子育て勇者の出稼ぎ奮闘記

マルコフ。/久川航璃

第1話 それはミルク代

薄暗い洞窟の中は、青い淡い光で周囲がボンヤリと浮かび上がっている。洞窟の岩は隣鉱石だ。崩れた岩の隙間から差し込む月光が壁に反射してキラキラと輝く。

だが必死に走る男にはそんな幻想的な光景は目に入らない。

時折、青い光を遮る黒い影がよぎる。赤い二つの光がユラユラと不規則に動く。それは男の後ろをヒタヒタと正確についてきていた。

しゅるるると不気味な音が響く。

仲間はすでに喰われたのだろう。息づかいは己のもののみ。整わない呼吸がもどかしいが、気を配る余裕もない。一瞬でも足を止めれば、全てが終わることが分かっている。

だが、地面の窪みに足を取られ不様に転がる。べしゃりと濡れた衣服が冷たいが、そんなことを感じる余裕もない。

キシャアァと口を開き飛びかかってくる気配がして男は絶叫しながら頭を抱えて目を閉じた。


「うわあああぁぁ!」


ドガっと鈍い音が聞こえたのはそんな時だ。


「ちっ、こっちだったか。やっぱりこういう感は当たらねぇな」


若い男の舌打ちが聞こえて、恐る恐る目を開ける。

突然現れた人物の向こうでもんどりうっているガランツールが見えた。蛇型のモンスターで全長は5メートルほどの巨体だが特筆すべきはその外皮の硬さだ。金剛石以上とも言われ物理攻撃は無効化される。魔術や精霊術でさえ最大出力で放出しなければ傷一つつけることも叶わない。だがそれほどの攻撃の気配はしなかった。彼が何かしたのだろうが、あいにくと見えなかった。

しかし地面に転がった自分が見上げているにもかかわらず小柄な男だった。というか、子供と言ってもいいくらいの背丈しかない。モンスターに顔を向けているため、表情はよく見えないが、線の細いような印象を受ける。

格好は軽鎧に、片手剣だ。細身の頼りない剣だが、淡い光を受けて輝く様は芸術品のように美しい。実際に切れるのかどうかは怪しいところだが。


「え、子供? 危ないから早く逃げーーーっ」

「誰が子供だ! 俺はこれでも19だ!!」


振り返りざま叫んだ人物は、ぼんやりとした光の中でも息を飲むほど美しい少女だった。とても低い声がでてくるようには思えない。思わず目を疑った。低い唸り声は本当に彼から発せられたものなのか。違和感がハンパではないのだ。


「え、嘘だろ?!」

「なんでこの状況でそんな嘘つくんだよ。つーか、さっきからあんた余裕だな! なら、さっさとここから逃げてくんねぇかな? 後ろに俺の仲間がいるから、怪我も治してもらえ」


言うが速いか、青年は駆け出した。と、思うがやはり男の目にはよく見えなかった。瞬く間に、ガランツールが、ドウっと音を立てて倒れていたからだ。しかも頭がすっぱり斬られ胴体から離れている。

逃げる暇どころか立ち上がる隙もなかった。


「え?」

「なんだよ、あんたまだいたのか。そんなに眺めててもコイツの肉はやらねぇからな!」

「おバカ!」


スパンと小気味よい音が洞窟内に響いた。

いつの間にか背の高い女が青年の横に立っていて、彼の頭を叩いたのだ。

グラマラスな肢体を惜しげもなく晒しているが、青年と同じく軽鎧をつけているところを見ると、戦士なのだろう。背中には大きな弓と矢が見えた。


「怪我人にムダに威嚇しないの。だいたい、アンタは了見が狭いのよ、みんなで分ければいいでしょ」

「いやだ!」

「なんでも堂々してればいいってもんじゃないんだからね!」


スパンと再度小気味よい音が響く。

胸を張った青年の頭がまた、叩かれた音だ。彼はそんなに腹が減っているのだろうか。それとも小柄ながら大食らいかもしれない。ガランツールの肉は少なくとも百人前はあるだろうに。

魔物を狩ったこともない鉱山夫にはガランツールの肉が高給肉としてキロ単価10万ルッツで取引されていることなど知る由もない。美少女のような青年を食いしん坊なのだな、とほほえましげに納得した。


