第11話 どの世界でも営業は大変だ
「待っていたぞ、二人と――」
「初めまして! わあ! 君可愛いね! お兄さんとちょっと休憩しない?」
うわあ! 陽キャだ!
DQNが持ちえなかった卓越したコミュニケーションスキルと爽やかスマイルは、起き抜けの私には、ちょっとしんどい。ていうかこの人誰? 髪の毛ピンク色だし、いやでも、ちょっと可愛い顔は個人的に好みだが、このテンションは正直苦手だ。怖いのでアッシュさんの後ろに隠れた。アッシュさんも私を庇うように前に出る。
さすがの巫女様もこの男性にうんざりしているのか、重たそうなため息をついた。
「止めい。『竜狩り』が怖い顔をしていることが分らんか」
「そうですね。――コワクナイヨー、ボクチャン、ワラッテ、ワラッテ」
「……叩き切っていいか?」
「アッシュさん、抑えて」
こんなところで小競り合いを起こして、またアッシュさんの発作が起きてはたまらない。なにより無為な殺戮行為は倫理に反する。陽キャだって人間だもの。大事にしないとね。
んっんっ! と巫女様が大きな咳払いをして、下から男性の首根っこを掴んだ。
「やつがれから紹介しよう。こいつは地下図書館の司書だ」
「地下図書館!」
なんだか厨二心をくすぐられるワードだ。ふふ、なんだか本格的にゲームっぽくなってきて、俄然元気が沸いている。これからダンジョン攻略へと向かうのかな。ん? 待て待て。ダンジョン攻略には戦闘がつきものだし、私とアッシュさん、そしてこの陽キャ、改め司書さんで向かうのか? この男性のポテンシャルは未知数だが、私はお荷物だし、アッシュさんには例の発作があるし、攻略できるのか?
アッシュさんも、どこか胡散臭そうに司書さんをにらんだ。
「僭越ながら、地下図書館など俺は存じ上げませんが」
「それはそうだろう。やつがれも昨日知ったばかりだ」
「認知度ひっくいんですよね、ウチの図書館って。っていうのも、こういう界隈、アングラな商売だもんで」
アッシュさんはおろか巫女様も知らなかったって、アングラにもほどがないか。大丈夫かな、実在するのかな。司書さんの弾けたキャラと相まって、うさん臭さがうなぎ登りだ。
「しかし、なにゆえこの男を召喚されたのですか?」
「やつがれの古い文献を探っているうちに、地下図書館の存在を知ったのだ。そして試しに使いを送ると、この男が押しかけてきたのだ」
「僕、一応これでも営業担当だからね。このままじゃウチの図書館も先細りだってユーザーにも怒られちゃって、僕も困ってたところなんだよねー」
「中小企業の営業マンみたいなこと言いますね」
「ちゅー……お嬢ちゃん、何だって?」
「すみません、独り言です」
どこの世界でも営業さんは大変だ。地下図書館にもノルマとか存在するのかな。そしてノルマは給料の査定に――なんと世知辛い世界だ。日本と同じくらい世知辛いぞ、異世界。
「それで、その地下図書館とは、どのような施設なのですか?」
「……やつがれに聞かず、司書本人に聞いてみたらどうだ」
「……どうなんだ?」
「ええ! そんな嫌そうな顔するの⁉」
おどけた司書さんだが、アッシュさんがわりかし本気で怒っていることは伝わったらしい。むっと頬を膨らませ、しぶしぶ、答えた。
「ウチが扱ってるのは全部古書だよ。しかもどれも焚書をなんとか免れた、天下一のラインナップ! あ、でもこれナイショね。お偉いさんにバレたらまた焼かれちゃうから」
「古書ってことは、異国の人の伝説とかも残ってるんですか?」
「八竜の呪についてもか」
「たぶんね。ウチにない本はないよ、たぶん」
そんなに「たぶん」って重ねなくてもいいのに。何だか頼りないが、これで解明の糸はつながった。
「おい、司書。案内しろ」
「ええ、なんでそんなに偉そうなんだよぅ。顔が怖いよぅ」
「やつがれからも頼む。下手をすれば世界の命運がかかっているのだぞ」
「私からもお願いします」
「もー、しょーがないなー。なーんて、もうボンゴ車は確保済みですよ」
うえ。またあのキモイ車に乗るのか。まあ、それがこの世界の大事な足なのだから仕方ないけど。でももうちょっと可愛い生き物がいいなあ。
「地下図書館は市街地から北西に向かったところにあるんですよ。でも完全にステルスしているので、みんな気づかないんですよねー」
「ステルス? 光学迷彩ですか?」
「コーガクメーサイ? 何なに、新しいカラクリ?」
まあ、地球で実現していない技術がこの世界にあるわけないか。あーあ、この世界に魔法とかあったらなあ。
ボンゴ車(だんだん慣れてきた自分が嫌)に揺られること体感二十分が経過しているが、未だ到着する気配がない。ひたすら獣道を進んでいるので、振動でお尻が痛い。よくこれでみんな酔わないなあ。私すでに吐きそう。
というか、だ。
「ふむ、ボンゴ車なるものは初めて使うが、意外と、居心地が悪いな」
「なんで巫女様も乗ってるんですか⁉」
驚くなかれ、あの巫女様が荷台で体育座りをしているではないか。根城にしている部屋から出るだけで賓客扱いだったのに、今回は護衛を連れていない。大丈夫なの? とそれとなく聞くと、巫女様はふんと鼻で笑った。
