第6話 DQNの集い
屋台の立ち並ぶその光景は、どこかアジア諸国を思わせる雑多ぶりだ。
ザルに果物を山盛り盛ってあったり、鉄板で焼き菓子を作っていたり、古着のバーゲンセールをやっていたり。とにかく目にも楽しくてわくわくする。
そして、売っているものは日本を連想させるものもあった。
「オレンジジュースにタピオカが入ってる……?」
「ポンコの生絞り、中に入っているのはトットルの果肉だ」
まったく聞き慣れない果物の名前だが、美味しいのだろうか。とりあえず一つ買って、恐る恐る飲んでみる。うん? 思っていたより甘い。ざらざらした舌ざわりはゴマスムージーのような感じ。トットルの果肉はタピオカよりナタデココっぽい。不味くはないけど、見た目と味がかけ離れすぎていて脳が混乱している。
他にもいろいろなお菓子を食べた。クッキーとクレープのいいとこどりをしたようなお菓子だったり、酸っぱい生チョコレートだったり、チーズのように濃厚な牛乳プリンだったり、もうお菓子好きにはたまらないラインナップだ。美味しすぎていくらでも食べられちゃう。でも食べすぎは太るのでほどほどに。でも三日間も野宿したのだから、ちょっとくらい食べすぎても、いいよね。
しかし、確かにどれも日持ちはしなさそうだ。
これからアッシュさんが旅に出るとして、携帯のできる食べ物は必須になってくるだろう。私の持っているお菓子だって日持ちはすれど、数に限りがあるのだ。つまりこのお菓子が枯渇したら一巻の終わりだ。
「せめてドライフルーツが作られればいいんですけどねえ」
「なんだ、それは」
「果物を干したやつです。カラカラに水分を飛ばして作るんですけど、これが結構甘くて美味しいんですよ」
「水分が飛ぶ前に腐りそうだな」
「まあ、この天気ですからねえ」
雨脚はずいぶん弱まったとはいえ、まだ雨は降りやまない。アッシュさんの話ではこの天候がずっと続いているらしい。
「この世には『降水の呪』がかけられているからな」
「コウスイのシュ。また呪いですね」
「そうだ。太古から住まう八竜がかけた呪いだ」
「八竜?」
「病の竜、水の竜、炎の竜、飢餓の竜、氷の竜、血の竜、窒息の竜、老いの竜、の八頭だ。その八頭が空から太陽を奪い、人々に八つの苦悩を与えたとされている」
と言うと、アッシュさんは一旦ドリンクで唇を濡らした。
「そのうち一頭は見た通りだ。人々に餓死の恐怖を与えたとされている」
「じゃあ、他は……病死、溺死、焼死、凍死、失血死、窒息死、最後は……老衰かな? てことで、いいんですか?」
「そうなるな」
ひえー、どれも苦しい死に方ばかりだ。そんなやつらから呪術をかけられたらと思うとぞっとする。ただお腹が空くだけの呪術で済んだのは、本当に不幸中の幸いだったようだ。
「じゃあ、アッシュさんはその竜を倒すために戦っているんですね」
「そういうことだが、そう簡単には事は進まない。やつらは増殖するし、何度倒しても再生する。代々の『竜狩り』でさえ、やつらを根絶やしにはできなかった」
「死なないし、増えるってことですか? え、増えるんですか⁉」
「ああ。今となっては、どれほどの数が生息しているのか、俺や巫女様含め、誰も把握しきれていない」
なんと物騒な世の中なんだ、この世界は。もしかして日本で言う、クリスピークリームドーナツの店舗レベルで生息しているのだろうか。それとも、ま、まさか、スタバレベルで? どっちにしろ怖い。
「それじゃあ、街の人も安心して寝られませんね」
「そのために俺がいる」
「呪われてるのに、また戦うんですか?」
「それが使命だ」
ははあ、使命とはずいぶん高尚な言葉だ。その心意気には感心するが、私と離れただけで死ぬことも忘れないでほしい。その戦いとやらに、これから私も駆り出されるのか。しかも兵糧担当で。やだなあ。
日が傾き始め、帰路につく人も増えていく。人通りの増えた道を縫うようにして、私たちも宿に帰ることにした。もちろん私の夜食であるティータも買った。
と思ったが。
「あっ。ごめんなさ――ああ、あああ……」
人にぶつかってティータを落としてしまった。たちまち雑踏に揉まれるティータ。うう、美味しく食べてあげられなくてごめんね。
仕方ない、ティータは諦めよう。泣く泣くその場を離れようと踵を返すと、
「おいおい」
と声をかけられて腕を引っ張られた。うわ、やば。嫌な予感。
恐る恐る振り返る。その鼻先に唾が飛んだ。
「お嬢ちゃん、俺のズボン汚れちまったんだけどぉ?」
ど、DQNだ!