「ごめんねぇ、騒がせちゃって。怪我は大丈夫かな」

「よく言って聞かせますのでご勘弁を。『遺教・不忘念』」


ぬっと杖が出てきて男は思わず振り返った。そこにはフードを被った少女と、僧侶の恰好をした大男がいた。

大男がつぶやくと、白い光が辺りに立ち込める。

体の痛みがすっと消えていく。襲われたときに腕を牙がかすった傷も、こけたときに打ち付けた膝もきれいに治っていた。


「あ、ありがとうございます」

「お前ら、後から来たんだからコレは俺がもらうからな!」

「だから、独り占めをやめろって言ってるでしょ!」


三度目の軽やかな音が洞窟内にこだましたのは言うまでもない。

だが、その音と同時に、舌ったらずな子供の声が重なった。


「ディーちゃ、たたいたメッ!」


男はギョッとしたが彼は背中を振り返り盛大な息を吐いた。

彼の背負っているリュックの中から、彼にそっくりの女の子がひょっこりと顔を出している。


「あー、ごめんなさい。もうしないから怒らないで!」

「たい」


女がすぐさま謝ると、女の子は笑顔で頷く。


「アーティエル、また人の鞄の中に転移してきたのか?」

「あーぃ」

「稼いで腹一杯飲ませてやるっていっただろ?」


ニコニコと幼女は笑うばかりで言葉が伝わっているのかはかなり怪しい。それは青年も分かっているのだろう。むんずとリュックから掴むと、腕に抱え直して、倒れたガランツールを示した。


「ほら、凄く怖いだろ? だから、家で大人しく俺が帰るまで待ってろ」

「こぁい?」

「家に帰りたくなるってことだ」


キョトンと女の子は倒れた魔物と青年を交互に見た。それからおもむろに手を前に伸ばす。


「ディーちゃ、こぁい、メッ『オのお』」


瞬時にガランツールがぼうっと蒼白い炎に包まれた。


「あああああーっ!」


青年の絶叫が洞窟内にこだました。ガランツールはみるみる炭へと転じて崩れていく。

魔法は効きにくかったはずでは?

男の中の常識も同じように崩れていくが、目の前の光景は現実だ。


「お前の炎は桁違いの威力があるんだ! 肉を炭にしちゃ食べられないだろ?! そうなると価値がなくなるんだ」


青年が怒ると、女の子はしゅんとした。だが、はっとするとまた手を前に伸ばす。


「『せいやぃ』」


どばっと空中から多量の水が降ってきて、炭があっという間に元の形に戻った。だが、キラキラと光る水に浸かった元グランツールの屍体も同じように淡く光っている。神々しく輝く優しい光に、男は思わず拝みたくなるほどだ。


「アーティエル、凄いわ。ちゃんと元に戻せたわね」


女が優しく髪を撫でて女の子を褒めちぎっている。子供は青年の腕の中でふふっと笑った。一瞬、青年の顔がでれっと崩れる。可愛い、撫でまわしたいといいたげな顔だ。だが、すぐに表情を取り戻して険しい表情を作った。


「いやいや、聖水漬けのグランツールなんか誰が証明してくれるんだ?」

「優秀な鑑定士に頼めば?」

「依頼料は高額ですね」


青年の言葉に少女と大男が簡潔に答えた。青年が頭を抱えて唸る。

だが男は常識と闘うだけで精一杯だ。魔法を使うのは魔術師で、聖水を生み出せるのは聖女だ。

慈母神から与えられた役目は変えられない、絶対的な不文律のはずである。

だが今起こったことは、世界の理が、一人の幼女によって書き換えられている結果に他ならない。


「あの…その子は聖女さまでしょうか?」


思わず隣に立つ少女に確認してしまう。この大陸には聖女が極端に少ない。幼いながらも聖水が作れるほどの力があるならば、神殿に届けなければならない。すでに届けがでているのならば、聖女がリュックの中から出てくるはずもないのだから、まだ神殿には申し出ていないはずだ。


「あー、気にしない気にしない。あれは単なる神がかった水だから」

「え? 今、聖水って言いませんでした?」

「何事も聞き間違いというものがあります」


少女の横の僧侶も厳かにつぶやいた。男の混乱をよそに青年が天井を見上げた。


「ああ、どっかに大金落ちてないかな!」


青年の魂の叫びが最後に洞窟内にこだました。







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