「存在を隠匿されているのに、大勢で出向くわけにはいかぬだろう。なにより幸いなことに、『竜狩り』も同行しているしな」
「いやいや、何で巫女様も一緒に行くんですか? 危ないから待っててくださいよ!」
「やつがれも地下図書館に興味がある。なにより巫女を名乗っておるのに、知らぬ事象があってはならぬだろう」
さすがは巫女様。知識欲にあふれていらっしゃる。
とはいえ道中何があるか分からないし、何より竜とか出るかもしれないのに、巫女様の度胸は据わっている。アッシュさんも反対するのに疲れたのか、今ではすっかり黙っている。
さらに走ること五分ほど、すん、と巫女様が鼻を鳴らした。
アッシュさんも眉をひそめて剣の柄を握る。何なに? 私にはよく分からないが、とにかく、ただごとではない空気なのは分かった。
「獣の臭いがするな」
つぶやく巫女様。アッシュさんもうなずいた。
司書さんも何かを察したのか、急にボンゴ車を加速させた。アッシュさんが膝を立てて構える。その後ろに、巫女様は素早く隠れた。私も隠れた方がいいかな。とりあえず荷台の隅の方で小さく丸まってみた。
がさ、と茂みをかき分ける音がしたかと思うと、ずんぐりした影が飛んできた。
「ぎゃー!」
この悲鳴は司書さんのものだ。半狂乱でボンゴ車を加速させる。しかしボンゴも混乱したと見え、てんでバラバラに駆け出した。
当然のこととして、荷台がひっくり返る。
私は咄嗟に巫女様を抱えた。受け身なんてできるはずもなく、巫女様もろと団子になって転がる。
獣が咆哮し、私たちに突進してくる。
アッシュさんが盾になってくれなかったら、私たちは晴れて天国に昇天するところだった。
その獣は、この世界の例に漏れることもなく、やはり異様な外見をしていた。何だろう。ワニの顔の雪男? 牙がびっちり生えていて、噛まれたらひとたまりもなさそうだ。
アッシュさんの反応は早かった。剣で牙を弾き、爪を軽く避ける。見た目は獰猛そうだが、しょせんは獣。普段から竜を相手にしているアッシュさんにとって敵ではないのだろう。
「こっち! とにかく逃げよう!」
まっさきに逃げ始めた司書さんの後を私たちも必死に追う。アッシュさんも遅れてついてきた。投げナイフで獣をけん制するのも忘れない。ナイフがちょうど眉間に刺さり、獣は悲鳴を上げて、逃げてくれた。
「ここからすぐのところに入り口があるから! 今は逃げよう! あの獣は厄介だよ!」
「えっ。何が危険なんですか?」
「あの動物は群れるのだ」答えたのは巫女様だった。「しかも仲間意識が高い。油断すると囲まれるぞ」
言うが早いか、がさがさ! と周りの木々がざわめいた。
「これ、囲まれました?」
「まあ、でも、『竜狩り』様の敵じゃないっしょ。――うん?」
そこでようやく、事態に気付く司書さん。
「『竜狩り』? どうしたんだい? お腹痛いのかい?」
アッシュさんは私たちから少し離れたところで、うずくまっていた。
そうだ。すっかり忘れていた。
「アッシュさん! 大丈夫ですか?」
「ああ……」
と口では強がるものの、お腹の方は今にも死にそうな悲鳴を上げている。
まずい。この状況は非常にまずい。顔から血が引いていく。これじゃあみんな仲良く共倒れだ。それに『竜狩り』がいて、竜とは関係ない生き物で全滅とか笑えない。
そうだ! と司書さんが唐突に声を上げる。
「誰か何か、美味しいもの持ってない?」
「はい! 私たくさん持ってます。アッシュさん、今出しますから――」
「じゃなくて! あっちに! 投げるんだ! そうすればあいつらの気がそれる!」
なるほど合点。体制を整え直すにはそっちの方が手っ取り早い。咄嗟に掴んだのは黄金糖を掴み、適当に包みから出した。
「飛んでけ黄金糖ー!」
見よ、私の華麗なスローイング。黄金糖は放物線を描いてどこかに落ちた。
がさがさ、と獣たちが素直にそちらに向かう音がする。ふう。おばかな猛獣で良かった。とりあえず、ピンチは切り抜けたのかな?
ぺたんと巫女様がへたり込み、司書さんも安心したように大きくため息をついた。むろん私も気が抜けた。アッシュさんだけが、よろりと立ち上がった。
「『竜狩り』もなんか調子悪そうだし、ここは危険だし、一旦僕のアジトにおいでよ。ほら、僕の肩貸すから」
「すまない」
「う。君、重たいね。筋肉まみれだから? ていうか汗すごくない? 本当に調子悪そうだけど」
「で、貴殿のアジトはいずこにあるのだ?」
「あそこの井戸ですよ」と、司書さんが指さす。「地下図書館と直結してるんですけど、一応救急用具もありますよ。ていうか、この音なに? 獣? 怖いなあ」
「……俺の腹だ」
「マジで? すごい音だけど、本当に大丈夫なの?」
井戸までの距離はそう遠くない。目算五十メートルほどだ。私たちは逃げるようにそこへ向かった。
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