第22話 襲われし司書
「おっかえりー! って言いたいところだけど、今はそれどころじゃないんだよねー。緊急事態、えーっと、エマ、エマ……エマジネーションカート?」
「エマージェンシーコールでしょうか」
「そもそも、どこから入ってきた」
「もちろんフロントからだよ。『竜狩り』のお友達だって言ったら、簡単に鍵貰えちゃった」
ね? と木製の鍵を宝物のように見せびらかすのは、何を隠そう、かの地下図書館の司書さんだった。
私たち三人仲良く濡れ鼠となったわけだし、一旦ホテルに戻って暖を取ろう、としていた手前のこれだ。この人を相手にするの、いい意味でも悪い意味でも、力が抜けるんだよなあ。アッシュさんも、もう相手にしたくないと顔にでかでかと書かれているし、後ろに控える巫女様のご機嫌も斜め下方を突き進んでいる。ていうかこのホテル、セキュリティがガバガバだな。さすが安宿。
とりあえず着替え――は、私はこの制服しか持っていないし、それより髪を乾かすのが先決だ。各々タオルで頭をわちゃわちゃしながら、司書さんの話を聞くことにする。
「本当、最近の僕って派手に動き過ぎちゃったのかもしれないなあ、って思うこの頃なわけですよ。僕たち司書っていうのは、本当は陰日向にひっそり生きていくのがベストなんだろうけど、ほら、僕って目立ちたがり屋さんじゃない? だから、そういうところが仇になっちゃったのかなあと」
「結論だけ言え」
「ねえ、お嬢ちゃん。『竜狩り』って、もしかして僕のこと嫌いなの?」
さあ、それは私では答えかねる難問だ。答えのほどは、半目でにらんでくるアッシュさんの美貌を参考にしていただきたい。
そしてここにもう一人、司書さんの舌鋒に辟易している女の子が。
「で、何があったと言うのだ?」
「ナイスクエスチョン! 僕、そういう質問が欲しかったんですよぉ」
「何があったのだ! あ、まさか、貴殿が来たということは」
頭のいい巫女様は何かを察したのか、タオルを放り投げて、顔面蒼白で司書さんを揺さぶった。アッシュさんも厳しく眉をしかめている。何も察していないの私だけ? 悔しいので私も何か察したみたいな顔をしてみる。おら、私もぜんぶ分かってるんだぞ。
巫女様に揺さぶられてお髪の乱れた司書さんは、未だにぷりぷりしている巫女様をなだめすかし、深刻そうに言った。
「お察しの通りです。図書館は、大量の竜に一網打尽にされました」
「想像よりはるかにひどいではないか!」
ひゃー! と巫女様は悲鳴を上げ、そのまま気が遠くなったのか、後ろに倒れた。危ういところでアッシュさんが支える。
「で、どういうことなんだ?」
「どうもこうもないよ! 僕が気ままにサボ……勤務してたら」おい、こいつ今サボるって言おうとしたぞ。「上からドカン! と爆発音がして、何だろうと思ったが最後、火の玉が降ってきたんですよ! ほら、お嬢ちゃんも『竜狩り』も見てよ。僕の一張羅がボロクソだよ」
ほんとだ。言われるまで気づかなかったけど、司書さんの服(昔の聖職者みたいな……ローブ?)があちこち無残に焦げて、なるほど確かにボロクソだ。チャームポイントのピンク髪も今はくすんでいる。司書さんも、なかなかどうして大変な思いをして、ここまで逃げおおせたらしい。
「それからはもう、竜のお祭り状態だよ。入り口はこじ開けられるわ、僕の根城も跡形もないわ、蔵書はごっそり焼き払われるわ」
「なに⁉ 蔵書は? やつがれの本は⁉」
「全滅でーす」
「はわあ!」
巫女様のこんな声初めて聞く。再度沈んだ巫女様のほっぺをつっついてみるが、反応なし。うむ、もち肌。やわらかーい。
ショック死した巫女様をベッドに寝かせ、アッシュさんは再度、司書さんに念押しした。
「で、現れた竜は何体だ?」
「知らないよ。そんな悠長に数えてる暇なんてなかったし」
「……どのぐらい前に出現した?」
「さーあ? でも僕も、襲われてすぐこっちに飛んできたから、そんなに経ってはいないと思うよ」
「少なくとも半刻もかかってはいないな」
「いやあ、でも案外、図書館が市街地に近くて何よりだよ。おかげで僕も命からがら逃げられたっていうか」
という司書さんの言葉を聞いて、なぜかアッシュさんの顔が、みるみる強張った。
「え、何。顔怖いよ。近いし、近い近い怖い怖い!」
ダン! とアッシュさんが壁を叩く。壁際まで追い詰められた司書さんは今にもちびりそう。
いわゆる、「壁ドン」というものだ。
「お前、今なんと言った⁉」
「ぼ、僕も命からがら逃げられて、良かったなー、って」
「その前だ!」
「と、図書館が、えっと、何だっけ?」
「図書館がここから近いだと⁉」
「うん! うんうん、近いよ。今の君の顔くらい近――ごめんなしゃい」
司書さんが冗談を言うたびにアッシュさんの表情が剣呑になっていく。このままじゃあいつか司書さん死んじゃうんじゃないか? と不安になってしまう。巫女様に引き続き、この世界の重要人物が臨終していくのはごめんだ。
ん? でも、ちょっと待った。
「あの、アッシュさん、司書さん。でも、前に図書館に行ったときって、三十分――えっと、そこそこ遠い場所にありましたよね? アッシュさんが焦るほど、距離がないように思えるんですが」
「俺も最初はそう思った。だが、そうじゃない。図書館とこの街は、直線距離上では近いんだ」
「そそ、そういうこと。前に行ったときは、できるだけボンゴが走りやすいルートを通ったから、ちょっと遠回りになっちゃっただけなんだ」
「だが、竜にとって、障害物などないに等しい」
「じゃあ、つまり?」
私のアホな問いかけには応えず、アッシュさんは剣を片手に駆け出した。ロビーを通るのすらもどかしいらしく、窓から直接、外へと身を躍らせる。おかげで、アッシュさんと離れるわけにもいかない私も、窓から出る羽目になった。ここが一階で良かった。
「ちょ、ちょっと『竜狩り』! 待ってよ、僕を置いていかないで!」
悲痛な叫びをあげる司書さんには申し訳ないが、アッシュさんが走っている以上、私も立ち止まるわけにはいかない。
というか私が置いていかれそうだ。
「アッシュさん! 立ち止まって! せめてちょっと待ってください! 死にます! 私死にまーす!」
まあ、彼が聞くわきゃないんだけどね。
この世界をお菓子で救うのだ たけのこ @takenokodomo
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