第5話 つまり、どこにいるんだ?

「魔王軍幹部?!」

「そこの要塞都市を任された人らしいよ。名前はミューだって」


クーロムが警戒したように叫んだが、羊の顔をした二足歩行の魔族は甲冑を身に着けたまま深々と頭を下げた。穏やかな様子で戦いに来た雰囲気は微塵もない。

リートンは魔術師なので、魔族が使う言葉を理解できるが、たいていは何を言っているのかわからない。魔族の中でも人の言葉を話すのは上位の者だけだ。


「なんでお前は魔王の幹部をしれっと案内してんだよ?!」

「だってディーツに用事があるっていうから。単身で乗り込んできたからにはまあ迎え入れてあげるってもんでしょ」

「俺が殺されたらどうすんだ!」

「いやなんか幹部って言っても弱っちいしさ。戦意も魔力もほとんど感じないし、本人は無害な羊だって言い張ってるしね。ディーツでも一瞬で返り討ちにできるレベルだと思うよ」


言われたとおり、確かに羊は甲冑を着込んではいるが弱そうに見える。どこまでも羊の無表情は変わらないので内心は読めないけれど。


「なんでそんなのが魔王軍の幹部なんだ?」

「ディーツが目ぼしいのやっつけちゃったからじゃないの? とにかく敵対する気は初めからないみたいで、あたしも対応に困っちゃって。しかも、魔王からの手紙を預かってるって言って持ってきたんだよねぇ」

「ハ、はジめマシてェ。こレハ王かラノモのでス」


すっとディーツに向かって差し出された白い封筒を受け取り、中を開く。

一枚の紙にびっしりとした文字が書かれている。ざっと目を通してリートンに渡す。


「読めねぇ、なんて書いてあるんだよ」

「偉そうにしないの!」

「こういうのは得意なやつに任せたほうがいいんだよ」


アムリにスパンと頭を叩かれながら、手紙を眺めるリートンを待つと、彼女はそれをすっとミューに渡した。


「これ、なんて書いてあるの?」

「ワかりマセンん」


リートンとミューはお互いに首をかしげている。


「いやいや、なんでわかんねぇんだ?」

「なんか、魔族が使う言葉じゃないんだよね。だから、ミューも読めないんじゃない?」

「いエ、私ハ字が読メなイノです」


役立たずな使者が来たものだ。魔王もどうせ送ってくるのなら、もっと話が上手な者を寄こしてくれればいいものを。


「なんか伝言預かってないのか?」

「渡せバ分カると言われマシた」


わからない場合はどうしたらいいのだろうか。再度、落ちた沈黙にクロームが手紙を横から覗き込んだ。


「ちょっと拝見させてください。んん、これ、神聖文字に近いですね」

「神聖文字?」

「聖典が書かれた言葉です。もしかしてタミリナさまからのお手紙では?」

「ねぇちゃんから? 手紙なんて初めてもらったな。じゃあクローム読んでくれよ」

「私、座学はあまり得意ではないんですが…ええと、神が止まる? 時候の挨拶か? 道の先で、会う、必ず、ええと、これは…ここに、ない、生まれる、行先の果て、森の都? 死が迫る、逃げる、一緒。同じ、出会うまで。つまり森の都で待ってるってことじゃないですか?」

「いやいや、こんな一枚にびっしり書いてあってそれだけの話なわけないだろう!?」


一部に不穏な言葉もあったが、一切が割愛されている。最後の方に至っては読んでいる様子もなかったが、本当に意味が合っているのだろうか。


「そもそも森の都ってどこだよ」

「森の都っていえば、隣の国は? 南にあるガンダウツ帝国は大森林の近くだから森の都って呼ばれてなかった?」

「うーん、神殿では北にある神木を祀ったロランド公国を神木の都と呼んでいますが」

「木が一本よりはたくさんあるほうがいいだろうが。けど、ねぇちゃんが帝国に行くか?」

「軍事国家でいつもどこかしらと戦争してるから赤ちゃん連れては行かないでしょ。そもそも魔族嫌いで亜人すら立ち入りは厳しく制限されてるし魔王が一緒にいるなら近寄らないんじゃない?」


亜人は一応、人間の部類だが、見た目で迫害されている。魔王も見た目が人間に近いなら大丈夫だが、亜人と同類と思われると差別されるはずだ。

ちなみにこの世界の亜人は人間との混血児から派生しているので、つがった人間も白い目で見られることになる。帝国ほどの差別はないが、平民よりも下の扱いを受けることが多い。


「王ハ帝国、キライでス」

「しかし神殿から逃げている身でつながりの深いロランドに向かいますか?」

「光の聖女であれば優遇してもらえるでしょうが、どこまで神殿から連絡が回っているかわかりませんからね。タミリナさまも警戒されていると思います。そもそも高位の聖女が国を出たとなると、よその国での争奪戦が始まりますから。心優しいタミリナさまが騒乱の種をまくとも思えません」

「他に森って言われて思いつくところはないのか?」

「そりゃこの大陸以外にもあるだろうけど。他に何か手掛かりになるような言葉はないの?」


リートンの言葉に、クロームが再度手紙に目を落とす。

しばらくうむむと唸りながら、首を横に振った。


「何かに追われて逃げているようでかなり急いで書いたのではないですか。もしかしたら、こちらに逃げろと言っているのかもしれませんが。場所はやはり森の都ですね、隣の森の都。あとは、このトリザリウミュっていうのがもしかしたら場所の名前ですかね」

「あ、そレ、私ノ名前デす」

「あはは、最後の音しか聞き取れなかったんだよね。ごめんごめん」

「気にシテませんヨ、お好キニお呼びクださイ」


悪びれもせずに笑い飛ばしたリートンに無表情のまま羊がのんびりと答えたが、ディーツは床を踏み鳴らした。


「結局、どういうことなんだよっ!」

「わァ、血濡レノ聖女さマ、落ち着イテクださイ」

「んん? 聖女さま?」

「それはねぇちゃんだ。俺は勇者だからな」

「勇者で血濡レノ聖女さマではなイノデすか?」

「は? どういうことだ?」


話が通じず、リートンが魔族語で話し始めると、羊も流暢に答える。


『ここにいるのは勇者だよ。ディーツはそもそも男だから、聖女になんてなれないからね。聖女は彼のお姉さんだよ』

『魔族の間では勇者は聖女だと言われています。血濡れの聖女は戦場で魔族の生き血を啜るので呪いで低い声になってしまった、と。ですから治療するために王様は聖女に会いに行ったはずですが…』

「ぶっふ、ひゃひゃひゃあっ!」

「え、どうしたのよ、リートン」


突然笑いだしたリートンは、そのまま羊の肩をばしばしと叩く。


『目の前にいるのに女だと思ってたんだ! そうだよねぇ、こんな可愛らしい顔なんだもんねぇ。しかも呪いで声が低くなって可哀そうに思われるって…どんだけ美少女なんだって話だよね』

『戦場では恐ろしいですが、話のとおりお美しい方です。まさか男だとは…』

『ぶっくくく、でしょでしょ。あーおかしい。ミューさんに忠告しとくけど、美しいって本人に言ったら戦場で死んだほうがましってくらいに叩きのめされるから気を付けてね。みんな思ってるけど、絶対本人には言ってないんだよね』

『心得ました』


「はあ、笑ったわー、ってことで、もう問題はないから。で、何の話だっけ?」


目じりの涙をぬぐいながら、リートンがディーツを見上げる。


いやいや、結局、どこに行けばいいんだ?





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