第2話 出会ってたら死闘を繰り広げてます
ディーツ=バウチャーは勇者だ。
そもそも勇者や聖女などの称号は10歳に慈母神を奉っている神殿に行き箱の中から木札を引いて決まる。大抵は何も書かれていない白札だが、複数の札には称号が書かれているのだ。
ご神木の枝から作った由緒ある木札に神官長が筆をとったご利益高い代物と言われているが、ディーツは馬鹿にしていたし、むしろ憎んでもいた。
6歳上の彼の姉がやはり10歳の時に木札を引いて聖女の称号を得て神殿に連れ去られたからだ。流行り病であっさりと両親を亡くした少年にとって姉は唯一の肉親で家族だったが、4歳で生き別れたようなものだ。何度も神殿に姉を返せと乗り込んだが門前払いをくらって一度も会うことができなかった。
両親の友人が引き取ってくれなければ、野垂れ死んでいただろう。
そんな彼がサイクル王国で20年ぶりとなる勇者の木札を引いたのは皮肉な運命だと言わざるを得ない。
だが、10歳で勇者になった少年は加護を受けるという名目で姉に会うことが叶った。実に6年ぶりの再会だ。おぼろげな記憶にある姉とは少し違ったが、優しいところは同じだ。涙ながらに出迎えてくれた姉の姿をディーツは一生、忘れない。
勇者の称号を得て国王から魔王討伐の任務を与えられたが、内容は割と過酷だった。10歳から死闘や死戦をいくつもくぐり抜けてきたが、耐えられたのは姉の存在と気のいい仲間たちのおかげだ。国王と神殿関係者にはいつでも首を斬れる準備をしているほど、恨んでいる。
結果だけを見れば、魔王軍を次々と撃退していた彼の人生は順調に思える。勇者には国から装備が支給され上位貴族並みの給与も入る。さらに砦を奪還し国土を取り返す度に国から褒賞金が支払われる。姉が神殿を出ても十分に姉弟二人で生きていくことは可能な金額がすでにたまっている。いつでも姉を神殿から連れ出すことができるのだが、話はそう簡単にはいかない。彼女は聖女の中でも『光』という階にいる最高峰の称号を得ているのだ。
現在、聖女は5人ほどいるが、『光』を与えられているのは姉だけなのだ。よって、神殿の囲い方も尋常ではない。
目下のところ彼の悩みは伸びない身長と姉とそっくりな女顔の童顔だ。子供に間違えられることは当たり前だが、女児に間違えられて変態貴族に尻を撫でられたときには国ごと滅ぼしてやろうかと思うほど憤った。
だが、そんな悩みがちっぽけなものだったと気づいた時にはすでに取り返しのつかない事態になっていた。
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ある日のこと。魔王軍と一戦交えていつものように神殿に赴き、姉から慈母神の加護を受け終えて姉の私室でお茶をしているとふわふわとした姉がいつも以上に浮き足だっていた。
「ねぇちゃん、なんか機嫌がいいな。いいことでもあった?」
「ディーくん、おねぇちゃん赤ちゃんができちゃったから聖女やめるねぇ」
お茶を飲んでる途中じゃなくて本当に良かった。でなければ、盛大に姉の顔に向かって吹き出していただろう。
同じ顔立ちと言われているが、俗世間から隔離された姉は純粋に可愛い。腰まである艶やかな黒髪に藍色の瞳は大きくぱっちりとしている。小さな顔に日にほとんど焼けていない白い肌。自分とは全く似てもいない優しさが溢れるそんな顔が、汚れるところは見たくない。
だが、浮世離れした姉が子供の作り方を知っていたのも驚きだ。
俺だってまだ実地はしたことないのに!
混乱しているせいか、思考はとりとめない。
「ええ? だってねぇちゃん聖女だろ、聖女は乙女が基本だろ? ってか、相手は誰だよ?!」
「んふふ、ディーくんもよく知ってる人だよぉ」
「え、俺の知ってるヤツ? ほんと誰だよ、今すぐ殺してやる!!」
姉がいる神殿は魑魅魍魎の住み処だ。神官長のジジイを筆頭に色欲と煩悩だらけの獣しかいない。正直、長年姉をこんなところに置いておくのは心配だったのだが、聖女の護衛である神兵だけは信用していた。彼らは聖女のためなら神官長や国王にすら刃向かう覚悟がある。実際、それだけの実力も権力も有しているのだ。
一応、本人にも護り刀を渡しているのである程度の自衛も可能だ。まぁ護り刀は果物を剥く時や手紙の封を切る時にしか使われているのを見たことがないが。
好色なタヌキジジイを思い浮かべながら、頭の中で殺害方法をシュミレートしていると姉は幸せそうにはにかんだ。
「魔王さまなんだぁ。あ、でも会ったことはないんだっけ?」
「あるわけないだろうぉぉぉぉぉ!!!?」
それ、勇者の最終目標だから!!
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