第13話 どちらも成長期は終っています

「何だって夜にやるのよ…」


街の北にある森へと入りながら、アムリがはあっと深いため息を吐いた。


「そりゃ相手が夜行性だからだよねぇ」

「そういう意味じゃなくて! 何も今日やらなくたっていいじゃない…」

「明日はもう出発するだろ。明日やるのも今日やるのも変わらねぇな」

「これだから勢いある脳筋は嫌なのよ!」

「いやいや、ねぇちゃんの筋肉はまだまだだな」


サムズアップしたヨォルにディーツは剣先を向ける。


「よし、今すぐ斬られたいんだな」

「軽いジョークじゃねぇか…しかし速いな。いつ鞘から抜いたのかわからなかった」

「剣の腕は一流だからねぇ」

「それ以外はからっきしだけどね。魔法も法力も頭脳戦も本当に向いてないんだから。それを見極める洗礼式なのだけれど」

「できるヤツがやればいいんだよ」

「違いねぇな。洗礼式ってのはあっちの大陸の神殿で行ってる儀式だろ。こっちの大陸は神官の数も少なけりゃ神殿も少ないからな、洗礼式を今でもやってるところなんざもっと西にあるチューリッヴィ帝国くらいなもんだ。しかしあの酔っぱらいを置いてきて良かったのか?」


クロームは久しぶりの酒にすっかり酔ってしまって使い物にならなかったので、グレンテスに面倒を見てもらいつつ、彼の食堂で預かってもらっている。

夜の森に来たのはヨォルとディーツたち四人だけだ。ちなみにミューは非力だという理由でついてくることを拒否した。甲冑に身を包んだ悪魔が非力だとは思えないが、草食動物なので、と押し切られた形だ。戦力は十分なのでそのまま待機してもらったが。いつかきっちりと話をつけたい。


食堂に駆け込んできたのは案内人の一人だ。グモールという魔族たちが街へとやってきて近くにいた人を手あたり次第に攫って行ったとのことだった。グモールはずんぐりとした二足歩行の蛙だ。知能は低いが強力な酸でなんでも溶かすことができるため物理攻撃は効きにくい。攻撃の途中で武器自体を溶かされるからだ。魔法耐性も高く、長時間の戦闘になるのだが武器や防具とともに体も溶かしてしまうので長引くのは勧められない厄介な魔族だ。


ディーツたちは食堂を飛び出して街の玄関口となる西門へと急いだ。すぐに駆け付けたが、騒然とした人たちがいるだけで、肝心のグモールの姿はなかった。閉じられた街の門は酸で溶かされ大穴が開いており、その周囲に人が集まって騒いでいる。グモールたちは5、6人ほどだったが、すぐに根城にしている住処へと帰っていったらしい。手直にいる者たちをまとめて攫うとすぐに踵を返し、ひどく慌てていたようだ。

仕方なく、そのままグモールを追うことにした。連れ去られた人がどのような扱いを受けているのか不明だが、戻ってきた者がいないという時点で生きている可能性が低い。救助の時間は短いほどいいに違いない。


グモールは例の聖女の手下だ。どこからか現れた聖女と名乗る女がグモールを引き連れ境界の街にやってきたのはもう2年ほどになるという。その間に街の半数以上の人間がヤツらに連れていかれている。夜行性のため、昼は楽しげに往来を行き来するが夜になると人はほとんど出歩かなくなる。

グレンテスの食堂の客の入りがまばらだったのもそのためだ。


根城は境界の街の北にある大きな森だ。暗闇の森と呼ばれており、周囲には境界の街を始めとしたいくつかの街が点在しているため、その周辺の街からもう少し先まで人攫いを行っているらしい。逃げる住人もいるのだが、遠く離れたところまで行っても同じように攫われるか、よその土地はよそで害獣を連れてくる可能性があるとして迫害されるようだ。結果的に住んでいる街にとどまる人が多くなる。

基本的に弱肉強食の世界で生きている魔族や亜人が多いため、死んだ仲間に対する思い入れが人間ほど強くないらしい。死んだのは弱かったからだ、で片付けてしまう。

だが倒せるならば、倒して欲しいし、連れ去られた人が助かるならば助けて欲しい、となるようだ。


そんな話をヨォルから聞きながら暗い森の中を進む。狩人だけあってヨォルは夜の森でも不自由なく進んでいく。だが、名前のとおり月の光さえ遮る真っ暗な森は隣で歩いている人の姿さえ隠してしまう。

暗い怖いと文句を言うアムリが精霊術を使って光の精霊を矢にまとわせ松明のように掲げているため周囲の様子がようやくわかるようになったのだ。

敵に目印掲げてるだけだが、と渋るヨォルに来たら叩き斬ればいいんだと軽く請け負うと絶句していたが。


「ところで結構進んだが、まだたどり着かないのか?」

「そりゃあ5時間はかかるぜ。まだ3時間ほどしか進んでないだろ」

「え、5時間?!」

「だからヤツらも日が沈んでから動き出してもあんな時間に街へとやってくるんだろうさ」

 

当たり前のようにヨォルが答えたので周知の事実のようだ。食堂に男が駆け込んできたのは確かに21時頃だった。最近は日が沈むのも早いので確かにそれくらいかかる計算だ。


「馬は使わないのか?」

「こんな道で馬なんか無理だ。ほとんど獣道しかないからな」


結局は徒歩しかないということになる。

凄い勢いで駆け出して行ったからてっきり近くにあるものだと思い込んでいた。まさかの5時間マラソンに付き合わされることになるとは。


「ええー3時間ってことはもう真夜中なの? 時間を聞いたら眠たくなってきたんだけど…」

「リートンは寝つきいいものね。普段ならすっかり夢の中よ」

「そうだよ!」

「つっても引き返しても3時間かかるんだったら、このまま2時間進んだほうがいいだろう?」

「ああーもう! この森吹っ飛ばしてもいいかな?!」

「ダメに決まってるだろ…はあ、ギャッソ抱えてやれ。そしたらリートンも少しは眠れるだろ」

「今日こそはベッドで眠れると思ったのに…ギャッソ、よろしく~」

「任せてください」


ギャッソがひょいとリートンを小脇に抱える。そのままずんずん進んでいく。


「あれで眠れるんだから、謎よね」

「チビだから、まだ成長するんだろ」

「アンタそれ、自爆発言だってわかってるわよね?」

「うるせぇな!」


一連の様子を眺めていたヨォルが、しみじみとつぶやいた。

やけに静かな森の中にぽつりと響く。


「お前らは本当に大物だな…頼もしいぜ」

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