第8話 丸く収まればそれでよし

サラン平原はやや高地に位置している平原だ。

城壁都市の方が高くなっており、ディーツたちが天幕を張っている場所は低地になる。

王都からやってくる神兵はもちろん低い側から登ってくる。ちなみに数は50騎ほどとのこと。

神兵は慈母神から特殊な力を授けられている法術使いだ。魔族を相手にしているときとはまた違った嫌な戦いになる。だからといってこちらの戦力だけでも十分に叩けるが、神殿を敵に回すと後々厄介なことになる。数でいえば神殿の神兵は大陸中に存在するからだ。

手を出さないのが一番いい。


「いくぞー、用意はいいかぁ?」


ディーツが大きく手を振ると、離れた場所で杖を構えていたリートンの横にいるアムリも剣を振って了承の合図をくれる。


「よっしゃ、いっちょやるか!」


ディーツは地面に向かって剣を突き立てまっすぐに走る。地面に棒きれで線を引いているみたいに一本のまっすぐな線が見える。だが、これは深い亀裂だ。リートンの元まで走ると、リートンが杖を振る。


『コムナ第一節・水流演武』


杖の周囲に魔法陣が広がり、ごうっと音を立てて水があふれだす。そのまま亀裂に吸い込まれていく。そのまま杖を構えなおしてもう一度叫ぶ。


『ヨムナ第五節・氷結武華』


杖から新たな魔法陣が現れ、溢れだした水が瞬時に氷りづき、亀裂の間から氷の結晶が顔を覗かせている。

ほどなく、ゴゴゴっと地響きが轟いた。


「じゃあ、仕上げといくわ。『精霊の息吹・土震』」


アムリがつがえた矢に向かってふっと息を吹きかける。その矢を放つと弧を描いて、とすんと地面に刺さる。

するとさらに地響きが大きくなった。立っているのも難しいほどの揺れだ。精霊術のかかった矢は刺されば効果を発揮する。アムリの使う精霊術は大精霊クラスなので、威力が桁違いだ。


「とどめだぁ、『コムナ第四節・流々演武』!」


もう一度リートンが杖を掲げ叫ぶと光る魔法陣から水が溢れ出す。

そのまま目の前の地割れが大きくなり削られていく。縦に次々と亀裂が入って崩れていく。

ぽっかりと出来上がった崖を見下ろしてディーツは満足した。土砂は水とともに下流へと転がっていく様は、圧巻だった。粛々と周囲を飲み込み、流れていく。


「坂の途中に切り込みたくさん入れたから、結構簡単に崩れるもんだな」

「おバカ! あんたのハチャメチャを押し付けないでよね。どう考えたって平原削って崖作るなんて思いつかないから」

「いや、俺斬っただけだろ?」

「サラン平原は畑も作れない硬い岩みたいな土地なんだよ、普通は鍬も通らないかな」

「わかったでしょ、あんたの非常識を常識にしないで」

「俺じゃなくて、この剣に文句言え。なんでも斬っちまう」

「武器のせいじゃなくて、思いつくあんたの頭の中がおかしいって話でしょう?」


言い合いを続けるディーツとアムリの横で、のんびりとギャッソが微笑む。基本的に彼は笑って聞き流している。彼の頭の中ではさぞやピンクな世界が広がっていることだろうは想像に難くないが、無視だ。

そんなところに、クロームがやってきた。


「向こうは上手くいったようですよ。あの種すごいですね、近くでみても震えがくる」


ミューに持たせた首魁に見える種のことだろう。黒い毛に覆われた種は、ちょうど人の顔ほどの大きさで丸い。毛をむしって掲げると人の生首に見える。見つけた時に面白くて種をいくつか採取した。それをディーツの生首に見立て羊に持たせた。


「水を含むと膨らむんだよ。雨期に森で見つけた時は恐怖だったな。魔族が殺した人間の生首下げてるんだと気味が悪かった。まあ、あれだけだと心許ないから、ギャッソの力も借りたけどな」

「集団幻影をあの距離でかけられるんですからすごい力ですね」

「一般的には精神の安定に使う力ですが。ディーツはすぐに悪用します」

「人聞き悪ぃな!」


不安を取り除き安らぎを与える。精神に干渉できる術を駆使する。僧侶とはそういう存在だ。だが、使い方によっては不安と恐怖を与えることができる。魔族相手にもよく使ったものだ。面白いぐらい簡単に逃げて行ってくれる。


「これで俺も死んだことになるし、どこでも行ける。お前らも今までありがとうな」

「何を別れるみたいな言い方するのよ?」

「は? だってこれからねぇちゃんに会いに行くのにお前ら関係ないだろ?」

「ディーツを野放しにするとか夜も眠れないわよ。ついていくに決まってるでしょ」

「あたしもすることないしねぇ」

「俺はそもそもあなたたちの護りです。どこまでもお供しますよ」

「え、一緒にいたら俺が勇者だってすぐにばれるんじゃあ?」

「大陸が違うんだから大丈夫でしょ。そもそも候補の一つなんだから、すぐに見つからないかもしれないわよ。あんた一人で探せるわけ?」


つんとディーツのおでこをつついて、アムリが呆れたように言い放つ。

勢いで行動しがちなディーツを支えてくれたのは、確かに仲間たちだ。


「なんだ。一緒か」


思いのほか、安堵したような声が出た。

だが、仲間たちはほほえましげに見つめてくるだけだ。


「タミリナさまにすぐに会えるといいですね。ミューさんの話では魔界1番出口から魔界に入って2番出口に向かうほうが速いそうですよ。地図も描いてもらいました」


さあ行きましょうと案内を始めるクロームに、ディーツは目を丸くする。


「え、クロームまで来るのか?」

「私はタミリナさまに剣を捧げてますからね。もちろん一緒です」

「なんだ、結局変わらないんだな」


勇者であっても、国を捨てても。

魔族と戦っても戦わなくても。

変わらない人たちはいつまでも変わらない。


それが、ディーツには嬉しかった。


「それじゃあ魔界に行きますか―――って、魔界?!」


さすがに異なる世界に行くことになるとは思ってもみなかった。

これほど簡単に行けるとも思えなかったのだが。


「ミューさんが終わり次第合流してくれるそうですよ。さすがに人間だけで立ち寄るのは危険だそうで」

「あの羊も苦労性ね」

「お人よしって言ってあげなよ」

「慈悲の心は尊いですね」


仲間からの言葉にディーツは乾いた笑いをこぼした。異界に行くことになるのに普通だ。変わらない日常をありがたく思えばいいのか難しいところだ。





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