第9話 羊の無表情は心を映しません
「おい、羊。二番出口を出たら森の中だって言ったよな?」
「そノヨうニ聞いテイマす」
ディーツが魔界二番出口を出ると、広がっていたのは森ではなく街だった。
石畳でしっかりと舗装された道が広がり、両脇にはレンガ造りの二階建ての家が立ち並ぶ。
通りを過ぎる人たちはのんびりと午後の昼下がりを満喫しているようだった。
のどかな光景だが、よくよく見れば獣人と亜人と魔族が入り混じっている。
「久しぶりのお客様ですね、ようこそ境界の街ガフェリアへ」
ディーツが羊を締めあげていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、二足歩行の狐の獣人が帽子を脱いでお辞儀している。しゃれた服に身を包んだ黄金色の毛並みの狐を睨みつけると、狐は細い目を少し開いた。
「おや? 魔界の出口から人間が出てくるとは珍しいこともあるもんだ。しかも、悪魔と一緒ですか」
「悪魔ぁ? お前、悪魔なのか?」
「あれレ、言っテませんデシたか。まあオ気にナサラず」
「お前のセリフじゃねぇな!」
無表情な羊の顔だと謝罪もふざけて聞こえる。本心からの言葉ではないに違いない。そもそも悪魔が横にいると知って気にしない人間などいるのだろうか。
「ちょっとディーツ、入り口で立ち止まられると困るのよ」
「後ろからすっごい顔して追ってきてるんだから早く出て!」
「結界は張っておきましたが、魔界ではいまひとつ強度が弱いですね」
「私の法術もうまく効きませんでした。神の息吹が少ないからでしょうか」
「だから、リートンに所かまわず魔法をぶっ放すなって言っただろうが!」
「何もないところだっていったのはミューさんだよぉ」
「間違えマシた、申シ訳あリマセん」
「相変わらず嘘くせぇ謝罪だな」
「ええと、お取込み中ですかね?」
続々と入り口から現れた一行を迎えて、狐は困惑げに瞳を細めた。
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ミューの案内でさらに1日東へ進むと魔界1番出口とやらはすぐに見つかった。一瞬背景に溶け込んでいるが、木々の間に目を凝らすとぼんやりと後ろの景色が揺らいでいる。
だが、言われなければわからない程度だ。
実際、人間が迷い込むこともままあると羊は無表情で答える。その人間の末路については語られなかったが。
意を決して飛び込んでお花畑が広がる場所に出た時には目を疑った。
異形の者たちが住むような場所はもっと暗くてじめっとしていて暗雲立ち込めるような場所ではないのか。
「1番出口ハ平和デす。魔界の東ノ最果てニナリまスノで、こンナトころにやッテくるよリ5番出口や7番出口カラ人の多イ国に行っタホウが効率ガイいンデす」
効率については人間を捕獲するとかそういう話だろう。あえてスルーする。
花畑を眺めながら、アムリがどれくらいで2番出口に着けるのかを尋ねた。
「こコカラなラ半年ほド行っタトこロデスかね」
「半年だ?!」
「大陸ガ違うんデスカらそレクらいハカかりマスよ。王さマノようナ転移魔法ガ使えルナらまダシモ、皆さマ徒歩でスカら」
確かにイリス大陸に渡るためには東の端のギイタム王国から船だけで半年かけて渡る必要がある。魔界が歩いて渡れるならそちらのほうが断然速いのだが。
「もっと簡単に行けるのかと思ってたわ、こっちもあんまり変わらないのね」
「仕方ないが、半年も野宿とかなんの用意もしてないぞ?」
「せめて街とか宿とかないの?」
「魔族ハアまりそウイうこトハシマせん。途中ニ集落があルノデ襲撃さレレば寝床ぐライは確保でキマスよ?」
「襲撃する勇者ってどんなだよ…まあもう勇者じゃないけどな」
「皆さマナら簡単ニ制圧でキマスが」
「目的からずれてるからさ。ミューさん過激だねぇ」
そこから半年の間、サバイバルが始まった。寝るときはギャッソの結界を張っているので襲われる心配はなかったが、起きた瞬間から囲まれていることが多い。結界に張り付いた魔族を蹴散らすことからやらなければならなかった。爽やかな朝の日課だ。
魔物やよくわからない木の実を食料によくまあ生き延びたなと感心するほどだ。
そうして、何日経ったのか曖昧になった頃に2番出口に近づいたと羊が告げたのだった。
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