なんということだ。この世界にもDQNがいるのか。お菓子のすばらしさは世界線を超えると言ったばかりだが、まさかDQNも世界線を超えて存在しているとは恐れ入った。しかも背後に似たようなDQNが控えている。DQNは群れてイキがるという特徴までばっちり同じだ。懐かしくて涙が出てくる。
「お嬢ちゃん、どう弁償してくれるのかなぁ?」
「へへ、こいつおっぱいでけえじゃん」
「顔も上々」
「処女かぁ? ション便の匂いがするぜ」
「落とし前はつけてくれるよなぁ?」
「い、言ってることもDQNだ……!」
あーあーこれだからイキリDQNは怖いんだ。私はこのDQNたちにいいようにされて、さんざんもてあそばれた末にヤり捨てられる運命なんだわ。私の脳裏に、お兄ちゃんがこっそり所有していた陵辱モノ同人誌の一幕が浮かぶ。ああ、私も最終的にアヘ顔ダブルピースを決めることになるのかな。やだやだ、メス堕ちだけは勘弁だ。
「おい、勝手にはぐれるな。死ぬぞ」
ああ、その一言の、なんとありがたいこと!
アッシュさんがタイミングよく腕を引っ張ってくれたおかげで、幸いメス豚にならずに済んだ。ありがとう『名称の呪』。最悪な呪いであることは変わりないが、今回ばかりはこれに助けられた。
「ど、アッシュさん、助けて、DQNが」
「どきゅ? 何だ、それ」
「変な人に絡まれて死にそうです!」
そこでようやくアッシュさんもDQN、もとい変な人たちの存在に気づいたようだ。切れ長の目がすっと眇められる。
一方相手さんもアッシュさんに気づいた。へっへ、とリーダー格の、すなわち一番イキっている男が妙な声を出した。
「お、おま、おまえ、こ、ここ、この女の男かぁ?」
こいつ、どもったぞ。まあ、こんなきれいな顔で睨まれたら怖いよね。
ちき、とアッシュさんが剣を数センチ抜く。それだけで男たちはびびった。
「な、なな、なんだ? やんのかこりゃ」
「びょこびょこにするぞ、こりゃ!」
だめだ。びびりすぎて舌が回っていない様子。各々ファイティングポーズをとるものの、腰が完全に引けている。強い男には戦いを挑まない。立派なDQN精神がここでも引き継がれている。
しかし、ここからの展開が日本とは違った。
「なんだ、喧嘩か⁉」
「超楽しそう!」
「おーい! いいぞ! やっちまえ!」
「『竜狩り』ぃ! こんなクソ野郎叩きのめしちまえ!」
「頑張れー、『竜狩り』さん!」
な、なんだと!
ここで日本なら誰もが見て見ぬふりをする状況であるはずが、この世界は違った。群衆が私たちを囲み、それこそ老若男女問わず声援を送っている。信じられないことに、中には子供まで混ざっている。なんだこれ。みんな血気盛んすぎない? 見ればどちらが勝つか、賭けを始めている人までいる。もはやゲーム感覚だ。
相手の男たちも及び腰で逃げようとするが、それを群衆が許さない。「『竜狩り』にほえ面かかせてやれ!」「お前が次世代の『竜狩り』だ!」とはやし立てられ、逃げるに逃げられない可哀想な状況に追いやられている。
そして男たちが選んだ選択とは。
「や、やや、やっちまえー!」
――その顔には、悲壮な覚悟が浮かんでいる。
彼らの度胸には敬意すら覚える。性根腐ったクソ野郎だと思っていたが、その心意気、嫌いじゃないよ。それは周りのみんなも分かってくれていると思うよ。
そうは言ってもその喧嘩は、圧倒的だった。
アッシュさんは剣を抜くことなく、男たちの攻撃をいなし、的確に急所に手刀、肘、膝を入れていく。喧嘩というか、これでは子供と大人の戯れだ。DQNが全滅するまで、体感五分、いや、もっと短かったかもしれない。
「『竜狩り』の勝利ィ――!」
ふー! と群衆が沸く。さすが『竜狩り』! やるじゃん! とアッシュさんを賞賛する声と、畜生! くそったれ! 俺の小遣いを返せ! と罵倒する声まで、選り取り見取りの声が聞こえてくる。アッシュさん自身はその声にこたえることなく、素早くその場を離れると、早足で群衆の輪から抜けた。
「いやあ、ご迷惑をおかけしました。それにしてもアッシュさんやっぱり強いですね。さすが『竜狩り』――ちょ、ちょ、ちょっと! どうしたんですか?」
突然苦しそうに身体を曲げるので、一瞬、あのDQNに変な呪いでもかけられたかと思った。
事実アッシュさんは苦しそうにしていた。額には脂汗がびっしりで、身体がかすかに震えている。え、これ本当にヤバイんじゃない? お医者さん呼んだ方がいいかな? と焦っていると、例の音が彼のお腹から聞こえた。
お腹の虫の登場である。
「腹が、減っ……」
「あの程度でもなるんですか⁉」
私たちが思っている以上に、呪いとは厄介なもののようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます