お父さん、娘さんを車に乗せてください!

ちびまるフォイ

人間と車は結婚できない

「お父さん、私……運命の相手を見つけたの!」


「君は……仕事はなにをやっているのかね?」


「僕は会社員です。具体的には車の配送をしています」

「安定しているのかね」

「ものすごく安定しています」


「……ではちょっとここに座りなさい」


男は腰をおろしてハンドルを握った。

その感触で父親は納得した。


「うむ、なんとなくだが君の人となりがわかったよ。

 君は真面目で努力家。それでいて仕事も安定している。

 娘を任せるには十分すぎるな。結婚をゆるそう」


「あの、お父様」


「なにかな。もう親戚みたいなものだし、

 私のことはもっとフランクに呼んでいいのだよ」


「結婚相手は僕ではありません。僕が運んだものです」


「……え?」


娘は家の前に止まっている大きな赤い車の横にぴたりとくっついていた。


「お父さん、私、車と結婚したい!!!」


「はああああ!?」


父親はパンクするほど驚いた。


「おまっ……何考えているんだ!?

 そもそも、私達と車が結婚するなんて!!」


「なによ! 愛には国境も種族も関係ないのよ!」


「だからって……もはやジャンルがちがうだろう……」


「お父さんだって、美少女のフィギュアを俺の嫁だとか言っているでしょう!」


「あれはジョークだよ! でもお前のは本気じゃないか!」


「バカにしないで! 私は本気で結婚したいのよ! 車と!!」


父親はすっかり困ってしまった。

どうハンドルを切るべきか。


「その……人間じゃダメなのか?」


「この車に一目惚れしちゃったの」


「それは物欲とかそういう別の感情じゃないのか?

 単にお前が愛だと誤解しているだけで……」


「どうしてお父さんはわかってくれないのよ!!」


娘はどうしても納得してくれない父親にあきれて走り去ってしまった。


「私だってなにも反対したくて反対しているわけじゃない。ただ……」


娘がいつか結婚相手を見つけてきたらおおらかな気持ちで門出を祝うつもりだった。

ところが相手は人間ではなくまさかの車。

四輪車なんて種族の違うものと結婚するなんて考えられない。


「あなた、ちょっと頭ごなしに断り過ぎじゃありませんか?」


「お前……。お前は知っていたのか? 娘が車と交際していたこと」


「ええ、たまに載せてもらったり横を走ったりしましたから」


「娘はなんて?」


「この方は、いつでも私を守ってくれると」

「エアバックだからな」


「いつもそっとアシストしてくれるし」

「自動運転だからな」


「頼めばどこへだって連れてくれるほど優しい」

「そりゃカーナビだ」


「ということで、しだいに愛が芽生えたと言ってましたよ」


「いやいやいや! お前も大丈夫か!?

 相手は我々みたいにしゃべらないんだぞ!?」


「あら、しゃべれないからといって愛が芽生えないとでも?」

「そこまでは言ってないが……」


「あなたが断ったところで、あの勢いではかけ落ちするでしょうね」


「ええ!?」


「そうなれば親子の関係は険悪になるでしょうねぇ」

「こっち向きながら言うな」


父親としても娘と疎遠になってしまうのは避けたかった。

車との結婚を許して親子関係を維持するか、娘のために拒否するか。


「あの子は……まだ補助輪がついているときから、ずっと見ていたんだ……」


「そうですね……わかりますよ。大事にしているから反対しているんでしょう?」


「娘を探してくる」


父親は家を出て走ると娘を探した。

すると、交差点で停待っている娘を見つけた。


「おい、こんなところでどうしたんだ」


「お父さん! 彼が……彼が……!!」


自動運転で動いていた車は交差点に突っ込んできた暴走者に追突され、

メタリックで流線型なシルエットがぼっこぼこに凹んでいた。


さっきまで娘を奪う泥棒車だと敵視していたはずが、

娘があまりにも落ち込む様子を見てそれどころではなくなった。


「しっかりしろ。この車と添い遂げるんだろう。

 この程度で慌てるんじゃない。結婚したらもっといろんな困難があるんだぞ」


「お父さん……! 結婚には反対じゃなかったの?」


「ああ反対だとも。だが大事な娘が幸せになるために選んだ道なら

 親がブレーキをかけるわけにいかないだろう」


父親は結婚相手の車を修理してもとに戻してあげた。


「たまには車検に顔を出すんだぞ」


「ありがとう、お父さん!!」


娘は晴れて車と結婚。

トランクに積まれてバージンロードを走っていった。


父親が戻ると妻が待っていた。


「あなた、娘から連絡がありましたよ。結婚を許したんですね」


「車を見て本気で落ち込んでいる娘を見たらな、

 これは物への所有欲などではなく、本当の愛だと気付かされたよ」


「幸せになるといいですね」

「ああ」



車と自転車の結婚を祝福し、

2台の夫婦の自転車は駐輪場へと帰っていった。

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