第3話 え、自作ですか? 本気ですか?

魔王は魔界と呼ばれる異界の王だ。魔族を従え、この世界を力で支配する。人間を襲い、喰らい、略奪し、残虐の限りをつくす。

サイクル王国は五百年ほど前に国土の半分を占拠され、そのうちの半分をディーツが取り返したところだ。正直、彼にとっては魔王軍の戦力はそれほど強くはない。ディーツが最強の勇者と呼ばれる所以だろう。ただし、ヤツらの強みは長命なところだ。今は無理をしなくても強い勇者はしばらく待てば老いて衰退していく。次の勇者も同じように強いとは限らないので、弱くなったところを見計らって仕掛ける。その時期がくるのを待てばいいのだ。

だからこそ、無理な攻めかたはしてこないし、分が悪くなるとあっさりと退却する。いっそ清々しいほどだ。

指揮をとっているのは幹部と呼ばれる魔族で、今は五人ほどいるらしい。らしいというのは、捕らえた魔族の話を総合した結果だが、知能が低かったせいか要領を得ない話が多かった。

なので魔王に至っては姿はおろかかほとんど話を聞いたこともなかった。だが、姉は会うどころか子供までつくっているのだから驚きだ。


「ねぇちゃん、それって本当に本人? 魔王ってどんなヤツ?」

「ブロマイドあるよぉ、しばらく会えない代わりにってくれたんだ。優しいでしょぅ?」


姉は立ち上がって、机の引き出しを開けると一枚の折り畳んだ紙片を持ってきた。

ブロマイドを自分で渡していくことは普通なのか?


「ん? うーん、気持ち悪くない?」

「ディーくん、おにぃちゃんになる人に向かってそんなこと言うなんて、おねぇちゃん泣いちゃうから!」

「わぁ、ごめん! ちゃんと見るから、ちょっと待って!」


義兄になることは姉の中で決定なのか。まあ、子供ができるのだから、義兄になる覚悟もないのなら、この手で誅殺してやる。

ショックを受けつつ、姉から受け取った紙片を開くと、えらくキラキラしい絵で一人の男が現れた。黒いフードを被っているが、覗く前髪は長めで白に近い銀色の髪だ。整った容貌だが、バラを一輪咥えた顔の半分以上を占めるのは大きな紫色の瞳だ。普通の顔ではないが、一応は人間のように見える。

魔族の中でも人型に近い者も多いが角が生えていたり、毛むくじゃらだったりするが、少なくとも顔はつるりとしている。


「え、これが魔王? なんか若くないか?」

「あんまり年齢覚えてないけど千年以上生きてるってこの前自慢してたよぅ」

「千年?! この見た目で? ものすっごい若作りだけど、ねぇちゃん、騙されてるんじゃ…」


なんでもすぐに信じてしまう純粋培養の姉だ。子供ができたというのも妄想かもしれない。いや、確実に、空想の世界の方だろう。

姉付きの神兵のクロームかワルツに後でじっくりと話を聞こうと心に決めて、そっと紙片を閉じる。長い間眺めていると夢にまで出てきそうだ。


「だいたい、魔王とどこで会ったんだ? ソイツが本人だっていう証拠あるのかよ」

「この部屋に突然現れたんだよぅ。ちゃんと現魔王ですって挨拶もしてくれたし。じゃあディーくんは自分が勇者だって証明できるの?」


口を尖らせた姉にディーツは背中に背負っている剣を取り出して見せた。

かつて王国が完全に支配されそうになったときに、それを半分までに食い止めた勇者が使っていた神剣『サイクル=リッパー』だ。

持ち主を選ぶ剣とも言われ、今のところディーツ以外には扱えない。


「この剣を持っているヤツが勇者だな」

「そうなんだぁ、相変わらずキレイな剣だねぇ」

「見惚れてないで、話を戻すぜ。ソイツはどんな証拠があるんだよ?」

「ううーん、とくにないかなぁ。あ、でもすっごく優しくて照れ屋だよぉ」

「それは魔王とは全然、関係ねぇな!」


しかし、姉の話ではこの部屋に突然現れたという。

この部屋は神殿の中枢、奥深くに位置しており扉の前には神兵が常に見張っているため部屋の中で異変が起こればすぐに察知して踏み込んでくる。

厳重な結界にも守られているので、許可のある者しか入ってこれない。もちろん、姉への害意がある者などすぐに弾かれる。神官長が弾かれたという笑い話があるほどだ。ディーツにとっては笑い話にもならないが。ついでに話を聞いた神兵からは激しい説教があったらしい。


空間転移は簡単にはできない魔術だ。それをあっさりとやってしまうとは、どれほどの力のある魔術師なのだろうか。

いや、やはり姉の空想の線が濃厚だ。


「はぁ、なんだかわかんないけど、ねぇちゃんが幸せならいいさ。おめでとう」


ため息吐きつつ姉を見やれば、彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「ありがとう、ディーくん。やっぱりディーくんはいい子だねぇ」


昔のように頭を優しく撫でられて、頬がじんわりと熱くなる。


「もう子供じゃないんだからやめろよな、俺18だぞ」

「んふふ、おねぇちゃんにとってはいつまでも可愛い弟だよぅ」


それが神殿で彼女を見た最後の姿になった。

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