第7話 噂の勇者(ミュー視点)
アムレス大陸にあるサイクル王国と魔都の境目は、長らく均衡状態にあった。
魔界1番出口を出るとすぐにかつてのサイクル王国の国境へとつながるため、魔界から逃げてきた者にとっては、すぐに住める土地の確保は必然だ。
幾千、幾万の同胞の命の上に、サイクル王国の東のジャア河までの土地を確保した。戦いは、当時の王の力量だ。魔界からは逃げることになってしまった償いのため、彼は持てるすべての力で率いた魔族を守り、土地を提供したのだ。
それがかつてのサイクル王国の四分の三ほどになってしまったのは、不意をついた奇襲が成功したのと率いた魔族の特性がバラバラだったからに他ならない。水辺の近くでないと生きられない者、山の近く、湖の近く、人間の近く。理由は様々だが叶えるためにはそれだけの土地が必要だった。
最初は小さな小競り合い程度で済んでいたが、いつの頃からか王国は勇者と呼ばれる存在を送り込んでくるようになった。勇者は一騎当千の力を有している。だが、相手は人間だ。魔族ほどの長命種はいない。勇者が現れたら後退して、いなくなったらまた取り返す。そんな戦いが続いた。今は元のサイクル王国の半分、ジャア河を挟む位置で止まっている。
だが、今回の勇者は規模が違う。一騎当千どころか、万ほどの軍勢を一瞬で蹴散らす。単騎で駆け込み、あっという間に血だまりに仲間が沈んでいる。もともと長命種は子孫を残しにくい。半分以上の魔族がたった一年足らずで殺されてしまった。さすがに王のみならず側近である幹部たちも顔色が悪い。そもそも前線のはずのジャア河近くは幹部の中でも上位の力を有する者を配置していた。戦える魔族たちが集まっていたにも関わらず、現在はサラン平原まで後退している。ここは魔界1番出口からも離れた場所のため、戦えない者たちが集まった場所だ。城塞都市として名高い場所は守りに徹すれば迂闊に攻め込むことは難しい。
王は生きている側近を集めて今後についての会議を開いた。とにかく勇者に関する情報を配下に集めさせた。
「勇者は女だ」
「人間にしてはキレイな顔をしている」
「聖女らしいぞ」
「聖女が返り血で真っ赤に染まるとは…人間も魔物と変わらないな。慈悲もなく、鬼畜だ」
「『血濡れの聖女』か、違いない。随分と声が低いそうだ。我らの血を吸って呪われたか」
「あれほど殺せば、呪いもあるな」
「では、その声を戻すことを引き換えに、協定を結んではどうだ?」
「人間が取引に応じるか?」
「女はとかく姿を気にするだろう。声を戻すと言えば、喜んで飛びついてくる」
「では、誰が行く?」
勇者に出会った魔族はことごとく殺されている。手を上げる者はいなかった。
視線は必然的に王に集まる。
王は重々しく頷いた。
「私が殺されないような案を考えてくれ」
彼の声は弱弱しかった。
だが、聖女に会いに行った王はそこから足しげく通ったらしい。
呪いを解くのに時間がかかっているのだろうか。
だが、聖女とは話し合えたようで、作戦は順調のようだった。だが、勇者は城塞都市にやってきた。ここに戦える者はいない。
ミューはすぐに王に連絡を取ったが、彼からの返事はない。
爆炎魔法が轟き、城塞都市に張った結界が毎日揺れている。住民は不安を隠せずに、ミューのもとへとやってくるが、自分が王に問いただしたい。
どうして人間の国で魔法が使える者がいる。
なぜ攻撃される。
勇者と話がついたのではないのか。
悶々とした1週間を過ごした頃、王から手紙が届いた。勇者に渡してほしいとの言づけとともに。
ミューは魔法の発生源に近づいて事情を説明した。驚くことに、彼女は小さかったが莫大な魔力量を有していた。人間には見えないが、魔族でもない。亜人か、と悟るのはすぐだった。だが、彼女は快く勇者のもとへと案内してくれた。
初めて対面した勇者はなるほど美しく、そして低い声をしていた。
呪いは解けなかったのだ。だから、勇者が怒って攻めてきたのかと思ったが、そもそも別人らしい。聖女は彼の姉で、勇者は男だった。
作戦が失敗していたならもっと早くに話してほしかったと、ミューは内心で慌てたが、羊顔はほとんど表情が動かない。勇者を不快にさせなかった顔に初めて心から感謝した。だが、事態はどんどんおかしな方へ転がっていく。
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サラン平原の西側は大きく崩れ、雪崩れた土砂が上げる土煙が濛々と立ち込めている。
その崖の上に仁王立ちし、睥睨する。
眼下には騎馬に乗った神兵が呆然とミューを見上げているのが小さく見えた。一人一人の顔はわからないが、神兵特有の甲冑を身に着けているのですぐにわかった。
すうっと息を吸い込むと、ミューは腹の底から声を出す。
「わはハはハハっ! 我ハ偉大な王ヨり城塞都市を任さレタ、トリザリウミュだ。愚カな、人間どもヨ、刮目せヨ」
ぬっと後ろ手を前に出す。できるだけ、物体がわかるように声を張り上げた。
「お前タちの希望ノ勇者はこノトおり我が討チ取ッた! さラに我ニ挑むノナラばいツデも受ケルぞぉォぉ」
慣れないせいか声が裏返る。痛む喉に顔を顰めつつ同胞たちが見ていませんように、と必死に祈りながらミューは精一杯を声を張り上げた。
黒歴史だ。
温厚な草食羊に、こんな所業を押し付ける勇者はやはり噂通りの鬼畜だ。
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