第4話 ギャッソはムッツリ

姉が行方不明になったと知らせが入ったのは、魔王軍とのにらみ合いをしていた際のことだった。

サイクル王国の北東にあるサラン平原で、要塞都市として名高いバリュウン市を囲む壁の手前で1週間のにらみ合いを続けていると、野営地の天幕に姉付きの神兵であるクロームが駆け込んできたのだ。

神兵はいつもキラキラした銀の甲冑を身に着けているが、今は軽装だ。旅がしやすいような恰好をしている。王都にある神殿からどんなに急いで馬を駆っても1日半かかる距離にこのサラン平原はある。彼の赤茶色の髪は土埃にまみれ、まだ20代前半だがところどころうす汚れてくたびれて見えるのは、相当に彼が急いだ証拠だろう。


「ねぇちゃんがいなくなったってどういうことだ?!」


中肉中背のクロームの襟首をつかんで持ち上げれば、慌ててギャッソが宥めてくる。


「落ち着いてください、とにかく話を聞くことが先ですよ」


僧侶の恰好をした大男で、焦げ茶色の短髪にハシバミ色の瞳は細く開いているのか不思議なほどだ。柔和な顔立ちなので子供や老人に好かれる。ディーツの仲間の一人で防御と回復担当だ。ついでに喜怒哀楽の激しい仲間たちの調整役でもある。


「そうよ。話を聞いてから動きなさいよね」


ピンク色の髪を大きく一つの三つ編みに結わえているアムリが猫のように大きな金色の瞳を細めてディーツを睨みつける。精霊術が得意で精霊の宿った弓矢を使った中距離攻撃担当だ。大きな胸は胸当てに包まれているだけで、豊満な体を惜しげもなく晒しているせいか、クロームがぎょっとしている。

神兵は修道僧なので、聖女以外との女性の触れ合いが皆無だ。聖女はゆったりとした長袖の貫頭衣を纏っているので顔と手指くらいしか肌が見えない。

彼女の恰好は精霊からの指示だそうで、本人は渋々やっている。いい仕事をするものだ。一度精霊とじっくり話し合いところではある。ディーツには精霊は見えないけれど。


「ちっ、わかったよ。クロームさっさと話せ」

「ええと、内密な話なのですが、人払いはされなくてもよろしいか?」


戸惑ったようにクロームの青い瞳が揺れるが、鼻で笑い飛ばす。


「ふん、仲間に隠し事なんかしねぇよ。それよりもねぇちゃんがいなくなったことと内密な話の関係がわかんねぇな」

「そうですか。では、ううんと…申し上げにくいのですが、ディーツさまはタミリナさまが、ええと、その、子供を宿していたことはご存知ですか?」

「ああ、知ってる。だから、ここに来る前に祝福を受けに行ったが会えなかったんだろう?」


神官長の話では体調を崩しているということだったが、いくら見舞わせてくれと言っても頑なに受け入れてはもらえなかった。さすがに妊娠しているからとは言われなかったが、妊婦の体調が落ち着かないのはギャッソの話からよく聞いていたので、知っている。彼は僧侶なので、旅をしていると体調不良を癒してほしいという依頼がひっきりなしに来るのだ。

妊婦からの依頼も多い。

まあ、姉のは想像妊娠だろうから、どこまでが病気かはわからないが。


「ご存知でしたか。それで、この度、女児をご出産されまして…」

「はあ?! 本当に産まれたのか??」

「え? ご存知だったのではないのですか」

「いやいや、相手は魔王だって話だし、てっきりねぇちゃん流の聖女ジョークか何かかと…」

「は、はあああああ???? 相手が魔王?!!!」

「うるさい! なんだ、知ってたんじゃないのか?」

「えええ…それがタミリナさまは決して相手の名前を明かしませんでした。それで、お生まれになったのがあまりにタミリナさまそっくりの御子だったので、神官長が相手はディーツさまではと邪推されまして」


つまり、実の姉と禁断の関係になっていると思われたのか。

ギャッソもアムリも何か言いたげな様子だが、今は無視をする。


「あのハゲ、さっさと首を切り落としとけばよかったな…」

「タミリナさまは聖女のお勤め以外は部屋にこもりきりでしたし、部屋に入れたのはディーツさまくらいでしたので……しかし、誓ってタミリナさまが外で誰かと二人きりになることはなかったのです」

「ねぇちゃんの話じゃあ、部屋に突然現れたって言ってたからな。ちくしょう、もう少しちゃんと話を聞いておけばよかった」


まさか、実際に生まれてくるとは思いもよらなかった。


「神官長はとにかく事態を隠蔽しようと赤子をとりあげようとされたのですが、部屋に入れずしばらくはタミリナさまは部屋に籠っておられたのですが、一昨日声も聞こえなくなりまして慌てて私どもが部屋へ入るとともうお姿が見えなくなっておられたのです。タミリナさまはお子様をお産みになっても力は衰えなかったので神官長などの執着も凄まじく。怒り狂ってディーツさまに神の天罰をと叫ぶ次第で…」

「ねぇちゃんは聖女のままなのか」

「そうですね。歴代の聖女は子供を授かった時点で力を失っておられたようですが、タミリナさまはお変わりがなく。ますます希少性が高まって神官たちが躍起になってしまって。それで今、こちらに勇者を捕えようと神兵の一団が向かっております。いかがされますか」


クロームは姉が聖女になった10歳から姉付きの神兵をしてくれていた。ディーツとの付き合いも10年ほどになる。しかも『光』の聖女に心酔しており、その美しい容姿に瓜二つと言われるディーツにも心を砕いてくれていた。だから、こうして一足先に教えてくれたのだろう。


「神兵相手に魔王軍と同じようにはいきませんね」

「皆殺しにして神殿の恨みを買うなんてシャレになんないわよ」

「だよなぁ」


ここにいる仲間たちなら殲滅することは容易いが、煩わしい小競り合いに発展するのは目に見えている。


「ありゃ、なんか取り込んでる?」


ひょっこりと顔を覗かせたのは、魔導士のローブを纏ったリートンだ。金色の髪に真ん丸の水色の瞳をしている。魔術を得意とし遠距離と広範囲の攻撃担当。今回の作戦では、要塞都市から魔族をあぶりだすために遠距離攻撃の魔術を駆使しているはずなのだが。


「リートン、魔王軍放ってきていいのか?」

「いやぁ、その魔王軍の幹部がここにきちゃったんだよね」


困り顔のリートンの横には大柄な体躯の羊の魔族がひっそりと立っていた。




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