな。狐にはわかんねぇんだから、さっさと失せやがれ」
「こういう揉め事の処理も私の仕事のうちなんですが…」
「つまり、これはどういう状況だ?」
ディーツが呻いた狐に問いかければ、うんざりしたような声が返ってくる。
「人間をエサとしてみてる種族も大勢住んでいるんですよ…つまり、喰われるってことです」
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この世界は三柱の女神がその御身で灼熱の水に身を沈めて大陸となったと言われている。そのため、大陸の名前はその女神の名前がそれぞれつけられている。女神たちは姉妹で、長女がアムレス、次女がイリス、三女がノルワ。その女神の特色を受け継いでいるため、大陸ごとにそれぞれの女神の考え方や宗教があり、独自の文化を広めている。
サイクル王国があるアムレス大陸は主に人間が住む。慈母神アムレスを祀った神殿が力を持ち、多数の聖女、神官を有する。洗礼式があり、10歳で親元を離れるなど神殿を中心とした生活様式となっている。
慈母神という名前がついているが、寛容なのは自分の姿に似た人間だけだ。亜人なども迫害の対象になり、獣人や魔族などは見た目から差別される。大陸にまったくいないわけではないが、扱いはほとんど奴隷並みだ。立ち入りすら禁止されている都市や国が多い。
法力を始めとした神から授かった力を使う者が多く精霊術、僧力など系統によって分かれる。
反対に獣人や亜人が多いのはイリス大陸だ。そもそも女神イリスが半獣であり上半身は人間だが下半身は虎と馬と蛇が混ざったような姿をしている。かつて慈母神アムレスを広めようとイリス大陸に渡った神官と聖女がいたようだが、根付いたのはイリス大陸の西側の帝国のみだ。その帝国が布教のために作った東端にある公国も魔族によって滅ぼされたらしいので、ほとんど唯一イリス大陸に存在しているといってもいいだろう。
そのため極端にアムレス大陸の神官や聖女は少ない。イリス教徒は聖女はおらず神父と呼ばれる人物が教会を開いて信仰を集めている。
イリスが力を授ければ身体強化や怪力持ちになったりするらしく、明確な技はないようだ。長命で病気などにもなりにくいとされる。
世界の異なる魔界の住人である魔族の受け入れも積極的に行っているため、交流も盛んだ。彼らとのハーフも多いため、魔力をもとにした魔術が発展している。魔力はもともと魔族しかもっていないものだが、血が混じった者なら多少は使えるので、広く使われるようになったのだろう。
リートンが魔族とのハーフであるため、仲間のなかで魔法が使えるのは彼女だけだ。最初に仲間にしたときは人間のふりをしていたので、彼女が魔法を使いだしたのはずいぶん後になってからだが。しかもサイクル王国には戦闘の詳細を伝えていないので魔族と戦っていたのはディーツとアムリが攻撃したと思われていた。
魔法だけでも厄介な話だが、そこに獣人の身体能力が共存しているのでイリス大陸には厄介な種族が多い。
ちなみに言語に関しては共通だ。女神同士の仲が悪いため口喧嘩できるように共通の言語を使っている。ただし話言葉は共通でも文字となると異なる。なぜなら相手の悪口を書いてもばれないためだと言い伝わっている。それぞれの経典、聖典には相手の女神への悪口がびっしりと書かれているらしい。同じ音でも書く文字が異なるというわけだ。そのため文字はアムレス文字にイリス文字、神聖文字と多種多様な字が存在する。話せても読めない事態が起こってしまう。
音は同じなので、一度覚えればすぐに使えるようにはなるが。
このように大陸が違えば住んでいる者たちの思考も性質も異なる。
ディーツたち生粋の人間が、捕食者に狙われると狐の獣人は説明した。
ただし襲ってきた三人を一瞬にして無力化した力を見せつけられて、呆然としていたが。
一人はディーツに斬られ、一人はアムリに弓矢で射られ、一人はリートンに魔法で氷漬けにされた。
それをギャッソが結界に閉じ込めて終了だ。
狐に視線を向ければ、笑顔をひきつらせて後はこちらで対処させていただきますと答えたのだった。
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