第5話 謝罪会見
「アッシュさん、本当に申し訳ございません」
地下から帰還して早々、私はアッシュさんに誠心誠意の謝罪をした。
「謝ることではない。『飢餓の呪』については俺の不注意だし、お前は『名称の呪』を知らなかったわけだろう」
「でも、無知は罪という言葉が私の国にはありまして」
「この国には、無知の知は罪にあらず、という言葉がある」
うう、なんというありがたいお言葉。優しさが身に染みて痛いほどだ。
ちなみにここは、アッシュさんが宿泊するホテルのロビーだ。ホテル、というか、洋風の民宿みたいに小さくて、正直、ぼろい。『竜狩り』なんて呼ばれているくらい偉いのだから、もっといい宿に泊まればいいのに。と私が進言すると、アッシュさんは首を横に振った。
「あいにく、そういう贅沢は好かない」
「意外に貧乏性なんですね」
「倹約家と言え」
あいすみません。
しかし巫女様からいろいろなことを教わりすぎて、十七歳相当の頭脳しかない私は知恵熱が出そうだ。と言っても、分からないままにするのはあまりに危険すぎるし、不注意でアッシュさんを死なせてしまう可能性もある。こういうことは苦手だが、ルーズリーフに書き出すことにした。
1 『名称の呪』について
・名前を不用意につけると『名称の呪』にかかる。
・『名称の呪』にかかると、名付け親と相手に主従関係が結ばれる。
「お前、字が書けるのか」
「え、感心するとこそこ?」
・主人が死ぬと従者も死ぬ。
・離れすぎるとお互い死ぬ。
・主人が他の従者を作ったら死ぬ。
・主人がいると従者は強くなる。
「こう書くと絶望しかないですね」
「ああ。そうだな」
2 『飢餓の呪』について
・アッシュさんが戦うとめっちゃお腹がすく。
・食べ物を食べればすぐ治る。
・この呪いで餓死することはない。
「でも、保存食がないんですよね」
「保存のきく食べ物なんかあるのか?」
「あ、そこから?」
3 結論
・下手するとお互いに死ぬ。
――つらつらと書き出したはいいが、結局最悪な着地点に落ち着いてしまった。
「一つ、かねがねから疑問だったんだが、いいか?」
「むしろ一つしか疑問がないことに驚きなんですが。いいですよ。どんとこい」
「お前の持つ菓子のことだ。さんざんお前は保存食がどうのと言っているが、それはどうなんだ?」
「これですか?」
トートバックからお菓子セットを出して、賞味期限を確認する。ドーナツは幸い個包装だし、乾燥剤も入っている。おかきも日持ちするはずだ。えっと。
「ドーナツが半年、おかきは……あ、こっちも半年ですね」
「半年? 半日の間違いではないのか?」
「半年です。六か月。ハーフ・イヤー。あ、でもこういうお菓子って、何だかんだ賞味期限過ぎても美味しいですし、もうちょっと長いかも」
「それ、本当に食べ物か?」
「食べ物ですよ、失敬な! ていうか、アッシュさんだって美味しそうに食べてたじゃないですか!」
まあ、こっちの世界にはないであろう保存料が入っているので、絶対に安全かと言われればあまり自信がない。でもそんなお菓子を毎日馬鹿みたいに食べている私もこうしてピンピンしているので、添加物まみれでも案外平気なものだ。
まあ、それはおいといて。
「アッシュさん、私からも一つ、いいですか?」
「ああ。本当に一つでいいのか?」
「本当は片手じゃ数えきれない疑問がありますが、この際どうでもいいです。そんなことより、答えてください」
「何だ」
「ホテルの部屋、別々でも大丈夫だと思います?」
そう。まっとうな女子高生として、この疑問は解消せねばならない。
順当に考えればもちろん別室が望ましい、というか同室を望むのは相当な淫乱女子しかいないだろう。アッシュさんがそんな無粋な真似をするとは思わないが、しかし、万一という場合がある。私も女子高生のママになるのは嫌だ。
しかし、しかしである。
私たちの間には、今、『名称の呪』という非常にやっかいな契約がある。巫女様は「離れ離れになると死ぬ」とおっしゃっていたが、具体的に何メートル離れたら死ぬ、とは言っていなかった。
本当なら、何メートルまで大丈夫なのか、実験してみるのが一番いいのだろう。ところがどっこい、そういうわけにもいかない。ある程度離れたら一発でハートブレイクして致死するかもしれないのだ。それは怖すぎる。二度目の異世界転生はごめんだ。
アッシュさんも苦い顔をして考え込んだ。
「しかし、同室で寝るよりましじゃないか?」
「運よくアッシュさんの隣の部屋になればいいですが、あんまり遠いと地獄を見ますよね」
「俺の両隣は埋まっていたはずだ」
「はい死んだ!」
しかもこのままでは私だけならまだしも、アッシュさんまで道連れにしてしまう。何かいい考えはないだろうか。考えろ、私。
――その時、奇跡的に脳裏にひらめくものがあった。
「……古い映画で、何か見たことあるぞ」
「エーガ?」
「男女が同室でも、安全な方法です」
アッシュさんが怪訝そうな顔をする。ふ、ふ、ふ。私は今、勝利を確信した。
「いいですよ。同室で寝ましょう。大丈夫、怖いことは何もないですよぉ」
「……顔が怖いぞ」
「失敬な!」
その方法とは、非常にシンプルなものだ。
まず部屋の真ん中に紐を張る。そしてそこにシーツをかけるだけ。それで、一つの部屋を二つに分断できるのだ。
「よく考えたな、こんなの」
シーツの向こうでアッシュさんが感心する。私自身も、自分のひらめきが恐ろしい。私もしかして天才なんじゃないの?
さて、日暮れにはまだ時間がある。
「じゃあ、私、街を散策していいですか? へへ、こういう知らない街を歩くの大好きなんですよ。ティータなるお菓子も気になりますし」
「構わない。俺は剣の手入れをしているから、行ってこい」
へへ、じゃあ、お構いなく。私が部屋を出ようと、そしてアッシュさんが剣を抜いたとき、肝心なことを思い出した。
「いや、一緒に来てくださいよ! 死にますよ!」
「……そうだったな」
まったく、『名称の呪』とは恐ろしい。危うく不注意で死ぬところだった。
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